11.
不思議な形で戦いが終了すると、緑間と黒子は何やら二人で話をしているようだ。知り合いらしいから積もる話もあるのだろう。その間、他のメンバーも適当に雑談をしたりしながら過ごしていた。
「じゃあ同業者ってことか。ってか、最初から争う必要なかったみたいだな」
「だな。でも海で出会う海賊船なんて大概敵だからな。つい戦闘になっちまった」
「それはお互い様だろ。気にすることないって」
黒子の隣に居た男は火神大我というらしい。緑間達は二人で話をするのに別の場所へと行ってしまい、残された二人はどうしようかと思ったのだがせっかくだしと思って高尾の方から声を掛けた。お互い簡潔に自己紹介を済ませてからそのまま雑談中である。
どうやら火神も高尾と同い年らしい。緑間といい火神といい、どうして同い年なのにこんなに差があるのかと平均身長はある高尾は溜め息を零す。緑間が同い年だと知った時は驚いたものだ。外見から年上だとばかり思っていた。見た目で年齢は分からないものである。
「それにしても、よくそんな大剣振り回せるな」
「そうか? 慣れれば使いやすいモンだぜ」
いや、慣れればとかそういう問題ではないだろうと高尾は思う。
確かに慣れれば使いやすくはなるだろうがその体格あってこそ使える武器だ。高尾にはどうやったって扱うことは出来ないだろう。仮に扱えたとしても、大剣を使うとなれば今の戦い方を根本的な部分から変えなければならない。結局高尾には今の剣と戦い方が合っているのだ。
「オレはお前が黒子に気付いたことに驚いたぜ」
「そう? まぁ人より目は良いかな」
ただでさえ影が薄い彼に違和感はあった。それがまさかあんな戦闘スタイルを持っているとは予想外すぎる。あんな戦い方もあるのかと驚かされた。それでも高尾は自身の目のお蔭で対応出来たが、この目がなければかなり苦戦を強いられるような相手だろうなとは思う。実際、それで多くの敵を翻弄してきたのではないだろうか。
あれも一種の戦い方かと己の辞書に書き加えておく。とはいえ、こんな戦い方は黒子以外に使えるとも思わないけれど。その黒子はといえば、今頃緑間と話をしている最中だろう。
「火神はアイツ等がどういう関係なのか知ってる?」
「さあな。あんま昔の話とかしねぇし」
「それもそうだよな」
何かきっかけがあって話を聞くことがあるなら別だろうが、わざわざ昔のことを追求しようとは思わない。昔がどうであれ、今をこうしてやっているのならそれで良いのだ。
その頃。
緑間と黒子の二人は他の仲間達と離れ、静かな船内の一室に居た。
「お前が居なくなってみんな心配していたのだよ」
「すみません。でも、ボクはもう戻るつもりはありません」
あの場所に帰る気はない。黒子ははっきりと告げる。それよりも緑間がどうしてこんなところに居るのか、と黒子はまだ答えて貰っていなかった問いを投げかける。
緑間がここに居るのは高尾達と一緒に居るからだ。黒子と同じ、彼等と居ることを選んだからこの場に居る。それ以上の理由は答えなかった。だが、黒子もそれで十分だったのだろう。そうですか、と頷いた。
「でも驚きました。緑間君があそこを離れるなんて思わなかったです」
「オレには未練も何もない場所だからな。留まる理由はないのだよ」
二人が話しているのは、かつて共に居たその場所のことだ。そこで知り合った二人だが、かれこれ一年以上は会っていないだろう。突然姿を消した黒子には緑間を含めた友人達が心配したのだが、まさか海賊と共に海に出ていたとは予想外だ。
当時、仲間達は必死になって黒子のことを探したのだ。近くの町から山に海も徹底的に探したのだが、結局見つけられなかった。おそらく仲間達は今での黒子のことを探しているのだろう。誰にも何も告げず、そっと姿を消してしまった彼を。
「黒子、どうして何も言わずに姿を消した」
ずっと気になっていた。黒子が居なくなった理由。
だが尋ねようにも本人が見つからずに聞くことが出来なかった。
何で、理由が分からないと言った仲間が居た。
そのうち帰ってくるかもしれない、と楽観的な意見を出す仲間も居た。
結局黒子も見つからず理由も分からないまま、だけどいつまでも黒子のことばかりという訳にもいかないと捜索は打ち切られた。今更緑間は黒子をどうこうするつもりはないが、それだけは聞いておきたかった。
「みんなと過ごす毎日は楽しかったです。けど、何かが違う気がしました」
初めからそう思っていた訳ではない。だけど、ある時から違和感を覚えるようになったのだ。
これで本当に良いのか。正しいと思ってやっていたけれどこれは本当に正解なのだろうか。考えていくうちにどんどん分からなくなっていった。そして、やっぱり間違っているのではないかという結論に至った。それと同時に黒子はあの場所を離れる決心をしたのだ。
それから出会ったのが火神達だった。緑間達の前から居なくなった後からずっと、黒子は火神達と旅をしている。そんな彼等も高尾達と同じ、義賊だった。今はここがボクの居場所だと、黒子はそう話した。
「緑間君はどうしてですか」
「さっきも言っただろう。オレにはあの場所に留まる理由がない」
丁度良い機会だったのだ。高尾に一緒に来ないかと誘われたのは。
あそこに居たところで決められたことを繰り返すだけ、そんな場所に戻る必要があるのか分からなくなった。緑間にとって、あの場所は守る為に必要だっただけの場所だった。守る必要がなくなった今、戻る必要もなくなったのだ。だから戻ることを止めた。
後は、緑間も黒子と同じ気持ちを抱いていた。黒子のそれとは少し違うけれど意味合い的には同じようなものだ。簡単に答えた緑間に黒子は驚きながらも抜け出した者同士、納得は出来た。
「でもやっぱり意外ですね。緑間君らしいとも思いますが」
「どういう意味だ」
「悪い意味ではないので気にしないでください」
そう言われても気になるのだが、深い意味はありませんとしか答えて貰えそうになかった。やはりお前のことは苦手だ、といつかと同じ台詞を口にするとボクもですとこちらも同じ台詞を口にした。それでも嫌っている訳ではないし、こうして話をするくらいの仲ではある。ただ馬が合わないのだ。
そろそろみんなの所へ戻ろうとどちらともなく切り出すと二人は甲板に出た。すっかり打ち解けたらしい仲間達の様子を眺めていると、こちらに気付いたらしい二人が声を掛ける。
「話しは終わったのか」
「まだ時間はあるけどもう良いの?」
今の仲間が呼ぶ。二人にとってあの場所は過去で、この場所こそが今の居場所。あの日々の中にも楽しい思い出は沢山ある。でも、今はこの人達と一緒に行くと各々が選んだのだ。
もう話は終えたとだけ答えれば、久し振りに会ったならもっとゆっくり話しても良いのになんて隣の黒髪は笑う。黒子の方も急ぎの旅でもないけど良いのかと聞かれていることだろう。そんな親しい間柄でもないので、なんて言ったならどんな反応をされるだろうか。相手に苦手意識があるのだから嘘ではないだろう。いや、でも長い時間を共にしていたのだから苦手な相手とはいえそれなりに親しい間柄ではあるかもしれない。
「せいぜいアイツには気を付けておけ」
「はい。ですが、それは緑間君もだと思いますよ」
「分かっているのだよ」
別れ際、緑間と黒子は小声でそんな話をした。周りには聞かれないように。そして、お元気でと典型的な挨拶をかわして別れたのだった。
「あのさ、緑間」
「何だ」
自分達の船に戻り、見張りの仕事を再開しているといつものように高尾が話しかける。本当、たかが見張りにどうして二人も居るのだろうか。一人だと暇すぎるから良いけど、なんて思いながら。
「今度ちょっと付き合ってくれない?」
今度、といってもまだ先の話だけど。
いつもの雑談ではなくこんなことを言い出すなんて珍しい。どこに、何に付き合って欲しいのかは言わなかったが緑間は二つ返事で頷いた。その頼みを断る理由はなかったから、という単純な理由だったが高尾にはそれで十分だった。
じゃあその時はよろしくなと言われ、その次の言葉からはまたいつもの雑談が始まる。他愛のない話をしながら見張り番をし、一時間もすれば夕飯だからさっさとしろだなんて怒鳴られるのだろう。それもいつものことである。夕食はみんなでテーブルを囲いながら済ませ、部屋に戻ったらベッドのことで揉めることもなく就寝するのだ。
そうして一日が終われば、また明日も新しい一日が始まる。
おはようという挨拶から始まる、そんな一日が。
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