9.



 目的がない訳ではないがこれといった目的地はない。
 そんな海賊が次のどこを目指すかというのは全て航海士に委ねられている。噂を聞きつけてある町に向かったり、食材が少なくなってきたからと近くの町に寄ったり。クルー達の意見も聞きながらも基本的に航路は一人で自由に決めているといっても過言ではない。


「宮地、今大丈夫か?」

「ん? ああ。平気だけどどうしたんだよ」


 何やら考え込んでいるキャプテンをまずはソファに座らせて自分も向かい側に腰を下ろす。海軍や他の海賊船にでも遭遇しそうものなら見張りの奴等が報告に来るだろう。だからまずそれはないと頭から消す。クルー達が何か揉めた、とすれば船内が静かなのはおかしいからこれもナシ。前の港町で何か買い忘れた相談という風でもなさそうだ。
 幾つか考えてみたがこれはさっさと聞いた方が早そうだ。大坪も話をするつもりでここに来たのだろうから聞いても問題ないだろう。そう判断して何かあったのかと直球で質問を投げかけた。すぐに話さなかったのは考え込んでいたからで、急な用でもなさそうだからその辺は心配しなくても良さそうだなと思っていると大坪はゆっくり顔を上げた。


「大した話じゃないんだが良いか」

「良くなかったらどうすんだよ。良いからさっさと話せって」

「ちょっとした疑問なんだが、自己流の剣技も似るものなんだろうか」


 は?と聞き返してしまった宮地は悪くないだろう。誰だっていきなりこんなことを言われて分かる訳がない。何言ってるんだコイツ、と思いながらもどういうことだよと視線で訴える。せめて分かるように話してくれと。
 その視線で言葉が足りなかったと気付いた大坪はいやなと言いながら、今度はちゃんと分かるように説明する。


「さっき高尾と緑間が一度手合わせをしたんだ。どうやら緑間も自己流らしいんだが、なんとなくアイツ等の動きが似ている気がしてな」


 そういうことかと漸く宮地は話の内容を飲み込む。けどアイツ等は今見張り番じゃなかったかとは思ったが、大坪が見ていたということはちゃんと許可を取ってからやったのだろうと判断する。
 緑間の剣術は見たことも聞いたこともなかったが、話からして自己流なのは分かった。高尾が自己流であることは宮地もとっくに知っている。そんな奴等が一つ剣を交えたなら少し見てみたかった気もするが、今は大坪の問いに答えてやるべきだろう。とはいえ、宮地も大坪と同じく剣を教わった身だ。自己流で剣術を身に付けた奴等のことは正直あまり分からない。


「オレに聞かれても何とも言えねぇな。自分なりに覚えたんだから違う気もするけど、似たような考えだってあるんじゃねぇの?」


 そもそも剣術というのは剣という武器を使って戦う武術だ。この世界に流派は多く存在するだろうが、同じ武器を使っているのだから基本はどの流派でも似たようなものである。戦い方は幾通りもあるとはいえ、対人戦での動きはある程度決まっている。自己流といえど同じような動きをする人物がゼロである可能性はないに等しい。全く同じというのはないだろうが似ている程度ならあってもおかしくはないと宮地は思う。
 だが、それはあくまでも剣を教わった者としての考え方だ。師を持たずに自己流で戦ってきた人達に意見を仰げば違った回答が得られるかもしれない。それこそ、当人達にでも聞くのが一番早そうだ。


「そういうものか」

「いや知らねぇけど。そんなに似てんのか?」

「そうだな。オレがたまたまそう感じただけかもしれんが」


 大坪から見てそう見えたのなら似ているんだろうなとは思う。大坪の実力は宮地も十分知っているのだ。そんな彼の目で見てそうなら宮地自身が見るまでもないだろう。それほどまでに似ているのなら、それはそれでどんな戦い方をするのか気になるところではあるけれど。
 というか、ここまできたらやはり本人達に聞くのが一番だろう。あの二人は自己流なのだし、戦った本人達なら似ているかどうかも気が付いている筈だ。


「……で、結局お前等って似てんの?」


 夕飯時。宮地は昼間大坪に聞かれたことを本人達に直接尋ねた。いきなり自分達の剣術について聞かれて二人はきょとんとする。どうしてそんな話になっているのかと。だが、聞かれたからには答えておくべきだろう。


「んーどうなんすかね。戦ってる時ってあまりそういうこと気にしないし」

「あーそうか。お前に聞くのが間違いだったわ」

「ヒドッ! 反射で動いてるから気にしてないっつーか、それオレだけじゃないでしょ!?」


 高尾の言い分は分からなくもない。戦っている最中に相手がどのような戦い方をしているかなんてじっくり考察をしている暇はない。戦いながら相手の太刀筋はなかなかのものであると感じたりはするだろうがその程度だ。少なくともお互いの実力くらいは戦っていれば見えてくる。
 それは高尾とて同じだが、相手の動きがどうと考えるよりも次を予想してどう動くかを考える方に重点が置かれているのだ。基礎を全く知らなかった時はそれこそ実力差は感じても、それ以外の知識がないからどう動いたら良いのかと考えることしかしてこなかった。今でこそ基礎が頭に入っているからこの場合はと考えるようになったのだ。それでも反射や勘を頼りにしているのは変わらない。常にそうして戦ってきたものを今更変えられないのだ。


「緑間だってそうだろ? セオリーとか知らねーもん」

「分からなくはない。基本は知識として知っているだけだからな」


 教えてもらったお蔭でそういう基本があるという知識を持っている程度。戦いのパターンとして辞書に書き加えられている基本は、戦いの中で覚えていった戦術と同じように記憶に蓄積されている。その中から状況によってどう動くかを判断するのだ。セオリーも何も知らない状態で剣を持った二人には、その辺りの感覚が他とは違うのだろう。
 そんな話を聞いていると、自己流でやっている連中はみんなこんな考え方をしているのかと思ってくる。そこはやはり人それぞれなのだろうが、話を聞いても分からないと思うことは少なくない。


「つまり自分達でも似ているとか分からない、というよりはそんなこと気にしないで戦ってたのか」

「そういうことになりますね。あ、でも戦いやすかったっすよ」


 戦いやすいというのは、文字通りに受け取れば相性が良いということだろう。誰にだって相性くらいある。合わない場合はとことん合わないが、合う時はそれなりに戦いやすくもなる。高尾からして緑間は相性が良い相手、ということなのだろう。
 それならば緑間の方はどうなのか。尋ねてみれば答えは変わらなかった。つまり、緑間にとっても高尾は戦いやすい相手のようだ。どちらも戦いやすいとなれば、それはそれで相手にするのは大変だが二人の場合は味方なのだからその辺の心配はないだろう。むしろ、味方同士で相性が良いということは戦いやすくなるということでもある。尤も、実戦で試してみないことには分からないけれど。


「良かったな高尾。漸く組める奴が見つかって」

「つまりこれからペア組む時は緑間とですか? でも先輩達とだって上手くやってたと思うんすけど」

「お前にも背中は預けられるけど大坪や木村の方が付き合い長いしな。それとお前の戦い方見てて怖いんだよ」

「え? 何でっすか?」

「あー確かにな」


 頷いている先輩達に高尾は疑問符でいっぱいだ。付き合いが長ければ相手の癖も分かっていて戦いやすいというのは分かるが、見ていて怖いと言われるような戦い方をしているつもりはない。
 だが、宮地達からすれば小柄な高尾に戦場をあちこち動き回られた上に無茶な戦い方をされては怖いと言うなという方が難しい。別に高尾も小柄ではなくむしろ一般的な平均以上ではあるのだが、この船のクルーの中では小柄なのだ。無茶な戦い方というのも高尾からすれば無茶でもないのだが、傍から見ているとそこで突っ込むなという行動が多い。それが高尾の戦い方なのだから仕方ないのだが、結論を言うと見ていて怖いのだ。高尾の実力は知っているし仲間として信頼しているからこそ背中は預けられるけれども。

 好き放題に言われて、でもそういう戦い方なんですとしか高尾には言いようがない。そういえば戦った後であそこは突っ込まないで一度距離を置けと注意されたこともあったっけと思い出す。宮地達の常識が高尾に通用しないお蔭で時々そういう話になるのだ。


「それはオレと組んだところで変わるんですか」

「戦い方自体は変わらねぇだろ。でも相性良さそうだし大丈夫じゃね」

「……そういうものですか」

「緑間、先輩達はこう言うけどそんなことねーからな?」


 本当にそうなのかと疑いの眼差しを向ける緑間に、先輩達のせいで誤解されたじゃないですかと高尾が騒ぐ。それを五月蝿いと一刀両断すると騒いでないで飯を食べろと言われてしまう。元はといえば、とは思ったけれど声には出さなかった。口にしたなら今度は言葉だけでなく手も出そうだと判断したのは強ち間違っていない。

 その後はいつも通り、他愛のない話をしながら食事の時間を過ごしたのだった。