どこかで会ったことがないのか、と聞かれてもないとしか答えようがない。トランクスがこの世界に来たのはついこの間だ。人間界で知っている人なんて悟天とその家族ぐらいなもので、あとは道端ですれ違ったとかその程度だろう。
だから先程の男の勘違いでしかない。そのはずなのだがどうも何かが引っ掛かる。考えすぎだろうか。そもそもあの男はどうして……。
「トランクスくん?」
その声で現実に引き戻される。そういえば道端に突っ立ったままだったことを思い出し、とりあえず家に向かって歩き始めることにする。何を話そうにもここでは人が多すぎる。
何やら胸騒ぎがするのけれど、それこそただの気のせいであってくれれば良い。そうもいかないのがこの現実という世界だけれど。
僕等の絆 7
「さっきの奴、道を聞いてきただけだったんだよな」
街から大分離れて人がいないところまで来た頃、トランクスはそう話を切り出した。
悟天は先程と同じように肯定を返す。だが、そういえばトランクスと同じように悟天自身も以前にどこかで会わなかったかと聞かれたことを思い出して付け加えた。一応、自分は覚えていないからあの人の勘違いだろうとも。
それを聞いたトランクスは再び頭を悩ませる。悟天なら本当にどこかで会っている可能性は捨てきれないが、トランクスにも同じ質問をしているだけにあの人の勘違いという線は高そうだ。
しかし、勘違いだと流してしまって良いものか。二人に同じ質問をした理由。本当にあの人と会ったことがあるとしたらどんな時か。
「そんなにさっきの人のことが気になるの?」
「だっておかしいだろ。オレ達二人に会ったことがあるなんて」
「それはやっぱり勘違いでしょ?」
変に話しを切ってあの場からいなくなったことも気になる。何か不都合なことでもあったのか。そんな風には見えなかったが、そういえばあの男はどこか楽しんでいるようだった。でも、何を?
(人間界でオレに会ったとすればこの一ヶ月。それを忘れてるとは考え難いけど、オレがここに来たのは……)
あ、と声が出た。すぐに悟天が「どうかした?」と尋ねる。
昔のことだからすっかり忘れていた。けれど、そういえばそうだったと思い出す。トランクスが人間界に来たのは今回が初めてはないのだと。
もう何年前の話になるのだろうか。確か十年近く前のことだったと思う。
人間界に来たのは人探しのためでも修業のためでもない。この世界でいうなら旅行――あっちの世界でも呼び方は同じだが、そういった目的で来たことがあるのだ。家族と、それから友達と。
今の今まで忘れていたのはそれが遠い日の記憶だったから。昔のことは記憶が曖昧になっているなんて誰にだってあることだろう。
「じゃあ、もしかしてその時にさっきの人と会ってたとか?」
「仮にそうだとしても十年も前だぜ。覚えてたとしても分からないと思うけど」
この十年で身長もかなり伸びたし声変わりだってした。面影が残っていたとしても、こちらが全く覚えていないのに向こうが覚えているなんてことがあるのか。あったとしても稀だろう。
それもそうかと悟天も一緒になって考え始める。そういえば気になっている理由の一つを話していなかったかとトランクスは隣の悟天を見た。
「あと、アイツもしかしたらオレと同じかもしれない」
同じって何が、と聞き返そうとしてその前に悟った。トランクスはこの世界の人間ではないのだ。魔法使いという特別な力を持っている人で、彼等の中には一時的に人間界へと来ている者や人間界で暮らしている者もいる。
つまり、さっきの人も何かしらの理由があってこの世界に来ている魔法使いだというのか。言い方からして確信はないのだろうが、そうなってくると今度は悟天との接点が大分減ってくる。
「ちょっと待ってよ! あの人が魔法使いならボクとどこで会うのさ!?」
「いつから人間界にいるのかにもよるだろ。もう何十年もここで暮らしてるんだったらオレとの接点のがない」
結局そこだ。あの男の人がこの世界の人だろうと魔法使いだろうと、二人に会ったことがあると考えると急に難しくなってくる。勘違いという線が残っている以上、諦めた方が良さそうな気もするが何かが引っ掛かっているのにそれも出来ない。ここで諦めて重要な何かを見落とす方が怖い。
(オレ達二人と同じ時に会ったのか、別々に同じ人に会っただけか。あとは)
トランクスが立ち止まれば悟天も自然と止まる。それを確認して少し動くなよとだけ言ってトランクスは何やら詠唱を始めた。
あっという間に詠唱を済ませるとそのまま魔法が発動する。何かを具現化させるような魔法ではないから悟天からすれば何をしているのか分からないだろう。けれど、トランクスは確かに魔法を発動していた。
(やっぱり。でもこれは…………)
魔法を終わらせてもう動いて良いぞと言えば、当然のように何をしたのかと聞かれた。悟天には何が何だかさっぱりだ。
だが何と説明すれば良いのか。言うよりやって見せた方が早そうだと今度は別の詠唱を唱える。訳が分からないままトランクスを見ている悟天に、最後まで詠唱を終えたトランクスは漆黒の瞳を真っ直ぐに見つめる。完璧ではないけれどこれで大丈夫なはずだ。
「悟天、前にオレがお前に見せた魔法のこと覚えてるか?」
「それって、小さな火を出したヤツ?」
「そう。今からオレが詠唱を教えるからやってみろよ」
ええ!? と悟天が驚きの声を上げる。魔法を人に教えるのは御法度で、それをしたらトランクスが魔法使いの世界から追放されてしまうのではないか。
そう前に話した通りに悟天に言葉を並べられて、トランクスはよく覚えてるなと些か失礼なことを思う。勉強も同じように覚えられれば彼の家族も苦労しないのにと。
とはいえ、絶対に出来ないと言ったのだからそれくらいは覚えていて当然かと思い直す。とにかくオレのことはいいからやってみろよと言っても「でも」と躊躇される始末だ。あの言葉に嘘はないけれどトランクスの予想が正しければ何も問題はない。もし失敗したとしてもこの世界で暮らしていけば良いだけだ、とは言わずに絶対に大丈夫だからと話す。
それでもまだ疑われたが大丈夫だと強く言って渋々納得させた。あれは初歩魔法だから詠唱も短く誰にでも出来るようなものだ。コツくらい教えた方が良いかとは思ったがとりあえず詠唱だけ教える。
「これを唱えれば良い。分かったか?」
「分かったけど、それだけで本当に出来るの?」
「もし出来なかったらコツを教えるから一度唱えてみろよ」
「う、うん」
トランクスがやったのと同じように、今の詠唱をきちんと唱えれば良いんだと言い聞かせてゆっくりと魔法を発動させるための詠唱を繰り返す。
一つずつ丁寧に、間違わないように。
そうして全てを唱えた時、何もない場所から突然ボッと火が現れた。
わっ、と驚く悟天を横目に見ながらトランクスは念の為に用意していた魔法を発動させる。こちらは水の魔法。何のために発動したかは説明するまでもないだろう。
「トランクスくん、今のって……」
「成功だな。やっぱり馬鹿みたいな力で発動したけど」
「それは! 初めてなんだからコントロールとかなんて分からないよ!」
何もかもが初めての感覚。これで最初からコントロールも出来ていたらそれは凄いことだ。
トランクスもそこまでは無理だと思っていたが、力加減をしないで発動した魔法がこうなることは予想していた。まさかここまでの力だとは思わなかったけれど。
これはコントロールを教えたとしてもやはり大きな力で発動してしまいそうなものだ。あまり人のことをいえる立場でもないけど、とは心の内だけで呟いた。
「だけど何で魔法が使えたんだろう。色々と理解しないとダメなんだよね?」
悟天はトランクスに魔法のことを教わっていたが、それだけで使えるようになったというのだろうか。確かにその辺の知識なければいけないけれどイコールで魔法が使えることとは結ばれない。
それならなぜ悟天が魔法を使えたのか。
おそらく、というよりほぼ確信といってもいい。驚きというよりは納得。同時に自分自身に呆れたけれど、今は悟天の疑問に答えてやる方が先だ。
「理解しないと使えないってことはお前はもう理解してるんだよ。それでさっきのヤツがオレ達に見覚えがあったのは多分本当だ」
「勘違いじゃなくて? でも何でそんなことが分かるのさ」
それについては憶測でしかないけれど、トランクスが忘れている記憶と何らかの関係があるのだろう。
いや、トランクスだけではない。悟天もだ。なぜなら。
「悟天、その前にもう一つ言っておくことがある」
これが今、トランクスが確信したこと。
これも明確な根拠はないけれど間違いない。自分の記憶から消えた探し人、初めて会ったのにすぐに打ち解けた相手、知らない人が二人を知っていたわけ。全部が漸く繋がった。
「オレが探していたのはお前だ、悟天」
探し人はこんなにも近くに。知らずのうちにもう一度友達になったその人こそ、トランクスがこの世界に来た目的の人だった。
すぐにでも探しに行かなければと飛び出し、一番初めに出会った悟天が。
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