ここでの生活には慣れたが肝心の人探しはあまり進んでいるとはいえない。手掛かりが少ないのだからどうしようもないとはいえ、もう少し冷静に考えて行動するべきだっただろうか。だが、何も進展がないわけでもなければ悟天という友人に出会うことも出来た。だからこの行動も間違いではないと思う。
悟天が学校に行っている間、トランクスは適当な場所でここに来た目的である人探しを行っている。といっても闇雲に探したところで見つかるわけがないから情報収集が主だ。探し人がすぐにでも見つかる魔法があれば楽なのに、なんて思ってみたがそんな都合の良い魔法なんてない。こうして地道に探していく他ないのだ。
僕等の絆 6
人間界に来て目的の人を探して。その中で出会った人達はとても親切で世話になっている。人間界へと行った魔法使いがそこで暮らすことを選ぶのも分かる気がする。確かにここは良い世界だ。自分達の世界も決して悪くはないけれど、そことはまた違った良さがあるのだ。
「そろそろ悟天も学校が終わるか」
今日も大して収穫はなかったが、人間界に来てやはり変わったと感じることも多い。具体的に何とは説明し難いことなのだがそういう感覚がある。そして探している人もこの世界にいるのだと、なんとなく感じている。こちらも言葉にして説明は出来ないけれど感じるものがあるのだ。
とはいえ、それだけでは探し人を見つけられない。もっと効率的な方法があるはずだ。思い出せるようになるまで待つという選択肢はない。これまですっかり忘れて生きていたくらいだ。この先、ただ時間が過ぎただけで全てを思い出せるとは考え難い。
「ま、今ここで考えてもしょうがないし行くとするか」
学校の友達ではないことくらい気付かれていそうなものだけれど、そういうことになっているのだから形だけでもそうしておく。それでいて自分を家に置いていてくれるのだから本当に親切な人達だ。 せめて何か手伝えることがあればと思ったのだが、悟天の勉強を見てくれているのだからそれで十分だと言われてしまった。悟天が勉強を苦手としていることはトランクスも知っているけれど、案外教えればすぐに理解してくれる。だからこれで良いのかとも思うもののそれは教え方が上手いからだと言われるから、今はそういう形で世話になっている。
待ち合わせ場所は分かりやすく二人が最初に出会った時に話をしたあの公園にしている。家の近くでも良いんじゃないかと話したりもしたが、どうせ二人とも朝家を出てからは町に出ているのだ。それならここで良いだろうという結論になった。
時間は悟天の授業が終わる頃を目安にしている。待ち合わせをした後は真っ直ぐ家に帰ったり、寄り道をしながら帰ることもあったりと普通に友達らしく過ごしている。実際、友達なのだからそんなものだろう。
「ッ!?」
歩き始めたところで何かを感じて立ち止まる。そしてそのままトランクスは当たりの様子を探った。
(特におかしな様子はない、けど)
今さっき、確かに何かの気配を感じた。それはおそらく気のせいではないだろう。気のせいにしては大きな気配だった。
一瞬感じた気配を探るべきか。いやしかし、探ったところでこの様子では見つかりそうもない。トランクスが感じた何者かはとっくにこの場から離れてしまっているのだろう。だが。
(…………気のせいってことはないだろうけど、何が目的だ?)
それが自分に向けられたものなのか、他の何かに向けられたものなのか。一瞬で消えてしまったということも気になる。仮に自分に対してだったとしてその理由は何か。どんなに考えたところで今ある情報だけでは仮説を立てることすら出来ない。
一応気に掛けておくとして今は悟天との待ち合わせ場所に向かおう。そう決めると今度こそトランクスはこの場を後にするのだった。
□ □ □
今日もやっと一日の授業が終了した。先生の話を聞くのは退屈、だなんて言ってはいけないのだろう。ちゃんと授業は聞かなければならない。だから勉強が分からなくなるんだろうと友人に言われてしまってもこれでは何も言い返せない。だが、先生が教科書をひたすら音読する声は段々と子守唄に聞こえてくる。それを友人に話したら呆れられたけれど。
「早く帰って遊びたいな」
帰ってというか帰りがけというか。ああでもその前に宿題もやらなければならないことを思い出す。毎日宿題を出さなくても良いのにという生徒の声は教師には届いてくれないらしい。もう少し減らしてくれても良いと思うのだが。
そういえば真面目に宿題をやるようになってから周りに驚かれたことを思い出した。毎度のように忘れていたわけではないけれど、当日に慌てて誰かにノートを借りることも少なくなかった。それがここのところはきちんとやってきているから、どういう風の吹き回しだなんてクラスメイトに聞かれたり。それも全部トランクスが勉強を見てくれているお蔭である。
「トランクスくん、探してる人見つかりそうなのかな……」
時々話は聞くけれどあまり進展は見られない。探し人がどこにいるのかは分からないけれど、早く出てきてくれたら良いのにと思う。その探し人も自分が誰かに探されているとは思っていないのかもしれないが、彼があんなにも探している人に興味はある。
あのトランクスがあれほどまでに必死になっている相手。そんな風に探してくれる人がいるなんて凄いというか、羨ましいというか。
そこまで考えたところであれ、と思ったけれど「そこのキミ」とどこからか聞こえた声にその疑問はどこかえ消えてしまった。代わりに声を掛けたと思われる人の姿を見つける。
「ボクですか?」
「そうそう。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな」
その人の片手にはメモらしきものが握られており、どうやら道に迷ってしまったから誰かに道を聞こうとしていたようだ。たまたま今は他に人がいなかったようで、偶然通りかかった悟天に声が掛けられたようだ。
悟天もこの辺の人というわけでもないが、学校があることからもこの辺りのことなら一通り把握している。主に遊んでいて覚えただけだが細かいことは良いだろう。
良いですよと答えればその人はほっとしたような表情を浮かべた。それからこの場所なんですけれどと右手のメモを見せられた。そこに書かれていた住所は丁度この辺りのものだったが、目的地がなかなか見つからなかったようだ。
「この場所ならすぐそこに見える信号を左に曲がって、そこから二つ目の信号を右に行ったところですよ」
「そうだったんですか。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるなり、とても助かりましたとお礼を言われたがそんな大層なことをしたわけでもない。いいですよと笑えば相手はもう一度ありがとうと繰り返した。
それじゃあと行こうとしたところで「あ、ちょっと待ってください」と後ろから声が聞こえて再び立ち止まる。まだ何かあるのだろうか。そう思っていると、男はもう一つ聞きたいことがあるんですけれどとと続けた。道案内はさっきしたばかりだし何を聞きたいのだろうか。
分からないけれどそれくらい構わないだろうと先を促すと、予想の斜め上の言葉が飛び出してきた。
「あの、前にどこかで会ったことがありませんか?」
え、と短い声が漏れた。
どこかで会ったことがあるのだろうか。少なくとも悟天の記憶の中にはない。それとも悟天が忘れてしまっただけなのか、ただの人違いなのか。どちらも可能性としては有り得る。だが、前者ならばどんなに考えたところですぐには思い出せそうにはない。
「えっと……ボクは覚えてないんですけど、いつの話ですか?」
「そうですね。もう大分前ですけど、確か――――」
「悟天!」
別の方向から聞こえてきた声はよく知っているものだった。その姿を捉えて「トランクスくん!」と名前を呼べば、彼はそのまま悟天の隣に並んだ。それから目の前の男に軽く会釈してから、こんなところで何をやっているんだと尋ねた。
何と言われても悟天はこの人に道を聞かれていただけだ。それをそのまま伝えれば、へぇと適当に流されて視線は男に向けられる。その視線に、彼の言う通りだと男は助け舟を出してくれた。別にトランクスにとってそんなことはどうでも良いのだが、そうですかとだけ返して「行くぞ」と歩き始めてしまう。
そんなトランクスの後を「待ってよ」と言いながら悟天が追いかけた時だった。
「そういえば、キミともどこかで会った気がするんだけど」
その言葉に足を止めたトランクスは無言で男を見た。反応したのは悟天の方で、それは流石に勘違いじゃないのかと答えた。自分はともかく、この世界の人間ではないトランクスと会ったことがあるなんてどう考えても有り得ないだろう。
勿論、そこまでは口にしなかった。けれど男がそんなことないと思うと話すものだからどうしたものかと思った時、それまで黙って見ているだけだったトランクスが漸く口を開いた。
「オレに何か用事でもあるんですか」
「いや、そうじゃないんだ。引き留めて悪かったね」
キミも道を教えてくれてありがとうと言って男はこの場を去った。一体何のために引き留めたんだと言いたくなるが、昔会ったことがあるような気がして気になったから聞いてみただけだろう。
悟天がそう結論付けていた頃、トランクスは男が歩いて行った先をじっと見つめていた。
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