この世界で出会った友人。自分の探している相手がどんな人なのかも覚えていない。けれど、悟天みたいな奴だったら良いなんて思ったりもした。
自分でもまさかそれが現実になるとは思っていなかった。悟天のことに最初から気が付いていたわけではない。むしろ気が付いたのはついさっきだ。
どうして気が付いたのかといえば、このひと月を共に過ごしていたからだろうか。理由になっていないように聞こえるかもしれないけれど、一緒にいるだけで分かってくることや感じるものがある。それでも今の今まで、コイツが魔法使いだなんて思いもしなかったが。
僕等の絆 8
「トランクスくんの探していた人が、ボク……?」
まだ状況を飲み込めていない悟天がトランクスの言葉の意味を理解しようと復唱した。
けれど状況になかなか頭は追いついてくれない。魔法がすんなりと使えたのもそれに関係しているのか。自分はこの世界で生まれたのではなく彼と同じ世界に元はいたのだろうか。疑問は増えるばかりだ。
「オレが昔一緒に遊んでいた、オレにとって大切なヤツ。それは間違いなくお前だ」
よく一緒に遊んでいた、守ることが出来なかった相手。声に出さなかった方についてはよく覚えていない。その辺の記憶がごっそりと抜けているのだから仕方がないが、自分の力不足で失ってしまったことは紛れもない事実だった。
人間界で過ごすようになってから昔の夢を見るようになった。それも隣に悟天がいたからなのかもしれない。記憶に残っていなくても通ずつものがあったんだと思う。
「だからお前もオレと同じ魔法使いだ。魔法が使えるのも不思議じゃない」
「ボクが魔法使い……。じゃあ、トランクスくんが大丈夫だって言ったのは」
「それが分かってたから。魔法使いに魔法を教えたところで追放なんて話にはならないからな」
仲間内で教え合っただけで追放になんてされたら堪ったものじゃない。それでは学校さえ成り立たないだろう。悟天が魔法使いだと気が付いたからこそ、魔法を使ってみろと詠唱を教えたのだ。
どうして悟天が魔法使いだと分かったのか。勘なんていう曖昧な根拠だけで納得してくれる人はどれくら いいるだろう。自分の記憶のことやその他の要因を重ねて考えた結果、辿り着いた一つの可能性に過ぎなかったがそう思う要因はこれまでの生活の所々にあった。
片っ端から挙げると時間が掛かってしまうから省略させてもらうけれど、理由の一つは悟天の飲み込みの早さ。学校の課題も教えればきちんと解けるようになるのだが、魔法に関しては教えると案外すんなりと理解していった。普通の人に魔法を教えるなんて初めてだったものの悟天のそれが人より早いだろうことは分かっていた。勉強が苦手なだけに少々驚いたものだが今にして思えば当然だ。彼も魔法使いだったのだから。
「だけど、それなら何でボクは魔法使いのことを知らなかったの?」
悟天にとってはそれも疑問らしい。その答えはどう考えても一つしかない。知らないのではなく忘れていた――忘れさせられていた以外にないだろう。トランクスの記憶の一部がないのと同じように。
誰が何の目的でそんなことをしたのかは分からない。ついでに言えば、悟天は魔法が使えないように力が封じられていた。さっき魔法が使えたのはトランクスが強引にそれを解いたからである。といっても、複雑すぎるロジックを全部解くことは叶わなかったのだけれど。
「一応今はお前も魔法が使えるけど力は完全に戻ったわけじゃない。それを解けるのはオレよりもっと凄腕の魔法使いか、お前にそれを施したヤツだ」
そうトランクスが説明した言葉を悟天は必死で理解しようと頭を回転させた。要するに今は一部の魔法しか使えなくて、元に戻すにはトランクスよりも上の魔法使いを探すしかない。それか悟天の力を封じた張本人を探すしかないのだが、これだけのロジックを組めるとなるとやはりトランクスよりも実力は上だろう。
その人がどこにいるのかなんて分からない。人間界にいるのかも不明な相手を探すくらいなら、魔法使いの世界に戻って誰かにそれを解いてもらった方が早い。だが、他に手掛かりを得られそうな人間ならこの世界にもいる。
「結局はお前がどうしたいかだけど、お前のその力と記憶のこと。悟空さんかチチさんなら何か知ってるだろうな」
「お父さんかお母さんが?」
「お前が魔法使いなら少なくともどっちかは魔法使いだろ」
そっか、と悟天は納得する。でも両方じゃないのかという質問をされるとは思わなかった。トランクスにとっては当たり前でも悟天からすればそうではないのだから仕方がないけれど。
自分が魔法使いなら両親も魔法使いであることが殆どだ。だが、全員が全員そうとは限らない。かなり少数派ではあるが魔法使いではない相手と結婚する者もいる。トランクスの両親もまたその少数派に含まれている。
父は由緒正しき魔法使いの名家の生まれだが、母は元々はこの人間界で暮らしていたそうだ。そんな二人がどうやって出会ったのかを詳しく聞いたことはないが、中にはそういう場合もあるのだ。
「そんなことは良いから、とりあえず…………」
不自然に言葉を切ってすぐにトランクスは何かを紡いだ。それが魔法の詠唱だと気付いたのは数秒も経たないうちに激しい音と共に煙が上がるのが目に入ったから。
煙の中に何やら人の影らしきものが浮かび上がる。そして「手荒な挨拶だね」などという呑気な声が聞こえてきた。その声には覚えがある。
「アンタ、どこかに行く用事があったんじゃないのか?」
「本当に用事があるのはキミ達だからね。やっぱりキミ達はあの時の坊や達か」
あの時の、と言われても二人共いつを指しているのかさっぱりだ。だから「さあな」とだけ答えると、本当に何も覚えていないのかと尋ねられた。どこの誰とも知らない輩にそんなことを答えてやる義理はない。
それよりも今はこの場を離れる方法を考えるべきだろう。トランクスはともかく普通の人間と変わりない悟天がここにいるのは危ない。一先ず悟天だけでもここから逃がさなければ。
「おい悟天、オレがアイツに攻撃して隙を作るからお前はさっさと家に帰れ」
「トランクスくんはどうするの……!?」
「こうなったらアイツの知ってることを聞き出す。オレ達のことを知っていたワケをな」
だけど危険じゃないのか。悟天は心配するけれど大丈夫だと答える。そう簡単にやられるほど軟ではないし、こんなところで派手にやりあったりもしない。いくら田舎の山奥とはいえ、ここはあくまでも人間界だ。それくらいのことは向こうも分かっている――だろうが、それを気にするかどうかは別問題か。
ともかく、方法なら幾らでもある。逆に悟天にここにいられる方がやりづらい。それに。
(もう同じ間違いは繰り返したくない)
断片的な記憶。それでも自分が何をしてしまったのかははっきりしている。もう大切な友達を失うようなことはしたくないのだ。今の自分に取れる最良の選択、悟天が納得しなくともこれ以外には考えられない。
「オレが次に魔法を発動したら走れ、良いな」
「でも!!」
悟天だって自分に力がないことは分かっている。ここにいてもただの足手まといにしかならないと。彼のことを思うなら彼の言葉に従うのが一番なのだと、それくらいのことは理解している。
しかし、それに分かったと頷けるほど人間が出来てはいない。それによく分からないけれど何だか嫌な感じがするのだ。こんな空気の中にいるからかもしれないが、今ここを離れてはいけないと本能が訴えている。目の前の男がただの魔法使いでないということぐらいは悟天だって気付いているのだ。それでもトランクスなら心配はいらないのだろうが。
(ボクも何かを忘れてるんだよね)
自分が魔法使いだということも知らなかった。しかもその力は封じられていた。そうしなければいけない理由があったのか。そんなことは知らないけれど、何の理由もなしに力を使えなくされたわけがない。記憶だって何か不都合があったから覚えていないのではないか。
やはり疑問は増える一方だ。けれど一つだけ確かなことは、自分達は昔も友達という関係だったこと。覚えてはいないけれどそれなりに親しかったとは思う。今の自分達もすぐに友達になって打ち解けたから。彼が大切な人だと言ってくれるのなら自分にとっても同じだったに違いない。
「話は済んだかな」
男の問いに「ああ」と短く頷いたトランクスはそのまま詠唱を始めた。
青と黒の二つが男を真っ直ぐに見据える。口角を持ち上げて笑った男は前に手をかざし攻撃魔法を発動させた。同時にこちらも別の魔法をぶつけてそれを相殺させる。
ここに一つの戦いが幕を開けた。
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