6.
「オレ達、別れよっか」
バスケをすることを一番に選んだ高校。そこで出会った相棒。初めは自分達が相棒と呼べるような関係になるなんてどちらも思っていなかった。それがいつしか相棒と呼べるような関係になり、そんな二人は秀徳バスケ部にとって重要なメンバーだった。
二人がお互いをそういう意味で意識するようになったのはいつだったのか。自分は相棒に友情以上の感情を持っていることに気付き、悩み、隠そうとしたけれど溢れた感情は相手に届き。誰にもバレないようにひっそりと付き合いを始めた。
「…………理由は何だ」
「やっぱり、男同士で付き合ってるなんて変だろ? こんなことが許されるのはここまでだ。春からはオレ達も大学生になるんだしさ」
丁度良いだろ、と言われても何がどう丁度良いのかと聞き返したかった。
確かに世間一般的に考えれば自分達のような関係はイレギュラーだろう。そんなことは付き合う前から分かっていたはずだ。それを覚悟した上で付き合うことを選んだのだろう。一歩間違えば、あの時までに築き上げてきた自分達の関係すら壊しかねなかったというのに。
好きすぎて辛くて、だから伝えたけれどこれまでの関係が壊れるのも怖くて。逃げ道を用意していた。冗談で逃げられると、そんな目で言っておきながら思っていたのか。目は口ほどに物を言うとはよくいったものだ。
「高校生なら許されて、大学生だと許されないのか」
「そりゃ、大学生になれば成人するだろ。もう子供じゃなくなるんだし許されねぇよ」
「大人でも子供でも関係ないだろう。お前の言い分だと、今のオレ達なら公共の場でもそういうことをして許されることになるぞ」
「それとこれとはまた別の話でしょ」
どこが別の話だ。自分で言っていることが矛盾していることくらい気付かないほど馬鹿ではないだろう。分かっていてそれらしい言葉を並べている。それしか方法が分からなかったから。
このまま付き合っていても世間の目は冷たい。普通に外を歩けないような関係を続けるよりもここで終わりにして、新生活が始まるのと同時にまた新しく始めよう。大学生になれば出会いがあり、そこで理解し合える彼女と出会って結婚して。家庭を持ったら子供が生まれて、親に孫の顔を見せて。当たり前の幸せを手に入れて過ごすことの方が正しいだろう。
「だから、終わりにしよう」
終わらせるべきなんだ。好きでいてはいけない。この関係を続けてはいけない。コイツの人生を奪うような真似、出来る訳がない。普通の幸せの中で生きるべきなんだ。
目は口ほどに物を言う。それを指摘したことはなかっただろうか。何度かはあったと思うが自覚がないのか、それとも隠せていると思っているのか。なにより、なぜ言っている本人が苦しそうにしているのか。その答えは色素の薄い彼の双眸を見て理解してしまったけれど。
「……それで、これからは高校時代の友達として付き合っていくのか」
「真ちゃんがまだ友達でいてくれるなら、都合が良いかもしれないけどまた普通の友達に戻りたい」
嘘と本音が入り混じる。世間体なんて今更――違う、今だからこそ気にしたのだ。高校を卒業するという節目、今ならまだ正しい道に戻ることが出来る。普通の幸せを選べる。
当たり前のような幸せが自分達にとっての幸せとは限らない。自分達にとっての幸せは何だったのか、忘れている訳ではないだろう。それでも、同性である以上はどうしたって考えてしまうことであるのもまた事実。世間は普通であるべきだというだろうし、そうあるべきだと彼が思うようになったのなら無理強いは出来ない。本当は別れたくないんだろう、とは言えなかった。
「分かった。お前がそこまで言うなら別れよう」
「ありがとう、真ちゃん。ごめんな」
「謝るな。友達に戻るだけだろう」
「うん、ごめん」
隠す気があるのかないのか。きっとあるのだろう。色々と考えて悩んで、その上で出した結論だということは分かっている。自分の気持ちよりも世間を、人のことを気にしたのだろう。馬鹿だとは思ったが、今の高尾を見たら受け入れる以外にしてやれることが思い浮かばなかった。
友達に戻れたらとは思ったけれど、自分で振っておきながらそれは都合が良すぎると思った。けれど緑間の方がそれを許してくれた。本当は別れたいなんて思っていないし、緑間が納得した訳ではないことも分かっていた。だけど緑間は優しいから、それらしいことばかりを並べた別れ話を受け入れてくれた。
卒業と同時に別れて友達に戻ったものの緑間は高尾を、高尾は緑間のことが好きだった。忘れようと思って忘れられるものではない。それどころかこの気持ちは一生忘れられないんだろうと二人共が思っていた。それでも会った時は普通に友達として振る舞い、友達としての付き合いをした。時折気付いた熱は全部気付かない振りをして、これが正しいんだと言い聞かせて。
しかしその反面、本当にこれで良いのかという疑問も消えていなかった。今は友達だけれど、それ以上の関係になることは不可能なのか。もうこの線は超えられないのか。大学に入ってからずっと、自分達の関係について考えていた。だって、好きだったんだ。忘れることも出来ないほどに。
(オレは、どうしてもお前を諦められなかった)
大学に入学してからの四年、自分に出来ることをやってきた。勉強は勿論、空いた時間はバイトに費やした。学生の本分は勉強であることは分かっていたが、それだけでは欲しい物を手に入れることが出来ないのもまた事実だった。
好きという気持ちは変わらない。それなら何をすれば良いのか。そう考えて大学生活を送った。この気持ちを伝えることは高尾を苦しめるだけだと分かっていたから胸の内に秘めて。それでも一度、伝えてみたけれどやはり彼を苦しめてしまった。しかし、諦められなかったから本当に最後だと決めてこの四年で出した答えを電話越しに告げた。
(もしかしたらお前を困らせるだけかもしれない。また苦しめるかもしれない。だが後悔はしたくなかったし、この先もお前と一緒に居たかった)
自分勝手と思われてもこれで最後だからと言い訳をして。四年間、まともに連絡も取らずに離れて過ごして改めて思ったんだ。やはり隣にはお前が居て欲しいのだと。
高校時代は近かったのかもしれない。だけどその距離が自分達には丁度良かった。それが二人の距離だったのだ。隣に居ることが当たり前で、彼が居ない日々は何か物足りなかった。何かなんていわなくても中身は分かりきっていた。
(何かが足りなかったけど、これで良いんだと言い聞かせて。でも考えるのはアイツのことばっかで)
離れてみて初めて分かる。その存在がどれだけ大きかったか。自分の中でも一番の存在だったことは分かっていたけれど、それがこれほどまでとは思わなかった。
いや、ある意味予想の範疇だ。忘れる為に告白を受け入れても続かない理由は明々白々。その度に思い知らされた。この選択は正しかったのか、正しかったはずなんだ。言い聞かせるようにしながらもいつだって考えるのは想い人のことばかりで。
(それらしいことを並べても、結局オレは真ちゃんが好きで一緒に居たかった)
好きだ、と伝えた。伝えるべきではないと思っていたけれど、好きすぎて溢れるほどの思いを留める術を知らなくて。高校生だったから許されたんだと思おうとした。
でも、無理だった。好きという気持ちは変わらないし、どんなに押し殺そうとしても何かきっかけがあればすぐにでも溢れてしまいそうなくらい好きなのはあの頃のまま。素直に、最初から素直になれていれば良かったんだ。そうすれば彼を傷つけずに済んだ。後悔しても遅いけれど、だからこそもう後悔はしたくない。
――好きなんだ。誰よりも。ただ一緒に居られればそれだけで。
もっと別の良い方法があったかもしれない。だけど自分達の関係や世間のこと、他にも様々なことを踏まえた上で出した答えだ。
とんだ親不孝者だが、この国で同性の恋愛が認められていないのは百も承知。名目上の友人ではなく、そこより一歩踏み出そうとしたら大きな行動を取らざる得なくなるのも必然。
親には申し訳ないと思っている。妹にも悪いと思った。せめてまともに話をしてから、と思ったところで話を聞いてもらえるのかも分からない。そういうものだ。実際にそうだったからこそ、他に道がなかったともいえる。どのみち家には戻ることはないだろう、そう思いながら夕焼けに染まった道を歩く。
話すべきか迷いながらも置手紙を書くだけに決めたこちらもリュックを背負って扉を閉める。親も妹も家に居ないことを確認して目的地へと向かう。もう後戻りは出来ない。後戻りなどするつもりは毛頭もないけれど。
向かう先はメールで示された場所。約束の時間まであと二時間。
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