9.



 あれからも特に何も変わらずに日々は過ぎて行き、季節は何周しただろう。

 高校生だった自分達は高校を卒業し、それぞれ大学へと進学した。高校バスケの頂点には三年生になった時、初めて到達した。あの時は本当に嬉しくて、高校を卒業してからも続けると思われたバスケとはお互いに離れた。といっても、高校時代ほどではないだけでバスケ自体は今でもやっている。
 別の大学に進学すれば当然会う機会も減り、けれどそれなりに連絡は取り合っていた。バスケ部の友人に飲み会をやるからと誘われたり、やっぱりバスケで知り合った友人達とバスケをやらないかと誘われたり。そんな大学生活を始めて二年目になる。


「遅かったな」


 今日も朝から大学で授業を受けて、そのままバイトに向かって帰宅する頃には夜の十時になろうとしていた。とりあえずシャワーを浴びて適当に夕飯でも食ってレポートを片付けるか、とか考えていたのはつい数分前のこと。
 だが、それも部屋の前に見慣れた姿を見付けてぶっ飛んでしまった。


「え、真ちゃん……?」

「またバイトか。お前はいつも忙しそうだな」


 緑間は普通に話しているけれど、高尾はどうしてここに緑間が居るのか分からずに頭が混乱する。大学に入ってからお互い一人暮らしをしていることもどこに住んでいるかも知っているが、何の連絡もなしに訪ねてくることなんて今までに一度もなかった。


「何で真ちゃんがここに居るんだよ!? 連絡とかしてないよな!?」


 一応携帯を確認してみるが、メールも電話もした形跡はない。いきなり来られても家に居ない可能性が、というか現に家に居なかったじゃないか。
 先に連絡をしておいてくれればこっちも連絡をつけるなり、どうしても今日でなければいけないならバイトの終わる時間に来るように伝えたのに。一体この男はいつからここに居たのだろうか。


「まあそれは後で良いや。とりあえず上がれよ」


 言いたいことも聞きたいこともあるけれど、季節は冬になる手前だ。いや、暦の上ではもう冬になっている。そんな季節にどれくらい外に居たのかは分からないが、とにかく部屋に入ってもらった方が良いだろう。


「大した用ではない。ここで良いのだよ」

「あのな、このまま帰せるわけねーだろ」


 お前がそれで良くてもこっちが良くない。
 とにかく入れよと高尾はポケットから鍵を出してドアを開ける。そこまでされたら緑間もこのまま帰る気はなくなったようで、大人しく家に入ってくれた。電気を付けてそのまま暖房も付ける。




「それで、何の用だよ」


 連絡もなしに来るなんて、と言いながらコーヒーを渡す。お互いに私生活が忙しい今、会う回数も少なければ互いの家に行く機会も殆どない。おしるこがあれば良かったのだろうが、突然来られたら流石に用意出来ない。
 コーヒーを受け取った緑間は、それを飲みながら「本当に大した用ではないのだが」と前置きをしながら、ここに来た理由を話した。


「今日はお前の誕生日だろう」


 言われて「は?」と間抜けな声が漏れてしまったが、そういえば今日は十一月二十一日。自分の誕生日だったなと高尾は思い出す。
 けれど、それとこれと何が関係あるのか。――なんて思ってしまったが、誕生日のことを持ち出したということは。


「……もしかして、その為にオレのこと待ってたの?」

「事前に連絡をしなかったのは悪かったと思っているのだよ」


 まさかそれだけの為にと思ったが、緑間の発言からして本当にその為に来てくれたらしい。わざわざ来なくても、それこそメールや電話という手段もあっただろう。
 けれど、直接会いに来たのはそれなりの理由があったからだ。長居をするつもりはなかったけれど、直接話したいことがあったから大学が終わってそのままここまでやって来た。


「いや、それはもう良いけど。真ちゃんがオレの誕生日だからってわざわざウチまで来るとは……」

「…………何だ」

「ちょっと意外だなって」


 その高尾の言葉で突然来て悪かったなと謝罪した緑間に、そういう意味じゃなくてと高尾は否定する。祝ってもらえることは純粋に嬉しいしありがとうと伝える。考えてみれば、こうして会うのは半年振りくらいになる。


「それより、オレはお前に話があって来たのだよ」


 これではいつまでたっても本題に入れない。緑間が言えば、高尾も話を聞く気になったらしい。何、と短く尋ねれば、翡翠の瞳が真っ直ぐに色素の薄い瞳を見た。


「前に、先のことはその時に考えると言っていたな」


 前と言われても、それがいつのことなのかすぐには思い当たらなかった。大学生になった今、高三の時の進路の話を持ち出しているわけではないだろう。
 それならいつのことだと考えて、「あっ」と四年ほど前の出来事を思い出した。


「オレが戻るかどうかの話?」


 確かあの時、五年はここに居なければいけないと話していた気がする。
 疑問形で聞くと、緑間は「ああ」と肯定を返した。高尾がこちらに来たのは十五歳になったその時きっちり――というわけでもないのだが、五年後とは二十歳になる時。つまり今年だ。


「そっか。あれから五年になるんだな」

「どうするかは決めたのか」


 正直あまり考えてなかったんだよね、なんて言ったら「自分のことだろう」と呆れられた。まあ、本当のところは考えていなかったわけではない。先輩――オレがここに来る時にも面倒を見てくれたその人にも言われていたし。考えていたけれど、明確な答えを出せていないというのが正しい。


「それが気になって来たの?」


 いつ帰ってくるかも分からないのに、部屋の前でその為だけにずっと待っていてくれたのか。おそらくそうなんだろうなと思いながらも尋ねると、翡翠が真剣な色をしているのに気が付いた。


「ここにいろ、高尾」


 戻るか戻らないか。悩んでいるというのならここに残れば良い。
 ……いや、ここにいて欲しい。それを話したくて緑間は今日、ここに来た。


「真ちゃん……?」

「お前がここで暮らしても良いと思えるなら、ここにいて欲しい」


 前にそんな話をしたから気になったのかと思った高尾だったが、そうではないのだとすぐに理解した。高尾にここに残って欲しいから、でもどうして緑間がそれを言いに来たのか。引き留めたいと思うくらいに自分のことを親しく思っていてくれたのか。高尾の頭の中で疑問が次々と浮かんでいく。

 だが緑間はそんな高尾に気付くことなく、一度息を吐いてからゆっくりと口を開く。


「一度しか言わないからよく聞け」


 昔、四年近く前のあの日。ここに残って欲しいのかと聞いた時は、まともな答えは聞けず仕舞いで終わったんだったか。あと四年はここに居るんだろうという話になって、その四年が過ぎた。
 あの時。はっきりと答えなかったのは、まだ伝えるには早いと思ったから。今でも早いとは思うのだが、それでも今伝えなければいけないから伝える。


「オレはお前が好きだ」