15.
「ほら、早く行こうぜ!」
バンバンと花火が打ち上がる。今日は町全体が一丸となった祭りが開催されている。あちらこちらから「いらっしゃい」「ちょっと見て行ってよ」「ウチの味は世界一だぜ」と客寄せの声が飛び交う。ここの住人だけでなく沢山の観光客で町はかなり賑やかだ。
「あまり動き回るな。迷子になっても知らないからな」
「迷子ってオレ子供じゃねーよ! でも緑間の身長ならどこに居ても分かりそうだな」
「人を目印代わりにするな」
だが実際、これだけの人が居ても百九十もある緑間は頭が抜きんでていて分かりやすい。高尾も世間一般的には高い方に部類される身長なので周りより頭一つ分くらいは大きい。仮にはぐれたとしてもすぐに相手を見つけられるだろう。緑間からは少し苦労するかもしれないが、高尾の方はぐるりと周りを見れば分かるのだから簡単だ。
さて、今二人がどこに居るのかというと、以前高尾が行ってみたいと宮地に頼み込んでいたお祭り会場そのものに居る。
島を出発する日。ここから南に行って少し祭りを見る程度なら良いだろうと話したところで宮地サン大好き! と言って飛びついた高尾をウゼェから離れろとあしらった。相変わらずの二人に仲が良いなと零せば「別に良くない」という意見と「良くないんですか?」と疑問を上げる声と。そんな高尾の様子にもう行くの止めるぞと言えばすぐに謝罪されたという、まぁよくある光景が広がっていた。
「あれ? そういえば緑間はお祭り来たことあんの?」
「初めてたが、特に行きたいと思ったことがないのだよ」
お祭りの話をしていた時には聞いていなかったと思い出して尋ねる。答えはノーらしい。とはいえ、人混みが苦手だというだけあって行ったことがなかろうと行きたいと思ったことはないようだ。高尾がお祭りに行きたかった理由は行ったことがないからであり、おもしろそうだから。見事に正反対である。
では、どうして緑間は高尾と一緒にお祭りに来ているのか。理由は至極単純。この町についてお祭りに行って良いと言われた瞬間、高尾が緑間を引っ張り出したから。なぜオレまで行くことになっているのだよと問うと、せっかくなんだからと拒否権もなく連れ出された。
ちなみに他のクルーはどうしているかといえば、買出しなどに出掛けている。みんなで行った方が楽しいんじゃないかという話にもなったが、町に着いたのだから遊ぶだけではなくやることもやらなければならない。その辺のことは自分達でやっておくから二人はお祭りを楽しんで来いと送り出されたのだった。
「じゃあ緑間も初めてなんだな。何から見る?」
「お前の好きなところに行けば良いのだよ」
「うーん、でもそれだとお前がつまらなくねぇ?」
「見たいものもないからな。それならお前が楽しめるように回った方が良い」
ここまで来たのだからお祭りには付き合う。だが、緑間はこれといって興味のあるものはない。それならば、見たいものが色々とあるであろう高尾の好きにした方が良いと思うのだ。その方が高尾も楽しめるだろうし、緑間も高尾が楽しんでいるのならそれで良い。
本当にそれで良いのかという疑問はあるけれど、見たい場所もないというのも嘘ではないのだろう。少し気掛かりではあるけれど、そう言っているのだから素直にそうさせて貰うことにする。
「もし一つ願いが叶うとしたら、緑間は何をお願いする?」
片っ端から出店を見て歩き、一通り見終わったところで見つけたのが各々の願い事を書く場所だった。子供らしい字で『ボールが欲しい』『早く大きくなりたい』と願いが書かれた紙が飾られている。そのすぐ横には、願い事を書こうと大きな文字が書かれたスペースが用意されている。今も小さな女の子が何かを書いているようだ。
それを眺めながら、あの場には行かない代わりに直接質問する。年齢制限はないとはいえ、流石にあの中に入って願い事を書く気にはならない。だが緑間ならどんな願いを書くのかは気になった。
「そういうお前は何を願うんだ?」
「オレは……世界平和?」
なぜ疑問形なのか。なんとなくと答えている辺り、明らかに今思いついただけだろう。いや、世界が平和になればみんな何に怯えることなく生活出来るのだから良いことではある。願っていないということはない。
けれど、この場合の回答としては些かずれている。真面目に考えたのなら疑問形ではない願い事が出てくるだろう。ちゃんと答えろと視線を向けると「これからもみんなと一緒に居ることかな」と今度はまともな答えが返ってくる。
「先輩達や緑間と、この先もずっと一緒に居れたらそれだけで良い」
この幸せが続いてくれれば良い。それ以上のことは何も望まない。
……そういうことにしておいて欲しい。この願いだって偽りのない本心だけど、本当の願いは心の奥底にしまっておく。元気にしていてくれれば、それで十分だから。
「これがオレの願い事。それで、緑間の願いは?」
「そうだな。オレもお前と同じだ」
大切な仲間達と過ごす日々が続いてくれればそれで良い。この人達と一緒に居たいと、そう思うのだ。
他にも願いはあるけれどこれで良い。その方が自然だ。だからそれは胸の内にだけ秘めておく。伝えることなどないだろう。機会があれば打ち明けるかもしれないけれど、そんな機会はなければ良い。その時が来るとしたら、おそらくこの日常が崩れてしまう時だろうから。
「そっか。先輩達だったらどんな願い事するんだろうな」
「聞いてみれば良いんじゃないか」
「それもそうだな」
本当の願いは隠して、その次に願っていることを口にする。一番の願いを表に出すことはないのだろう。人に話すようなことでもない。自分の胸の内にだけに留めておけば良い願いだ。
もう一度、会いたいなんて。今更都合の良いことは言えない。何も守れなかったオレにそれを言う権利はない。でも、どこかで幸せに過ごしていてくれたら。
ただ笑ってくれさえいれば良い。こんな道を選んだオレにそう言う資格なんてないけれど。ただ幸せで居て欲しい。
今度はあっちの方に行ってみようという高尾の言葉で二人はこの地を後にした。お互い相手に心を悟られないように、いつも通りの会話を繰り広げる。
あれ食べたいと手を引かれて、食べ過ぎるのは良くないと注意をするものの大丈夫だなんて笑うから結局好きにさせてしまう。だが、今日くらいは大目に見てやっても良いだろう。せっかくのお祭りなのだ。楽しまなければ損である。
「いつまで見てて良いのかな。夕飯ぐらいまで?」
「早いに越したことはないだろう。宮地さんは乗り気ではなかったからな」
あまりにも高尾が行きたいと言っていたからこの町に来ることにしたけれど、その決断をするまでにもかなり悩んでいた。おそらく大丈夫だろうと思っても最悪の事態を考えると気は進まなかったのだろう。祭りでない日ならともかく、早く離れられるのならその方が良いくらいには思っているのではないだろうか。本人に聞いたなら、どうせここまで来たのなら十分楽しんでから戻って来れば良いと答えてくれるだろうけれども。
「じゃあそろそろ戻るか。沢山遊べたし」
「良いのか?」
「あんまり心配させるのも悪いだろ。なんだかんだでみんな優しいよな」
「そうだな。なら行くぞ」
「おう」
最後まで楽しみたいなという気持ちもあるけれど、宮地が自分達の為に心配してくれているというのも分かっている。もう目一杯楽しんだのだから十分だ。
同じ船の大切な仲間。
この関係のまま、ずっと隣に並んで居られたら良いのに。
そう、遠くに見えた一番星にそっと願った。
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