21.



 どうやって緑間の元へ行くか。海軍に乗り込むのはそう簡単なことではない。
 だが、こちらは海軍本部の構造をほぼ全て把握しているのだ。どうしてかといえば、海軍である緑間が海軍に捕まった高尾を連れ戻す際に教えてくれたから。せっかくその情報があるならそれを使わない手はない。
 加えて、前回緑間が考えた作戦は海軍相手に有効だった。となれば、今回もそれと同じような考え方で良い筈だ。海軍相手に同じ手は二度も通用しないだろうが、下手にあれこれ考えるよりはそれを軸に考える方がきっと良い。丁度、そういった作戦を考える人材も揃っている。


『一番の問題は、アイツがどこに居るかだな』


 潜入方法を考えたところでそれが分からないとなると虱潰しに探すしかない。後は現地で聞き込みだろうか。ちょっと強硬手段になるかもしれないが手っ取り早いといえば手っ取り早い。
 今回の目的は緑間を連れ戻すことではなく、緑間から話を聞くこと。それだけの為にこんな危ないことをするのかと疑問に思う奴も居るかもしれないが、高尾からすれば“それだけ”の為ではないのだ。その為に会いたいと話していたのが事の始まりなのだから。

 海軍の兵士に話を聞くことに成功し、そこからはただ真っ直ぐにその場所を目指す。敵地の中での単独行動は危険だ。だが、逆にいえばそれだけ信頼しているということ。
 だって、自分達は仲間なのだ。仲間なんて単語だけやたら口にしても薄っぺらく聞こえるだろうが、彼等は自分のことを信じて好きにやらせてくれる大切な人達。家族みたいなものでもある。その感覚は、遠い昔の日々と同じ。身寄りのない子供達が集まって一緒に暮らし、みんな血は繋がっていないというのにそれは家族のようだった。


「仲間を助ける為に自分を犠牲にするな」


 本当にその通りだ。仮にそれで仲間が助かったとして、残された方はどうすれば良いのか。
 どうすることも出来ず、ただ信じてやることしか出来ない。きっとアイツは大丈夫だと。少なくとも幼い子供にはそれしかなかった。成長をすれば出来ることも増えるけれど、それは結果論だ。


「お前が言いたかったのはそういうことだろ、緑間」

「……こんなところに海賊が何をしに来たのだよ」


 兵士が吐いた緑間の居場所は、高尾がついこの間まで居たのと同じ場所だった。理由までは聞いていない。だが、海賊を逃がす為に海軍が海軍と対立したのだ。理由を想像することは難しくない。
 何をしに来たのか、助けるなどと言い出すのなら余計なお世話だと言われそうだ。海軍と海賊、自分達は関わり合うことのない人種なのだと。だが、高尾がここに来たのは助け出したい訳ではない。ただ、大切な友人と話がしたかった。ずっと出来なかった話を。


「ねぇ、真ちゃん。オレがしたこと、怒ってる?」


 もう十年も前のことだ。海軍が小さな山奥の村に訪れたのは。確か、海軍にも名の知れた海賊の一味がその村に身を隠しているという話だっただろうか。それとも、その海賊が見つけた宝が隠されているという話だったか。前者の方が正しそうだが生憎十年も前の記憶は曖昧だ。
 忘れられない。けれど、忘れなければやっていけない。そんな記憶。
 海軍がやって来た時、小さな子供達は自分の身を守ることに必死だった。どうして?軍だって何もしていない子供達に手なんか出したりしないだろう。そんな甘い考えは所詮幻想でしかなかった。


「………………」

「あの時、オレはそれが一番正しいと思った。でも、お前は海軍に居る。あの後何があったんだよ」


 国の組織は偉い?それはそうだろう。国が管理している組織なのだから。
 では、国の組織がすることは全て正しいのか。答えはノー。表面上は正しいことをしているだろう。だが、その裏では何をしているか分からない。そう思うようになったのはあの日の出来事があったから。

 罪のない子供。あの村で暮らしていたのは親の居ない身寄りのない子供だけだった。どうしてその村に子供達が集まったのかといえば、集まったというよりは集めたから。自分と同じ境遇で行き場を失った子供を見つけては、オレ達と一緒に行こうと手を差し伸べた。そう、宮地が高尾にやったのと同じことを高尾は行く先々でしてきた。
 高尾だけではない。緑間も、他の子供もそうだった。少年達は生きていく為に手を指し伸ばし、その手を掴んだ。あの場所は人が誰も住んでいない廃れた場所だったのを偶然見つけ、それ以来そこで暮らすようになっただけ。いつからか、自分達の故郷はここであるといえるくらいに親しみ深い場所になっていた。本当の故郷を覚えていないという理由もあったけれど、みんながみんなその場所を故郷と呼べる場所だと思っていた。


「海軍が正義ではない。お前はそう思わなかったのか?」


 国の権力で強行捜査を開始した軍の人々。どこの誰とも分からない子供達が例の海賊と関係がないとは言い切れない。もしかしたら何か知っていて隠しているかもしれない。そんなことを思ったのかもしれないし、そうではないかもしれない。海軍が何を考えていたのかなど自分達が知る訳がない。
 それでもただ一つ言えるのは、海軍連中が自分達を捕らえようとしていたということ。
 保護をしようとするような雰囲気ではなかった。あれは捕らえようとしていたと表現して間違いない。だから逃げた。大人と子供では逃げるのにも限界があるけれど、何もしていないのに捕まるなんて嫌だった。
 オレ達はただ仲間を、家族を守りたかった。


「お前が海軍だからって責める訳じゃない。でも、オレには分からないんだ。真ちゃんはオレと同じ考えだったから。理由もなく海軍に入るなんて考えられない」

「それは、お前の中のオレだろう。実際は違った、それだけだ」

「嘘。分かるんだぜ、それくらい。お互い隠し事は出来ないだろ?」


 なんとなく、分かってしまう。どうしてかなんて相手が分かりやすいからとしか言えないけれど。海賊として一緒に旅をしながらも嘘を吐かれては気付かない振りをしていた。そこまで踏み込んで良いのか分からなかったから。
 それでなぜお互い相手に気付かなかったのかというと不思議なものだが、当時のことは綺麗な思い出のまま記憶の奥底にしまいこんで前に進んでいたからではないだろうか。過去ばかり気にしても進めないから。忘れられないけれど、忘れて進まなければならないと思うようにしていたから。お互い名前も顔も覚えてないくらい、当時の記憶を仕舞い込んで生きてきた。


「答えろよ緑間。お前に、お前等に何があった」


 何が正しいのか分からない。守る為に正しいと思ったことをした。それで残された人たちが何を感じていたかなんて、当時は考えることが出来なかった。そんな風に助けられても嬉しくもないと気付いたのは、ついこの間同じように助けられたから。
 あの時、お前もこんな気持ちになったんだろうか。十年経ってから初めて知る。世の中にはまだ他にも自分の知らないことは沢山あるだろう。それを教えてくれるのは、いつだって身近に居る人達だ。


「どうしても答えたくないなら、今はこれ以上聞かない。けど、一つだけ教えて欲しい」


 無理強いしないのは、誰にだって答えたくないことくらいあるから。強引に聞き出す理由はない。それを聞きたかったけれど、話したくないのに聞き出すのは違う。そんなことをしたいんじゃない。
 何の為にここに居るのか。緑間と話がしたかったからであり、出来ることなら助け出したかったから。友として、仲間として、家族として。それらは全て当て嵌まるけれど少し違う。緑間は高尾にとって特別で。


「真ちゃんは今、幸せ?」