19.
武器がなくても戦えないことはない。だが、この状況でそれはなかなか難しい。海軍に所属しているだけあって、どいつも基礎はしっかり出来ている。剣を奪おうにも楽にはいかない。まず何も持っていない状態で相手から剣を奪うのは無理だと考えた方が良さそうだ。
そうなるとやはり戦うのは宮地一人。この目のお蔭である程度の攻撃はどうにかなるが、それでも何もないというのは辛いものがある。どんなに見えていても避けられる数には限度がある。
(あ、かわしきれない……)
見えているからこそ、それもはっきり分かった。だが、襲ってくる筈の痛みが襲ってくることがなかった。こちらに気付いた宮地が高尾を庇うように間に飛び込んだから。咄嗟の行動で攻撃を剣で受け止めることは出来ず、その剣は宮地の腕に傷を負わせた。
「宮地さん!」
怪我をしたのが利き手だったのは失敗した。続けて仕掛けられる二太刀目は防げない。
このままではやられて終わりだ。自分を庇ったせいで宮地は戦えない。それなら自分が戦えば良いだけだ。
そう思うなり高尾は宮地の手から剣を奪うと二太刀目の攻撃を受け流した。そのまま相手に斬りかかろうとしたが、その前に目の前の男は倒れてしまった。
「緑間…………」
「高尾、宮地さんとここを出ろ。後はオレが片付ける」
「片付けるって、この人数相手に一人でか?」
それはいくらなんでも無茶だろう。という以前に海軍が海軍を倒して良いのかよとも思ったが、緑間にとっては今更気にすることでもないのかと自分で納得した。
だが、ここを出ろと言われても何も話を聞いていない高尾には次どうするのかが分からない。それにこれだけの数を相手にするという緑間を一人置いていく気にもならない。けれど緑間は早く行けと行動を促すのだ。
「行くぞ、高尾」
「行くってどこに――――」
宮地に尋ねようとしたことの答えは後方から聞こえてきた声で理解した。自分達の名を呼ぶその声はキャプテンのもの。
どこまで計画通りなんだよと思いつつ、一先ずそちらに向かって走る。途中、行かせまいと立ちはだかる人達は大半が緑間が相手をして道を開けてくれた。間に合わない分だけ高尾が相手をし、なんとか船まで辿り着く。
「キャプテン、宮地さんの手当てをお願いします」
「おい、高尾。ちょっと待て!」
怪我をしている宮地をキャプテンに任せ、言い終わるなり高尾はまた戦場へと戻る。止めようと声を上げたものの時既に遅し。
アイツは何を考えてるんだと舌打ちをし、けれども追い掛けようとした宮地を大坪は止めた。その怪我では行ってもどうすることも出来ないだろうと。このくらい平気だと言い返すが、碌に剣も持てない状態では行っても邪魔になるだけなのは明白だった。まずは怪我の手当てが先だと話しながら下で戦う仲間の姿を瞳に映す。
船まで戻ったというのにまた引き返した理由は一つ。いくら自分を助ける為とはいえ大人数の、しかも海軍の相手をたった一人でするという無茶を止めさせる為。同じ海軍だろうと敵対している今、自分達が逃げ出したところでこの争いは収束しないだろう。助けてもらっておいて何も返さないで逃げるなんて意に反する。
と、それらしい理由を並べてはみたが実際はやはりまだよく分からない。それでも、ここで逃げたら緑間はどうなるのか。少なくともこの場を片付けなければいけないということだけははっきりしていた。それならやることは一つ、さっさとこの戦いを終わらせるだけ。
「緑間、四時の方向に二人!」
聞きなれた指示に反射的に剣を振り切った。だが、なぜその指示が今ここに在るのか。理由など聞かずとも、すぐ後ろにやって来た相手を見れば分かるけれど。
「どうして戻ってきた。逃げろと言っただろう」
「お前一人だけ残して行けるかよ。次十時の方向」
こうも次々と攻撃をされると話をする暇もない。そもそも戦場にそんな時間などなくて当然だが。
仕方なく十時の方向の敵に剣を向けると、そのまま高尾は畳み掛けるように剣を振り下ろした。こんな状況でもこれまで共に戦ってきたコンビネーションは健在だ。指示をされなくても次にやろうとしていることが分かるからお互い何も言わずに攻撃に徹した。
「海軍の人間を助けてどうする」
「海軍でも海賊でも緑間は緑間だろ。だから、今はまずこの戦いを終わらせる」
「オレに話すことは何もないのだよ」
「お前になくてもオレにはあるんだよ!」
近場の敵を一掃して再び背を合わせる。これでひと段落といったところか。すぐにでも戦いは再開されるのだろうがこの時間を無駄には出来ない。
このまま高尾をこの場所に居させたらこれまでの作戦も意味がなくなってしまう。何の為に多くのリスクを背負ってまで急いで海軍本部まで乗り込んだのか。言わずもがな高尾を助ける為だ。
敵との間合い、船との距離。海賊と海軍、対立する組織。
それら全てをひっくるめて考える。この作戦を完遂させるにはどうすれば良いのか。いや、違う。どうすればこれ以上高尾を巻き込まずに済むのか、だ。
「話は宮地さんから聞け。お前はさっさと自分の居場所に戻れ」
「嫌だ。お前も一緒じゃないとお前から聞けないだろ」
「いい加減にしろ。この状況でこちらの勝ち目が薄いことくらい分かっているだろう」
それでも、二人でならなんとかなるかもしれない。諦める方が駄目だろうと高尾は言う。
けれど、それではここまで協力してくれた人達に申し訳ない。どのみちこれで最後というのなら、ある程度のことは許されるだろうか。いや、許されなくて良いから今はそちらを優先するべきか。どうせもう会うこともないのだ。会ったとしてもそれは敵同士だろう。
心の中ですまないと謝罪をしながら緑間はくるりと体を回転させるとその手を横に振るう。狙うのは足、理由は動きを止める為。どうしてそんなことをしたのかといえば、こうでもしなければ高尾はいつまでもこの場に留まるだろうから。
「ッ!? 緑間、何――――」
「オレのことを恨むなら好きにしろ。そんな相手に何を言われても聞く気にはならないかもしれないが、お前は大切な人達と出会えたんだ。その人達に待っている場所に戻れ」
そこがお前の居場所だ。だからその場所に帰れ。今の日常を壊さないように。手に入れたその日常が守られることを祈っている。それくらいしか高尾の為にしてやれないから、その出来ることだけはしっかりやり遂げる。
動けない高尾を抱きかかえると、下ろせと腕の中で騒ぐ高尾を無視して地面を蹴る。
「それとこれだけは言っておくが、もう一人で何かをしようとするな」
「別に一人で何かしたりなんてしてないだろ。あと下ろせってば」
「断る。お前のその言葉は説得力がないな。……だが、あの時はすまなかった」
あの時、というのが何を指しているのか分からずに高尾は首を傾げる。この前海軍と海の上でやりあった時のことを言っているのなら、緑間に責任など一つもない。あれは判断が遅れた自分の責任だ。
だが、説得力がないと言われるようなことをした覚えはない。緑間の前で一人で勝手な行動を取ったことがあっただろうか。先程のように勝手に突っ走ることがないとはいえないが、無茶をするなということか。本人に無茶をしているつもりはないけれど。
緑間は素早く船まで移動すると、甲板の上にそっと高尾を下ろした。
離れる直前、高尾にだけ聞こえるような声で告げられた先程の言葉の真意。考えてもよく分からなかった真意は、その言葉で全て理解してしまった。
「お前が負い目を感じることは何もない。お前は自分の好きなように生きて良いのだよ、和」
えっ……?
声に出たのはただそれだけだった。どうしてと思うよりも前に、霞がかった記憶が一気に晴れた。
そうか。そういうことだったんだ。
漸く気が付いた。傍に居ることが心地良かったのは、ただ久し振りだからという訳ではなかったらしい。名前も顔も覚えてはいなかったけれど、心のどこかでは覚えていたのかもしれない。
――なんて、今更気付いても遅かった。
もっと早くに気付いていれば良かったのに。後悔しても何もかもが手遅れだけれど、それでも手を伸ばさずにはいられなかった。
「真ちゃん、待って……!」
船を降りる緑間を追う。怪我をしているといっても片足だけ、傷もそれほど深くはない。本当に一時的に動きを止める為だけに付けられたのだろう。ちゃんと手当てをすれば傷なんて残らないくらいの傷。
けれど、緑間を追うことは出来なかった。仲間はそれを許してはくれなかった。
どうしていつも、気が付いた時には遅いのか。
なぜ、一番大切なモノはいつも手から零れ落ちてしまうのだろうか。
心にぽっかりと穴が開いたような気がした。
もう涙なんて流しきった筈だったのに、あの日の涙が溢れて止まらない。
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