7.
「魔法使い……?」
高尾の答えに緑間はまた疑問を浮かべる。魔法使いとは、アニメや漫画で出てくるような不思議な力を使う人のことだろうか。
そんなものが現実に存在するわけないだろうと言いたいところではあるが、さっきのあれを見た後では信じるべきなんだろう。自分達が架空の存在であると思っているだけで、現実に存在する可能性がゼロとも言い切れない。
「その魔法使いのお前は、何か目的があってここにいるのか」
信じてもらう為に力を見せたとはいえ、こうもあっさり魔法使いであることを受け入れられるのは少しばかり意外だった。思わず「信じるの?」と聞けば、緑間は「嘘を言っているようにも見えないからな」と答えた。
緑間のことは高校生活を共にしながら知っていたけれど、この世界にも色々な人が居るんだなと改めて実感した。こちらで生活している中でも実感していたが、自分の目で見なければ分からないものもある。本当にその通りだなと、心の中で思いながら高尾は質問に答える。
「目的っていうか、決まり事なんだよ。オレ達は一定期間、人間界で修業を積むっていう決まりが昔からあっるんだ」
修業なんて大それたことを言っているが、実際はただ人間界で普通に生活するだけである。現在は数が少なくなっている魔法使いは、人間に隠れるようにして生きている。そのことから魔法だって大々的には使えない。それでも昔からの決まりだからとそれは今でも続けられている。
高尾もその決まり事があった為にこの人間界に来た。高尾個人としてはあまり行きたくなかったのだが、決まりだからと仕方なく。
「オレさ、人間が嫌いだったんだ」
だから人間界に行きたくなかった。高尾はそう話した。
人間を嫌いと言い切ってしまうくらいに、高尾は人間が嫌いだった。緑間がはっきり猫は嫌いだと言い切っていたのと同じようなものだ。理由なら当然あって、それが克服されることなんてないだろうとも思っていた。
「それなのにお前はここに来たのか」
「決まりだからな。ただ、ここで過ごすのに支障がありそうだったからその感情を別のものに切り離したんだ」
それが先程の黒猫。高尾が自分の一部だと話したのはこういうことである。
「あ、でも今も嫌いってわけじゃないぜ。つーか、本当は分かってたんだ」
人間と一括りにいっても、その中には色々な人が居るということ。頭では分かっていたけれど、その人間のせいで両親を失った過去がある高尾としてはどうしても受け入れられなかった。
魔法使いという存在は、昔はそれなりに居たのだ。そして昔は人間とももっと交流があった。それもある日を境に途切れ、同時に魔法使いの数も一気に減った。数少ない魔法使いは人間には珍しく、不思議な力を使えることから使い道は色々あったんだと思う。
「人間から隠れて生きようとしてるのに、そんな昔の風習を今でも続けてるなんて馬鹿みたいだろ? オレもそう思ってたんだけど」
どうして自ら危険を冒すのか。それを決まり事にまでしているなんておかしい。時代が変わったのだから、いつまでも昔の風習を続ける必要なんてないだろう。
この世界に来る前、高尾はそれらを主張したが聞き入れてはもらえなかった。長は昔からの決まりだの一点張り。年寄りは頑固で頭が固いなんて心の中では思ったりもした。でも。
「実際にここで暮らしてみて、その意味が分かった気がするんだ」
世の中には悪い人間ばかりではない、良い人だっている。それは魔法使いだって同じだ。自分達の力を悪用しようとする者も中には居る。要はその人の人間性だ。
「ここに来たお蔭で、真ちゃんとも出会えたしな」
「……それは、どういう意味で言っているのだよ」
勿論良い意味で言っているのだと高尾は笑った。
緑間に出会って、秀徳の人達に出会って。他にもこの世界で沢山の人と出会い、過ごしてきた。そうやって暮らしながら人間というものを知り、自分の考えは間違っていたのだときちんと理解し、今でも昔の風習を続ける理由に気が付いた。昔は人間とも多く交流していたということも、それ故にこの風習はなくならないんだと。
「でもアイツ……さっきの猫のことなんだけど、アイツが真ちゃんに懐くとは思わなかった」
まず緑間と出会っていたことさえ高尾は知らなかったのだ。あの猫は高尾の一部ではあったが、猫という一つの生き物として存在していた。そのことから高尾も時々何もないか探ったりはしていたものの基本的に好きにさせていた。
どこで何をしようと好きにさせていたのは確かなのだが、人に近付くことはまずないと思っていた。理由は単純、あの猫は人間が嫌いなはずだったから。
「懐いていたというほどでもないだろう」
「いやだって、アイツ人間嫌いなんだぜ? 真ちゃんじゃなくても近付かないと思ってたんだよ」
正しくは、人間を嫌いなのは高尾自身だったが。その高尾の人間嫌いを切り離したものがあの猫ということは、必然的に猫も人間が嫌いになる。むしろ嫌いでなければおかしい。
「なら、なぜあの猫はここで大人しくしていたのだよ」
人間が嫌いだというのなら、手当をしようとした時点でも嫌がっただろう。そこをなんとか突破したとしても、いつ居なくなってもおかしくなかったということになる。
しかし、緑間はその猫が居なくなる気配がないから高尾を呼んだのだ。ここに大きな矛盾が生まれてしまっている。
「それは、やっぱ真ちゃんが好きだったんじゃねーの?」
「……真面目に聞いているんだが」
「オレだってふざけてねぇよ」
お前のことだろうと言われても、厳密には高尾のことであるようでそうでもないのだ。あの猫が意思を持って動いていたということは、高尾の手から離れた時点で別物でもあった。
今は高尾が魔法で切り離したものを元に戻したから猫は居なくなったわけだが、そのことによって猫が考えていたこと全部を高尾が理解するわけではない。一つになったのだから何も分からない、ということでもないけれど。
「でもそうとしか考えられないんだからしょうがないだろ。人嫌いだったはずなのに、それも殆どなくなってるし……」
どちらかといえば、緑間より高尾の方が嫌われていたというのは部屋にやって来た時の猫の反応で分かるだろう。高尾だって何がどうしてこうなったのか、その過程を知りたいくらいだ。
「真ちゃん、アイツに何かした?」
「するわけがないだろう」
だよな、と高尾も頷く。猫嫌いの緑間が猫に何かをするとは思わない。してやったことといえば、怪我の手当てぐらいだろう。それ以外で猫に近付く理由すら思い当たらない。
それにおそらくだが、緑間が言っていた猫というのはどれもこの黒猫のことだろうと高尾は考えている。絶対とはいえないがほぼ確実に。根拠を述べろと言われたら困るが、高尾の中ではそう考えるのが自然だと思えるだけの判断材料が揃っていた。
(あと他に考えられるとすれば……)
何かあるだろうかと考えて、自分とリンクしていることはないのだからそれはないかと切り捨てる。だとすれば、普通にあの猫が緑間に心を許しただけの話なのか。そう考え難いから理由を探していたのだが、猫が何を考えて何を思っていたのかも分からない高尾にはどうやっても真実は見つけられない。今更直接聞くことも出来ないし、これはもう深く考えないのが一番なのかもしれないという結論を出す。
「まあそれはいいや。アイツが迷惑掛けて悪かったな」
「それはもう良い」
謝罪なら既に一度聞いている。猫のせいで大変だったあれら全ての元凶が目の前の男であろうと、過ぎたことをとやかく言うつもりはない。高尾にも高尾の事情があったようだし、目先の問題は片付いたのだからそれで良い。
だが、気になるのはむしろ別の点だ。
「お前はそのことをオレに話して良かったのか?」
そのこと――自分が魔法使いであることを。
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