7.
部屋に戻ると「話は済んだのか?」と尋ねられた。もう終わったとだけ答えて高尾はとりあえずベッドに腰を掛けた。それから昨日は迷惑掛けてゴメンともう一度謝罪をした。そのことなら良いと話しながら緑間は高尾に視線を向ける。
「気分はどうだ?」
「もう大丈夫。ありがとな」
宮地には酔ったフリをしていただけだと話したが、緑間にはまだ何も言っていない。というより、緑間にはバラせない。酔っ払いの言ったことにして話を進めるのだ。だからここは酔っていたということにして突き通す。
ここまで連れてきてくれてありがとう、ベッド使っちゃってゴメンなと昨夜の話をすれば気にするなと一言返された。でも、と言いそうになるのを抑えてうんと一つ頷くと、高尾は先程宮地から聞いた話を緑間に振る。
「あのさ緑間。宮地サンから聞いたんだけど、この船に居てくれるってホント?」
「あぁ。急ぎの用事もないしな」
「本当に良いの? 帝都に行く予定だったんだろ?」
繰り返して尋ねると「しつこい」と一刀両断されてしまった。だけど、本当にそんな話になっているのが信じられなかったのだ。酔っ払いの戯言だと思わなかったのかと問えば、酔っていると人は本音を話すものだと予想の斜め上を行く返答を貰った。確かにそういう考え方もあるかもしれないけれど、全ての人に当て嵌まるとは限らないのではないだろうか。
それに、自分達はまだ会って数日程度の関係だ。仮に、高尾が酔って本音を話したとしてもそれを聞き入れる必要は緑間にはない。緑間にも緑間の予定があるのだから何を言っているんだと聞き流してくれても良かった筈だ。だけど、緑間はそれをしないどころか酔っ払いの言葉を真に受けてキャプテン達にも既に話をしていた。行動が早いというかなんというべきか。
「酔った勢いで言ってしまっただけでも構わない。オレがお前達と一緒に居たいと思ったのだからな」
「そう、なの?」
それは意外だ。緑間からそんな話は一言も聞いていない。高尾も心の中ではずっと思っていたけれど実際に口にしたのはあの酒場が初めてだ。もしかしたら緑間も同じように考えていたんだろうかと考えて、そんな都合の良いことはないかと否定した。
「でもオレ達海賊だから、そういうこととかもするんだけど」
「そういうことがどういうことを指しているかは分からんが、心配することはないのだよ」
「んー……けど盗みとかするし、海軍や他の海賊とやりあうこともあるし」
「承知の上だ。海賊だと聞いた時から分かっている」
何も知らずに話をしているのではないのだ。高尾達が海賊であること、義賊だということを知った上で昨夜大坪達にこの話をしたのだ。わざわざ言われるまでもなく、高尾の言ったようなことは想定済みである。それでもこの船に置いて欲しいと思ったからキャプテンに頼んだのである。
緑間の言うことは尤もだ。海賊だと知っているのだからそれらを承知していなければそんな発言はしないだろう。それを分かって言ったのだから余計な心配は不要ということだ。それでも本当に良いのと聞いたなら、逆にお前は嫌なのかと言われそうなものである。嫌なのではなく、そうしたいからこそ想像と違っていたなどということがないようにしつこく確認してしまっているだけなのだ。
「じゃあ、帝都に行くまでの間?」
「どうしてそうなる」
「だって帝都に住んでるんだろ? 一緒に行くとしてもそれまでかなって」
確かに緑間は今、帝都に住んでいる。だからこそ帝都に向かおうとしていたのだ。だから一緒に居るとしてもそれまでだろうと高尾は勝手に考えていた。
そういう考えに至った理由も高尾の発言からすれば分からなくはない。けれど、どうしてそういう考えをしたんだとは思ってしまう。帝都には住んでいるけれど戻ったところで特にこれといってやることがある訳でもない。正確にはないとも言い切れないのだが、緑間は帝都の生まれでもなければそこに執心も何もない。それならば、このまま船旅をするのも悪くないと思ったのだ。きっかけは高尾の言葉だったが、酒の席でその話を聞くよりも前から帝都に戻って自分はどうするのだろうかという疑問を抱いていた。
結局、緑間も高尾と同じなのだ。故郷を失くした人間にはそれなりの過去がある。そういうことだ。
「そうして欲しいのなら帝都まででも良いのだよ」
「あ、いや、そういうワケじゃねーよ! ずっと一緒に居れるならその方が……」
ゴメン、今のナシ。
言いながら恥ずかしいことを口にしてしまったと気が付いたのだろう。この時間に酒など入っていないからそれを理由にも出来ない。咄嗟に出てしまっただけに言い訳も出来ず、忘れてとしか言いようがない。何言ってるんだとは高尾本人が一番思っている。
だが、忘れろと言われたところですぐに忘れられるものではない。それに、なんというのだろうか。いつまで一緒に居るのかなど具体的に決めてはいなかったが、どうせ帰るべき場所もないのだからそれも良いかもしれないとは思った。それは旅の成り行きでも変わってくるのかもしれないけれど。
「特に行く場所もないからな。暫くは世話になりたいと思っている」
忘れろと言われたことに直接触れない方が良いと考えてか遠回しに緑間の考えを伝える。どっちみちその意味くらいすぐに気付かれるだろうが、それを伝えようとしているのだから問題ない。
案の定、高尾はすぐに緑間の言葉の意味を理解した。それから驚いたような表情を一瞬見せるが、次の瞬間にはふにゃっと笑って「そっか」と相槌を打った。
「あ、じゃあ宮地サンに報告しないと」
「まだ何かあるのか」
「今度は緑間も一緒に行くからって報告してくるだけ! 海も落ち着いたから出発するんだってさ」
そういえば昨日一日待って欲しいと言われたが、それは高尾に話を聞く為だと言っていた。それは先程宮地と済ませてきたと考えると確認の為に高尾が一度この部屋に戻ってきたと考えるのが妥当だろうか。その高尾はといえば、ちょっと言ってくるとだけ告げてパタパタと宮地の元へ向かって行った。
それからすぐに帰ってきた高尾は宮地にちゃんと報告をしてきたらしい。今は部屋がないから空き部屋を作るまではオレと一緒だってと話す高尾はどこか楽しそうだ。天候が回復してやっと出発が出来るからだろうかなどと見当違いのことを緑間が考えていると、飯なんだからさっさとしろと怒鳴る声が部屋の外から聞こえる。
これは不味いと二人して急いで部屋を出たけれど結局高尾は宮地に怒られていた。
どうしてオレだけなんですかと締められて苦いからか涙目で訴えた高尾に、元はといえばお前が悪いからだろ宮地が答えている様は事情を知らないクルーからすれば一体何をやったんだという状況が出来上がっていた。とはいえ、よくある光景なだけに周りも気に留めない。
「程々にしてやれよ、宮地。早く食べないと片付かないからな」
「キャプテン、止めなくて良いんですか」
「いつものことだからな」
「そんなこと言わないで助けてくださいよ!」
仲間が増えてまた一段と騒がしくなる船。いつも通りに始まった朝だが、新しい仲間を迎えたことでこの日常も少しずつ変化していくのだろう。
現に緑間が意識を取り戻してからの食卓はそれまでとはほんの少しだけ変わっていた。宮地や大坪、木村のところで一つのテーブルを囲んでいた高尾はそこに緑間も引っ張り込んだ。五人で食べる食事というのは当然だが四人の時とは違っていた。高尾が一人よく喋るのは相変わらずだが、それはねぇだろと宮地に突っ込まれてもそんなことないよなと高尾が緑間に話を振ったり。けれど緑間もそれはないと否定して、それならと大坪や木村にも同意を求めたりして。前より騒がしくはなったが、これはこれで楽しい生活である。
さて、大海原へと乗り出そう。
新しい仲間を加えたメンバーで、ここから新たな旅が始まる。
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