次に意識が浮上した時、そこには見覚えのある光景が広がっていた。大きなモニターに操縦用のキーボード。見間違えるはずもない、ここはオルディーネのコックピットだ。
「俺は………………」
ゆっくりと意識が覚醒していく中、ここが先程の不思議な場所とは別物だろうと考える。だがやはりこれも現実である筈がない。また俺の記憶が作り出した仮想現実とかだったりするんだろうか。
一人でそう考えていたところに割り込む声が一つ。
「気ガ付イタカ、クロウ」
「オルディーネ……?」
三年ほどの時間を共に過ごしてきた相棒の声がする。オルディーネのコックピットにいるのだから別段おかしなことでもないが、状況を整理する為にもオルディーネに話を聞くのが良さそうだ。
「ここは?」
「オルディスノ地下ダ」
オルディスといえば帝国でも二番目に大きい海港都市だ。しかし、クロウが最後に居たのは帝都であるヘイムダルだったはず。
それなのにどうしてオルディスに居るのかは分からないけれど、オルディスの地下といえば思い当たる節は一つ。クロウがオルディーネと初めて会ったその場所、オルディスの地下遺跡。ここは約三年前にヴィータに導かれてやって来たその場所という訳だ。
「クロウヨ、体ハ大丈夫カ?」
「ん? ああ、体力は落ちてそうだけど何ともねーよ」
その質問に疑問を抱きながらも軽く体を動かしてみると何だかぎこちない。なんというか、体が鈍っていそうな感じがする。でもあの時の怪我はないみたいだし特に異常はないから大丈夫だ。そう答えながら、仮想空間にしてはやけに現実的な感覚がするなと思う。まるで本当に生きているかのような……。
そこまで考えてはたと気付く。リアルな感覚、見知った場所、そしてここはオルディーネの中。確か騎神には起動者を治療する能力が備わっていたはず。
「オルディーネ、お前まさか……」
騎神はただの機械ではない。巨いなる騎士とも呼ばれ、乗り手を選ぶ特殊な生き物だ。騎神へのダメージは中にいる起動者にもフィードバックされる。だが逆に騎神が起動者を霊力で回復させることも出来る。それには膨大な霊力が必要であり、治せる怪我にも限度があるとはずだ。流石に死者を生き返らせることは幾ら伝説の騎士でも出来ないと思うのだが。
「クロウガ戻ッタ時、マダ僅カニ霊力ガ残ッテイタ」
クロウの問いにオルディーネはそう答えた。あの戦いでオルディーネは核を傷つけられ、そのダメージは起動者であるクロウにもフィードバックされた。
あまりに大きいその傷は絶対に助からない、そう思っていたのに。まさかオルディーネはそんな俺をここまで回復させたのか。いやでも。
「戻った時って、どうやって……」
「灰ノ起動者ガ、クロウヲ此処デ寝カセテ欲シイト言ッタノダ」
そういうことか、と漸く話が見えてきた。死んだ俺をアイツ等がオルディーネの中に戻してくれたんだ。煌魔城からオルディスに移動しているのもアイツが頼んだんだろう。騎神は意思を持った生き物だから、オルディーネもアイツ等の頼みを聞き入れた訳だ。まさかオルディーネが俺を治療出来るとは思っていなかっただろうが、結果的にそのお蔭で俺は今ここに居る。
「けど、お前の核もかなり損傷してたはずだろ。そっちは大丈夫なのか?」
「核ノ修復ト霊力ノ回復――クロウノ治療ヲスルマデニ時間ガ掛カッタガ問題ナイ。ダガ、アレカラ既ニ一年ガ経過シタ」
一年、クロウの感覚では昨日の今日だが現実ではそれほどの年月が経っていたらしい。それだけの間、動かずにじっとしていたというのなら体力は落ちて当然だ。
しかし、一年でここまで回復したというのは凄いことではないのか。誰もが死んだと思うほどの致命傷を受け、オルディーネ自身の回復と合わせて一年だ。クロウはオルディーネに三年ほど乗っている訳だが、それでもまだ知らないことの多い騎神の能力には驚かされてばかりだ。
「そうか。無理させたな。でもお前が無事で良かったよ」
俺が無茶したせいでオルディーネには酷い怪我をさせてしまった。大事な核があそこまで傷ついてしまったら修復が出来ないのではないかと心配もしていた。だからその核が無事に治ったと聞いて本当に安心した。俺があそこで死んでいたとしても自業自得だが、それに付き合ってくれたオルディーネまで巻き込まずに済んで良かった。心からそう思う。
「ありがとな、オルディーネ」
「礼ニハ及バナイ。クロウハ我ノ起動者ダ」
起動者。その言葉が頭の中でこだまする。
オルディーネにとってクロウは自分を動かすことの出来る唯一の人間なんだろう。けど、たとえクロウが死んだとしてもきっと新たな起動者が現れる。実際、クロウの前にもオルディーネの起動者は居た。起動者は唯一無二の存在ではない。
今更な話だが、俺はこれまで自分の都合にオルディーネを散々付き合わせてきた。たかが人間一人、俺なんかに拘る必要はないだろう。貴族連合の《蒼の騎士》なんざ大抵の人間が死んで当然と思うような人間だ。それだけのことを俺はしてきた。
「……なあ、俺は生きてても良いのか」
死にたい訳じゃない。でも仮にあそこで命を落としていたとしてもそういう人生だったんだなと俺自身そう片付けられる。こういう運命だったんだと、自分のしてきたことを考えれば因果応報ってヤツだ。死んでも仕方ないし、俺も含めて誰もが助からないと思ったはずだ。本来なら、オルディーネがいなければ確実に死んでいた。
それがオルディーネのお蔭で助かって、でもこれからどうしたら良いのか。罪は生きて償うべきだとかそういう話じゃない。起動者だから助かった。起動者じゃなかったら。
「我ハクロウニ生キテ欲シカッタ」
それはクロウが起動者であったからではないと、暗にそう言われた気がした。
確かに俺達は《蒼の騎神》と《蒼の起動者》として出会い、そうやって付き合ってきた。それはこれからだって変わらないけれど、騎神がただの道具でない以上、俺達はただの乗り物とその乗り手という関係でもなかった。共に戦ってきた相棒で、戦闘に関する話もしてきたけどくだらない話も沢山した。戦う為の道具ではなく、そこには他とはまた違う特別な繋がりがあったのは確かで。
「クロウハ、今マデノ起動者ノ中デモ特別ダ」
「オルディーネ……」
だから助けたのだ。ほんの僅かに残っていた霊力をなんとか維持して、一年という長い月日を掛けながら。大切な相棒を、友を助ける為に。
そんな風に話すオルディーネに馬鹿なことを言ったなと思う。今更こんなことを言ったら怒られても仕様がない。故郷を出てから大勢の人と出会ったが、その中でもオルディーネとの付き合いは長い方に入る。一緒に過ごしてきた時間という意味でもそうだ。
「悪ィ、くだらないこと聞いた」
「気ニスルナ。クロウハクロウノ思ウヨウニスルガイイ」
もしまた力が必要になったら呼べと話すオルディーネには俺の考えているこてが分かったのだろうか。幾ら伝説の騎神といえど人の思考を読み取ることは出来ない。だが、長い付き合いの上で互いの考えは分かるようになる。それだけの付き合いはしてきたということだろう。
「クロウヲ待ッテイル者達ガ居ル」
「ま、俺が生きてるなんて誰も思ってないけどな」
「クロウモ会イタイ人ガ居ルノダロウ」
その言葉に驚く。だがあの不思議な世界で彼女と出会ったことを考えれば否定は出来ない。全く、何でもお見通しってワケか。
「……そうだな。生きてんなら、今度こそちゃんと伝えないと」
死んだと思っていたからせめて今伝えられるだけのことは言おうと思った。だが現実に俺は生きていて、あの約束が守れなかったことに変わりはなくとも言うべき言葉は沢山ある。
あの不思議な空間でトワは今NGOを巡っていると言っていた。現実の彼女が今何をしているかは分からないが、学院を卒業しているのだからそういう方面に進んでいる可能性はある。他に手掛かりもないし、世界を回りながらそういう方面で探してみるのは有りかもしれない。
「世話になったな、オルディーネ。けどすまねぇ、暫くは一人で世界を回ってみたいんだ」
一度死んで生き返って――ではなくそもそも死んでいなかったのだが、今の自分には世界がどう見えるのかを知りたい。この先どういう道を進んで行くのか、それを決める為にも必要なことだ。
内戦が終わったであろう今、貴族連合の《蒼の騎士》でも《帝国解放戦線》のリーダーでもなく、一人の人間として世界を見てみたい。流石に道中ずっとオルディーネを連れ回す訳にはいかないから必然的にオルディーネとはここで一度別れることになる。
「クロウハ自分ノ好キニ生キルトイイ」
「ああ、そっちも何かあったら呼んでくれ」
騎神と起動者は繋がっている。こちらが呼べばオルディーネは応えてくれるし、逆もまた然り。この場所で何かが起きるなんて滅多にないだろうが、もしも何かあれば知らせて欲しい。自分は《蒼の騎神》の《起動者》だから。
「承知シタ」
「じゃあ行ってくる」
「クロウ」
呼ばれてクロウは次の言葉を待つが、オルディーネからはなかなか続きが出てこない。何かを言おうとして、けれどそれを躊躇っているかのように感じる。
もしかして俺が知らないこの一年に何かあったのか。けど言い淀むってことは、俺には言いづらい何かが地上に戻ればあるってことか。それが何かは当然俺には分からないが、最後までこちらのことを気に掛けてくれる友に感謝する。
「ありがとな、オルディーネ。けど、俺はもう立ち止まらないから」
「無用ナ心配ダッタヨウダナ」
「そんなことねーよ」
達者でなと送り出してくれる友にお前もなと返してクロウはオルディーネから降りる。人の何倍もあるその大きな体を見上げて一言。
「またな」
そう言ってクロウはオルディスの地下遺跡を後にした。
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