8.
魔法使いは人間から隠れるように暮らしていると、今し方高尾自身が話したばかりだ。けれど、高尾はそのことを緑間に話してしまっている。その話を聞いていると、言うべきではなかったのではないかと思うのだが、その辺はどうなのだろうか。
問われた高尾はといえば、きょとんとした顔で緑間を見る。
「そりゃあ隠しとくべきだろうけど、真ちゃんなら良いかなって」
「どういう理由だ」
「真ちゃんはこのことを誰かに言いふしたりしないでしょ?」
もっとも、誰かにこんな話をしたところで頭がおかしいと思われるだけだろう。魔法使いなんて現実に居るわけがない、というのがこの世界に生きる大半の人間の考え方だ。
「それはそうだが……」
「それに、アイツが迷惑掛けたからな。説明するのが筋ってモンだろ」
隠れるようにはしているけれど、人との関わりを絶っているわけではない。出来るだけ知られない方が良いのは確かだが、言ってはいけないという決まりもない。
そうなれば、迷惑を掛けただけ説明するのも当然のことだ。そしてその説明をするには、自分が何者なのかを話す必要があった。ただそれだけのことである。
「こんだけのことで罰とかもないから気にすんなよ」
本人はそう言っているが、こんだけのことで片付けられることなのだろうかと緑間は思う。だが、高尾の言うように自分が他人にこのことを話さなければ良いだけなのかと考える。いまいち腑に落ちないが、本人が言うのだからそういうことにしておこう。
「修業の為にここへ来たということは、いずれは帰るのか」
「期間は五年あるけど、その後もここで暮らすか戻るかは本人の自由だぜ」
魔法使いである高尾達は十五になってから二十になるまでが人間界で修行する期間と定められている。高尾がこの世界に来てからはまだ一年も経っていないが、来る前は五年後にはきっちり戻るつもりでいた。でも今は、先のことはその時考えれば良いと思うくらいには考えが変わった。きっとこれは良い変化だろう。
少なくとも二十歳になるまではここにいることが決まっており、秀徳でのバスケも三年間きっちりやるつもりだ。というより、そのつもりでなければ部活動になんて所属しない。
「ここに残る奴も居るのか?」
「そんな多くはないけどな。ここで人と同じように暮らしてる人も居れば、表には出ないところで力を貸してる人も居るって聞いたことはある」
詳しくは知らないけれど、と付け足して高尾は話す。
修業に行ってそのまま残る者もいれば、一度戻って来てから再び人間界に行く者も居る。一時の修業を経て戻ってくる人が多い中で、しかしそういう人達が居るのも事実だ。高尾も話に聞いているだけだからその程度の知識しかないが、自分達にそういう生き方もあることは知っている。
「お前は…………」
そこで途切れた言葉の先は容易く想像出来る。お前はどうするつもりなのかと、気にされるとは思わなかったけれど。
「オレはまだ決めてない。今は目の前のことで手一杯だし」
他のことまで考えていられない。まずはこのチームで勝つことを目指すだけだ。
「真ちゃんはオレに残って欲しいの?」
「オレが何と言おうが、お前はあと四年近くこの世界に居るのだろう」
「まあな」
でも緑間が何て言うのか気になって聞いてみた。どうせ馬鹿を言うなとでも返されるのがオチだっただろうが、最低でもあと四年。自分達が一緒に居る時間は二年とちょっと。その間は何であれ高尾はこの世界に留まる。戻るにしても残るにしても選ぶのは四年以上も先の話だ。
「だが大丈夫なのか」
「何が?」
「お前は人間が嫌いだったのだろう。その猫をお前の中に戻して」
「ああ、さっきも言ったけどアイツの人間嫌いは殆どなくなってたから平気」
ついでに真ちゃんの猫嫌いも克服出来ればよかったな、なんて言ってみる。余計なお世話だとか関係ないと言われるのを予想しての発言だったが、意外にも緑間からは何も返ってこなかった。それどころか何かを考えるような仕草に、高尾の方が「真ちゃん?」と声を掛けた。
「もしかして、マジで猫嫌い克服する気になった?」
「わざわざ克服する理由がない」
あ、やっぱりいつも通りの緑間か。
そう思いながらも、それならさっき何も返してこなかったのは何だったのか。特に気にすることでもないのか、と思っていたところで緑間が口を開く。
「猫を好きになるつもりはないが、アイツを遠ざける気が起こらなかった理由は分かったかもしれないな」
言って、緑間は高尾を見た。
最初こそ猫なんて気紛れで人に迷惑ばかりかけてと思っていたが、怪我の手当てをした時のソイツは思ったよりも大人しかった。以前は人のことを引っかいたり噛み付いたりしてきたのに。
本当に気紛れな奴だとも思ったけれど、なぜか突き放す気にはならなかった。高尾の言うように、猫にも気持ちの変化があったというのならその時だろう。それ以前はとても人間を好きだと思えるような態度ではなかった。
「それって、前より猫が嫌いじゃなくなったってこと?」
緑間の言葉の意味を理解しかねて尋ねると、翡翠が真っ直ぐに色素の薄い瞳を捉えた。
「あの猫はお前だったのだろう?」
「え? まあ、オレの一部分から作り出したものだけど……」
それとこれとで何か関係があるのかと言いたげな目を向けられる。だが緑間は「大したことじゃない」と話を切り上げた。
大したことでないとしても、ここまで言われたら気になるだろう。何かあるなら言えよと食い下がってみても、こっちの話だとそれ以上話をしてくれる様子はなさそうだ。全く、自分勝手だとは思わないが言い出したことくらい最後まで言ってくれても良いのにとは思う。
「猫のことは解決したし、どうする? ストバスでも行く?」
どうせ何を言ったところで緑間は教えてくれないのだろう。それが分かっていて話を続ける意味はない。諦めてこの後のこと尋ねた。もともとは猫の飼い主を探す為にここまで来たが、解決した今は特にやることがなくなってしまった。
「そうだな」
「じゃあ、まずはジャンケンだな」
どちらがリヤカーを漕ぐか。お決まりの合図でジャンケンをした結果は……いつも通りといえば伝わるだろうか。それで伝わってしまうのも腑に落ちないが、周りもそれを常に見ているくらいには結果が変わらないのだから仕方がない。
こうして二人はバスケをする。明日も明後日も、卒業するまで一緒にやっていくのだ。自分達が秀徳高校バスケ部のレギュラーとして、相棒として上を目指すのはこの先も変わらないのだから。
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