17.



「宮地さん、帝都へ行って貰えませんか」


 お前体は、と心配されたがもう大丈夫だと答えて尋ねる。まだ少し体が重いがこの程度ならば問題ない。後は時間でどうにかなるだろう。そんなことよりも今は優先させるべきことがある。


「帝都って……高尾のことが心配なのは分かるけど、自分のことも大事にしろよ」

「オレは大丈夫です」

「まだ万全じゃねーだろ。他にも手負いのヤツも居るんだからすぐには無理だ」


 それなら帝都まで連れて行ってください。そこからは一人で行きますからと言い出したのには、流石に宮地もふざけるなと声を荒げた。一人で行ってもしょうがないだろうと。焦る気持ちも分かるけれど、こんな状態で助けに行ったところで何も出来ずに終わるのは誰の目から見ても明らかだ。大体、そんな無謀な行動は認められない。
 帝都といえば海軍本部のある場所だ。緑間がそこに行きたい理由は高尾を助ける為。高尾を助けに行きたいと思っているのは緑間だけではない。この船のクルー全員が思っていることだ。けれど今はまだその時期じゃない。ちゃんと体勢を立て直してから行くべきだ。


「それに海軍本部だぞ。何の準備もなしに行けるような場所じゃねぇよ」


 下調べ、といっても大したことは出来ないだろうが情報がないよりはマシだ。まずは海軍本部の情報を集めるだけ集め、クルーの体調も整えてから潜入した方が良い。相手はあの海軍だ。念入りに準備をして損はない。むしろ念入りにしなければこちらがやられる。


「準備が出来れば、行っても良いんですね」

「そうだ。だからお前もちゃんと体を休めろよ。準備だって簡単には出来ねぇしな」


 先程から同じような会話の繰り返しになっている。宮地の言いたいことが分からない訳ではないだろう。助けたいのはみんな同じなのだから落ち着いて欲しい。
 分かりました、と。その答えにやっとかと思ったのだが、次に緑間の口から出てきたのは予想外の言葉だった。


「海軍の内部なら知っています。高尾がどこに居るのかも」


 後者は予想でしかないけれど、捕らえた人物がどこに居るかはある程度決まっている。最悪片っ端から潰していけば見つかる筈だ。
 だが、問題はそこではない。どうして緑間がそれを知っているのかだ。


「……お前、何でそんなことを知ってんだ」

「すみません。オレは元々軍の人間です」


 知っていて当然なんです、と緑間は話す。
 隠していたのは言える訳がなかったから。海賊と海軍といえば真っ反対の組織だ。ここで自分は海軍だなんて言える筈もない。海軍の人間だから、どこに何があるのかも全て把握している。わざわざ調べる必要などない。

 一方、宮地はいきなり軍の人間だと言われても状況が飲み込めない。本当に軍の人間なら、確かに自分達にそれは言えないだろう。
 けれど、正体を隠してまで一緒に居た理由は何だ。軍に情報を流していたと考えても、それにしては軍に会う確率は以前と変化がないのはおかしい。これだけ長く共に居て何もアクションを起こさない理由がない。こちらの情報を引き出すのが目的ならとっくに達成出来ている筈だ。


「オレのことは疑ってくれて構いません。アイツを助けたらオレは軍に戻ります。ですが、アイツを助けるのには協力してくれませんか」

「お前が軍の人間なら、どうして高尾を助ける」

「…………アイツは、オレにとって特別だからです」


 高尾は今が幸せだと言った。この人達と一緒に過ごして居る日々が大切だと話していた。
 それを壊したくない。もう辛い思いなどさせたくない。アイツは、高尾は一人で全て背負ってしまう。同じ思いを二度もさせたくないのだ。だから、何としてでも高尾は連れ戻す。軍がどうとか自分には関係ないから。大切な人を助ける為ならどんなことでもする。


「高尾を助けたらそのまま高尾を連れて逃げてください。退路はオレが作ります」


 信じてくれとは言わない。自分のことは信じなくて良いから、仲間として高尾を助けて欲しいのだ。
 どうしても信用出来ないというのなら助けるのは一人でどうにかするけれど、その後は高尾を一人にしないで欲しい。やっと、大切な人と一緒に居られるようになったのだから。高尾には、笑っていて欲しいと思うのだ。

 そんな緑間の言葉は嘘があるようには聞こえなかった。これまで一緒にやって来たのだ。緑間が嘘を吐いていないことなど分かっている。コイツは本当に高尾を助けたいのだろう。自分達のことを売るような真似もしていない。単純に考えれば分かることだ。
 だからさっきの、高尾を助けたら軍に戻るというのも本気なのだろう。海軍に乗り込むのだ。高尾を助ける為に自分は海軍に戻るということに違いない。これでもそれなりに旅を共にしているのだ。仲間のことを分からないようでは副キャプテンなんて務まらない。


「そうやって助けたとして、アイツは喜ばないんじゃねぇの」

「オレは海軍です。一緒に居る方が迷惑でしょう」


 迷惑なんて少なくとも宮地は思っていない。言いたいことは色々あるが、緑間が騙すつもりでここに居たのではないことは分かりきっている。何があったのかまでは聞かないが、大切な仲間であることには今も変わりない。緑間が海軍としてではなく、自分達の仲間としてこの場に居るのだから。
 出来るのならその仲間を売るようなことはしたくないが、緑間が海軍に乗り込むとなれば高尾を助けて終わりにはならないだろう。海軍に戻るというよりは、戻らざるを得ないのだ。それもただ戻るということにはならないのだろうが、この話をしている時点で二人一緒にこの船で旅をすることは出来ないのだろう。というよりは、緑間にそのつもりがないというべきか。


「緑間。本当にそれで良いのか?」


 聞いておいてなんだが、緑間がここでノーと答える訳がない。ここまで言っているのはそれだけの覚悟があるからだ。本当に高尾が大切なのだろう。
 後には戻れない、か。今出来ることをあれこれ考えてみたところでここまで来てしまったのならそれを選ぶしかない。はい、と答えた翠の瞳を真っ直ぐに見る。


「分かった。けどこれだけは言っとく。お前のことは信じてるから、くだらねぇこと考えんな」


 他に良い手段があるのならそちらを選びたい。だが、海軍だとバラした緑間はここに居るのも難しい。宮地は良いと思っているが、クルー全員が納得するかといえば正直五分五分だろう。大坪や木村なら説明をすれば分かってくれるだろうが海賊にとって海軍は敵だ。理解して貰えない可能性の方が高い。
 手段を選ばないということなのだろう。高尾を助ける為なら。
 宮地が了承したところで緑間は海軍本部の内部構造について説明をした。潜入方法から脱出方法、どういう手筈で行けば良いか。緻密な作戦を立てた緑間が海軍に詳しいというのはそれだけでも分かる。頭は切れるとは思っていたけれど、これは想像以上かもしれない。


「ずっと思ってたんだけどよ、お前って作戦立てたりすんの得意だろ」

「別に得意というほどではありません」

「ついでに聞くけど、他には何出来んの?」

「……海図は読めます。あとは怪我の手当ても多少ですが」


 色んなことを知っているから何か出来そうな気はしていたけれど、案外というよりはやはり色々出来るようだ。
 どうして言わなかったのかと問えば、言う必要もなかったからとのこと。まぁ聞いたりもしなかったし、緑間以外にその役を担える人が居たのだから名乗り出る必要もなかったのだろう。改めて聞くとこんなに出来たのかと驚きもしたけれど。言ってくれて良かったのだが、背景からして進んで言いたいことではなかったのだろう。


「お前、もしかしなくても軍のお偉いさんだろ」

「なりたくてなった訳ではないのだよ」


 勝手にあの男が決めただけだ。海軍に入ることも、その役職を与えたのも。好き好んで海軍に入ったりはしない、というのは口には出さないけれど。なぜ自分が海軍に居るのか、とはよく考えていた。考えたところでそれしか選択肢を与えられなかったからという答えしか出てこないが。
 一通り作戦を説明し終えたところで宮地に視線を向ける。船の方針を決めるのはこの人だ。とはいえ、これだけの作戦を立てられて訂正する部分も何もない。今の戦力でも十分戦える。ここで拒否する理由はない。


「これだけの戦力を軍にやるのなんて勿体ねぇな」


 本当に勿体ない。これで最後だなんて思いたくはないけれど、最後なんだろうなと思う。困らせるつもりはないからこれ以上は言わないが。こんな形で助けてもアイツは……いや、考えてはいけないのだろう。海軍の人間と海賊をやっている人間とでは生きる世界が違う。割り切らなくてはいけない。
 けど、この作戦が終わるまで。その時までは海賊同士、最後の任務に赴こう。それまでは真実も宮地の心の中だけ留めておく。全員が認められるようなことではない。チームワークを乱さない為にも、海賊の肩書を持っている間は仲間として隣に立つ。


「帝都に向かうぞ。他の奴等にも伝えておけ」

「分かりました」


 出来るのならそのまま、正面から向かい合うことなんてなければ良いと願って。
 船は帝都へと向けて出発するのだった。