10.



 最初のうちは教えることもあるだろうからという理由で一緒に組まされていた緑間と高尾。だが、一度手合わせをした時に相性が良さそうだと判断されて任務ではペアを組むことになった。
 それがやはりというか予想通りに上手くいき、もうお前等これからペアなと言いつけられたのがひと月前。いずれ部屋は空けるからという話はどこにいったのか未だに部屋も一緒に使っており、気が付けば常にペアにされているのが現状だった。


「なんかもう教えるとか関係ねーよな」


 今日もまた二人で見張り番をしながら高尾がぽつりと呟く。
 一ヶ月も経てば緑間だって船の構造から見張りなどの仕事も一通り覚える。もう二人で一緒にする必要はないのだが、なぜか今でも二人一緒に仕事を回されるのだ。本人達もそれを進言してみたのだが、どうせ何をするにしても一人ということは少ないのだから今更良いだろなんて言われた。何が良いのかは分からなかったが、買出しにしても何にしても単体行動が少ないのは事実であり、一緒に居て嫌という訳でもないからこうして二人で行動している。
 それでも時には一人で行動することはあるし、別の人とペアを組むことがある。ただ、それ以上にお互いと組むことが多いだけである。


「キャプテン達が二人でやれと言うのだから仕方ないだろ」

「それは分かってるけど、二人なんだからって余計な仕事まで押し付けられてる気がする」


 お前等二人なんだからすぐだろと言って雑用を頼まれたりすることが度々あるのだ。二人で組むのは構わないのだがそれは何か違う気がする。と、言ったところで気のせいだろと流されてしまうのがオチだが。
 それさえなければ不満なんて全然ないのになとぼやくとそれより仕事をしろと注意される。仕事といっても見張りだから特にやることもないだろうと返せば、それは仕事をしてから言えと言われる。その声がやけに真剣で高尾も視線を海に広げると、ああと納得した。


「これは一戦やりあう感じ?」

「ふざけていないで他の奴等に伝えてこい」

「分かってるよ。そっちは任せるぜ」


 遠くに見えたのは一隻の船。海軍ではなくあれは別の海賊船だろう。それを確認してからの行動はどちらももう手慣れたものだ。他のクルーやキャプテン達に連絡し、それから戦闘態勢を取る。
 この時、指揮を取るのはキャプテンや副キャプテンが中心となる。だが、いざ相手と剣を交えて直接戦う時にはもう一人司令塔が居る。


「ざっと見た感じ、数はウチのが少し多いくらいですかね。とりあえずオレが切り込みます」

「大丈夫か? 相手の実力も分からないのに」

「だから先制攻撃をするんじゃないっすか。オレなら大丈夫っすよ」

「それなら任せるが、無理なことはするなよ」


 もう一人の司令塔は「分かってますよ」と答えながら腰の剣を抜く。こういう状況になった時、大抵最初に切り込み担当になるのは高尾だ。クルーの中でも足が速いということ、それに自己流の剣術だから相手に読まれにくいということも相まって抜擢される。
 その高尾が戦場では司令塔としてクルーに指示を出す。キャプテン達も勿論指示は出すが、高尾は戦況を把握するのが得意なのだ。それを大坪達が知ったのは高尾と初めて戦場に立った時だった。おそらく反射で声に出たのだろう。戦闘の合間に時折高尾から的確な指示が飛んできた。それ以来、戦場で気が付いたことがあればお前も指示を出せと言われている。

 まるで上から物を見ているかのように戦況を把握する能力。
 お前には何が見えているんだと以前問うた時には、戦場ですけどとそれはなんとも言い難い答えを返された。本人にもよく分かってはいないらしいが、簡単に説明するなら俯瞰から戦場を見ることが出来るらしい。説明されてもいまいちピンとは来なかったが、高尾のその能力には結構助けられている。


「さてと、ひと暴れしますか」


 双方の船が近付いたところで一気に仕掛ける。奇襲に成功したところでキャプテンの掛け声と共に乗り込む。海の上があっという間に戦場に切り替わる瞬間だ。
 相手の実力はなかなかのものだった。こちらの方が押しているように見えるが、向こうも負けてはいない。歳はそう変わらないように見える。海賊なんてものが珍しくないような時代なのだからおかしなことではない。甲板で剣を交えながらお互いの司令塔があちこちへ支持を飛ばしている。


(これは思ったよりもやりそうだな)


 向こうの戦力を頭の中で計算する。総合力なら自分達の方が勝っていると思うのだが、相手に一人飛び抜けた剣士が居た。彼の持つ大きめな剣は攻撃を防御するのも簡単にはいかない。それと同等くらいの男がもう一人、こちらも大柄の男で相当な実力者に見える。これは案外厳しい戦いになるのかもしれない。
 それと、もう一人。剣術は大したことがなさそうだけれど何か違和感を覚える。この違和感は何なのか。その答えは戦いの中ですぐに理解した。


「ッ!?」

「そういうことね。けど、簡単にはやらせねーよ?」


 一対一の時は周りなんて気にせずに目の前の戦いと思ったままに戦う。だが、こういった場では全体の様子を見ながら戦うことが多い。それもこの能力があるからだが、こんな相手と出会ったのは初めてだ。
 沢山の人が剣をぶつけ合っている中で誰にも気付かれないように移動をして相手を狙うなんて芸当、誰にでも出来るようなことではない。高尾とて俯瞰から戦場を把握していなければ気が付かなかっただろう。受け止められた剣に大きく目を見開いた相手に、向こうの仲間もこちらの仲間も驚いているようだ。こちらはどこから現れたんだという意味の驚き、向こうは今までコイツの変則的なスタイルで敵の意表を突いていたのだろうけれどそれを止められた驚きといったところだろうか。
 一度剣に力を込めてから反発するように同時に飛び退く。一定の距離を保ち、真っ直ぐに相手の姿を視界に捉える。


「まさか止められるとは思いませんでした」

「オレもまさかあんな攻撃を仕掛けて来るなんて思わなかったぜ」


 睨み合ったまま数回言葉をかわす。さて、これはどうしたものだろうか。こんな戦い方は初めて見るが、彼を止めるとすれば高尾が相手をするしかないだろう。
 だが、そう考えていたところに「黒子!」と名前を呼びながら大剣を持った男が彼のすぐ横にやって来た。仲間のピンチにすぐ駆けつけたようだ。さっきまで彼が居た場所は仲間が頑張っているようだ。連携も良さそうだ、なんて客観的に考えつつ目の前の二人をどうするかを考える。一人相手ならまだしもこれは流石に厳しい気がする。けれど戦いに考えている暇などない。
 自分の中にある戦術を引き出して剣を構える。なるようになるだろう。そう考えて動こうとしたところ、急に名前を呼ばれて足を止める。


「緑間!? お前向こうでやりあってたんじゃねーのかよ」

「その相手がこっちに来たのだからおかしなことはないだろう」

「あー……そういえばそうだったな」


 少し前までの戦況を思い出して、それならおかしくもないのかという結論に辿り着く。向こうのフォローも上手くやっているようだし、どのみち一人では厳しそうだったのだからこれはこれで良いことにする。一人では無理でも二人でなら抑えられる。
 そう考えたのだが。


「緑間君……?」


 いざ戦いを再開させようとしたところで先程黒子と呼ばれていた男が緑間の名を口にした。それに反応してそちらを見た緑間は、こちらもまた「黒子か……!?」と相手の名前を呼んだ。
 状況からして二人は知り合い、ということなんだろうか。高尾と黒子の隣に居る男はいまいち状況が飲み込めずに二人を交互に見る。


「どうしてお前がこんなところに居るのだよ」

「それはこちらの台詞です。緑間君こそこんなところで何してるんですか」


 質問に質問で返す。先に聞いたのはこちらなのだから質問に答えろと言い出した緑間にとりあえず落ち着けと声を掛ける。向こうも知り合いなのかと黒子と呼ばれた青年に尋ねているようだ。
 これはどうするべきなのだろうか。周りでは剣と剣のぶつかる音があちこちから聞こえてくる。最早ここは戦うような雰囲気ではなくなってしまっているのだが、話の展開が分からないのでは仲間への指示も出しようがない。いくら知り合いだとしても敵かどうかまでは分からない。今のところは敵という認識なのだが。


「ボクは火神君やみんなとこの船に居るからここにいるのですが、その前に他のみんなを止めませんか。ボク達が争う理由はないと思います」

「どうしてそう言い切れる」

「では聞きますが、ここでボク達が争って何か得るものはありますか? 少なくともボク達は緑間君達から何かを取ろうとは思っていません」

「口挟んで悪いけど、つまり敵意はないってこと?」

「そうなりますね」


 敵船が見えれば戦闘態勢を取るものでしょう。そう話した黒子の言葉の意味は理解出来る。それはこちらとて同じだからだ。これは本当に敵意はないとみて良いかもしれない。油断は禁物だが、少なくともこの二人に戦う意思はなさそうだ。
 念の為に黒子の隣に立っている男にもそれで良いのかと尋ねる。その男は、よく分からないけど戦う必要がないならそれで良いんじゃないかという意見らしい。これは終わりで良さそうだなと判断して一応緑間にも確認したが、それで良いと返ってきたのでキャプテンにそれを伝えに行く。向こうも同じくキャプテンに話をしたようで、争う必要がなくなったらしいこの戦いは自然と収束へと向かった。