2.



 一体どこから入ってきたんだ、と同じことを前にも思ったことがあった。あの時はソイツのせいでおは朝が見られなくて大変だったが、そもそもどうやって入ったのかがまず問題であったことを今更ながらに思い出させられた。


「…………だからどうやってお前は家に入ってきているのだよ」


 これが朝のあの時間でないだけマシなのかと考えてしまうオレもどうなんだろうか。以前にあんなことがあったからこそそう思ってしまったのだが、本当にどこから入ってきたのか。入ってくる場所として考えられるのは玄関か窓ぐらいだろう。母が開けた時にこっそり入り込んできたと考えるのが無難なところだろうか。それにしたって、どうして人の部屋に居るんだと聞きたいが。


(首輪は付いていない……となると野良猫か)


 飼い猫ならば首輪の一つくらいあるだろう。まず飼い猫がこんなことをするとも思えないが、どちらにしてもやるべきことは一つしかない。


「どこから入ったかは知らないが、さっさと外に出ろ」

「みゃ?」


 猫をここに置いておく理由なんてない。ここに居られても迷惑なだけだ。今やるべきことはこの猫を部屋から、家から外に追い出すことだろう。
 とはいえ、相手は猫だ。こちらの言葉が通じているのかも分からない。鳴き声は返ってきたもののそれが何を言っているのかは不明。首を僅かに傾げている辺り、意味が通じているとは思えないけれど。


(こういう時、どうすれば良いのかなんて分かるか)


 とりあえず窓くらいは開けてやったのだが動く気配はなし。他の家族はみんな出払っているところだ。猫を連れ出してくれなんて頼めるような相手も居ない。
 いっそのこと高尾にでもちょっと戻って来いと電話しようかとも思ったが、流石にそれは憚られた。そんなことで呼び出したのかよと笑われるのが落ちだ。それに、この程度のことで他人を頼るのもどうかという話である。


(放っておけば勝手に出て行くだろうか)


 この猫だっていつまでもここに居る気ではないと思う。こちらがここに置いておく理由もないが、猫にもここに居る理由はないはずだ。そう考えればあとは放っておけば時間の経過と共に気紛れに居なくなるだろう。猫はそういう生き物だ。
 そう結論付けて暫く放っておくことにしたのだが、なぜかソイツは動く気がないように見える。実際、さっきから呑気に寛いでいるくらいだ。放っておいたら本当に出て行ってくれるのかも怪しくなってきた。


「お前はどうしてこんなところに来た」


 問うたところで答えなんて当然返ってこない。相変わらず鳴き声は返ってくるが、それが返事をしているんだか全く関係ないことを言っているのさっぱりだ。
 無理に追い出そうとしたらまたいつかのように引っかかれるんじゃないかと思うけれど、この様子を見ているとそうでもしなければ出て行かないような気もする。早く出て行け、と言っても聞いているのか分からない反応しか返ってこない。困ったものだ。


「……仕方がない」


 やはりここは強引に追い出すしか方法はなさそうだ。猫が部屋に居る状態では落ち着いて何も出来ない。諦めて最終手段に出るしかないだろう。
 そう思って近付くと、何かを察したのかさっきまで寛いでいたその黒猫はゆっくりと起き上ってこちらを見る。試しに出て行く気になったのならさっさと行けとも言ってみたが、そういう気分になって起きたわけではないらしい。
 何で学校から帰って来て猫と格闘しなければならないんだと思いつつも、こちらが近付けばその分猫も下がる。それを繰り返していればいずれ逃げ道はなくなり。


「こら、大人しくしていろ! 外に出してやるだけなのだよ」


 部屋の隅に追い詰めた猫を捕まえると、奴は思いっきり暴れ出した。こっちはただ外に出してやろうとしているだけだというのに、おそらくそれもコイツには分かっていないのだろう。だがそれも少しの間の辛抱。
 ――だったはずなのだが。


「っ!?」


 ……周りが何と言おうと、オレは猫を好きにはなれそうにない。アイツ等は気まぐれで何を考えているかも分からないし、すぐにその爪で引っかいたり歯を立てたりもする。
 そんな奴をどうやって好きになれというのか。別に誰かに強制されているわけでもないのだから嫌いなら嫌いで良いのだろうが、コイツと分かり合えることなどこの先もないのだろう。


「にゃー」


 人に噛み付いたその猫は、オレの手から抜け出すとそのまま窓枠に登ってこちらを振り返りながら鳴く。それから漸く窓の外へと降りて行ってくれた。
 これで良かったんだろう。だが、出来るのなら自力でもう少し早く出て行って欲しかった。勝手に人の部屋に居座っておきながら噛み付いて出て行くとは何だ。猫の行動をいちいち気にしていたらやっていられないだろうけれども。


「…………はあ」


 猫という生き物には振り回されてばかりだ。どうしてアイツ等はあんなにも自由なのだろうか。考えるだけ時間の無駄だろう。そう思って溜め息だけを零した。
 小さな痛みの波がズキズキと訴えている傷口に視線を落とすと、指先から僅かに血が流れている。全く、今日は碌な日じゃない。占いの結果も悪かったのだが、まさか家でこんな事態に出くわすとは予想外だった。

 まずはこの怪我の手当てを済ませようとオレは救急箱を取りに部屋を出る。本当によく当たる占いだ。それからやっぱり猫は嫌いだ。
 ただ、何だろうか。この感覚は。
 少しばかり頭に引っかかることがあったけれど、気のせいだろうと片付けて手当てをする。部活に支障が出なければ良いが、練習試合もないから最悪どうにかなりそうか。そんなことを考えながらもう一度溜め息を吐いた。