8.



「緑間ってさ、剣術とか使えるの?」


 甲板の上、見張りを任された二人はのんびりと雑談をしていた。見張りといっても何か起こることなどはそう多くないので基本的には暇なのだ。
 そこにどうして二人も居るのかといえば、単純にまだこの船に慣れていない緑間に高尾が付いていろと副キャプテンに言いつけられたからだ。それに高尾は二つ返事で了解し、緑間も異論はなかった為すんなりと決定した。だから最近はよく二人で居る、がそれは緑間がこの船に来た時からそうだったかもしれない。


「一応出来るが、それがどうかしたのか」

「そうなんだ。誰かに教わったりしたの?」

「いや、自己流だ」


 だから基礎という基礎も知らない、と緑間は話した。身近に師となる人が居なければ、剣術を覚えるにも術という術がない。せめて剣を扱える人が居れば見よう見まねくらいは出来るのだが、生憎緑間の周りにはそういう人さえ居なかった。その為、基礎も知らなければ型もセオリーも何も知らない。自己流で剣の扱いを覚え、実践の中でその腕を磨いていった。
 大抵は多少なりと剣を使える人に教わったり見よう見まねで覚えるのだろうから、ゼロから全て自分で覚えたというのは珍しい方ではないだろうか。それでも世界にはそれなりに居ると思うけれど。実際、高尾も周りに剣を扱える人の居ない環境で独自に剣の使い方を覚えていった。やってみれば案外形にはなるものである。


「自己流だと最初のうちは厳しくなかった?」

「それは慣れだろう。数をこなせば自然と体で覚える」


 それもそうかと同じく自己流で剣を覚えた高尾は納得する。何も知らない状態で自分なりに剣を握るのだから初めはそれこそ全く相手にならないようなレベルだろう。後は戦って経験を積んでいくしかないのだ。
 経験を重ねていけばそれなりには戦えるようになる。基礎がないので力技で押し切るような戦い方になってしまうが、そんな戦い方は稀ではない。本当にゼロから始めるのも珍しいだろうが、基礎からしっかり習っている人もそれはそれで少ないだろう。


「そういうお前はどうなんだ」

「オレも自己流。ここに来てから宮地サン達に相手して貰ったけど癖が強くて直らなかった」


 この船に高尾が来た頃。剣は扱えるのかと聞かれて自己流ならと答えたところ、それなら相手してやると言われて宮地達が剣の練習相手になってくれた。宮地達の身近には剣の使い方を教えてくれる人が居て、彼等はその人に基本的な戦い方を教わったらしい。教えてくれた人も自己流な部分があったというが、師匠がいるだけでも大分違うのではないだろうか。手合わせをしてもらった時、やはり基礎があるだけ彼等の動きは無駄がなくしっかりしていた。
 それからは暇がある時には相手をしてもらい、基礎くらい身に付けようとしたのだがどうも高尾の戦い方は癖があるらしい。全部自己流で覚えていったのだからそれこそ自分なりの戦い方しかなく、癖が強かったのだ。その為、これなら基礎を教え込むよりもそのままの戦い方で基本的なことを教えてやる方が良いと判断された。それだけでも戦い方が随分と変わったが、自己流であることには変わりないといったところだ。


「お互い自己流なら手合わせしてみても面白いかもな」

「遊びじゃないと分かっているのか」

「当たり前じゃん。今度暇な時に一回やってみようぜ」


 高尾はどうしても一度手合わせしてみたいらしい。手合わせをしたところで何も面白いことなどないと思うのだが、高尾の勢いに負けて時間がある時になと緑間は答えた。それを聞いて喜ぶ高尾は何がそんなに楽しみなのか。ただ純粋に緑間がどんな戦い方をするのか気になっているだけなのだろう。
 自己流というのは基礎も型もないから相手にすると変則的な動きをされたりする。多くの人と戦っていればそういう人達とも巡り合うだろう。二人の場合は自身も基礎がなくセオリーがないから特に関係はないが、逆に基礎をしっかりしている人からすれば変わった動きをすると思うのではないだろうか。それでも実力がある者が勝つ世界なのだから、最終的に剣の使い方など関係なく強者こそが上に立つのだ。


「お前等、ちゃんとやってるか?」


 下の方から声が聞こえてくる。声に反応するようにそちらを見れば、そこには大坪の姿があった。外の風にでも当たりに来たのだろうか。サボっているか見に来た、というのは流石にないと思いたい。


「ちゃんとやってますよ。今ンとこ異常はないっすね」

「そうか。その調子で頼むぞ」


 了解ですと返事をしながら見張りの仕事を再開しようとする。
 が、何か思いついたらしい高尾はそのまま身を乗り出して「大坪サン、今時間あります?」と室内に戻ろうとしていた大坪に叫んだ。クエッションマークを浮かべながらも時間はあると答えたのを確認すると、それじゃあちょっとだけ付き合ってくださいと何かを頼む。それが何かは分からないが時間もあるから良いかと了承されると、今度は緑間に向き直って挑戦的な笑みを浮かべた。


「時間出来たから手合わせしようぜ、緑間」


 あまりにも唐突な話に思わず「は?」と間抜けな声が漏れる。さっきまでそんな話をしていたけれど、それは時間がある時だと言ったばかりである。今は見張りの仕事があるのだからとても暇とはいえない。
 だが、甲板でやるのだから周りの様子も見れるし問題ないと高尾は主張する。それでも駄目だろうと断るが、大坪サンも付き合ってくれるしと言われて、その為に呼び止めていたのかと漸く高尾の行動を理解する。そうはいっても大坪はまだ何をやるのか知らないのだが、ちょっとくらいなら大丈夫だと言うと高尾は大坪の元まで降りて行った。やったもの勝ち、とでもいうのだろうか。そんなことが通用するのかとは思えど、下に行った高尾が「大坪サンも良いって!」と声を張り上げるのを聞いてしまえば緑間には断る理由がなくなってしまった。


「……見張りはしなくて良いんですか」

「よくはないが、ここからでも周りの様子は見れるからな。それに一度手合わせをするだけなんだろう?」

「そうそう。だから大坪サンには審判をしてもらうってことで」


 本当にこんなことをして良いのだろうか。その疑問は残るもののキャプテンに許可を取っているのなら良いのだろうか。まぁ、実際手合わせを一回するのなんてそう時間の掛かることでもない。だからこそ大坪も一度だけなんだろうと確認したのだ。
 だが、何よりこの機会に大坪は緑間の実力を見ておきたいと思ったのだ。一試合くらいなら良いだろうと思ったからというのも事実だが、緑間がどれほどの腕を持っているのかはまだ誰も知らない。ここでそれを知っておけば今後の為にもなるだろうと判断した。

 手合わせをすると決まり、高尾は自室から剣を二振り持ってきた。その内の一つを緑間に手渡しながら今後もそれを使って良いと話した。この先旅をしていけば武器を使うことはあるだろうし、高尾自身は今手にしている物を使うから問題ない。
 そういうことならと素直に受け取ると、一定の距離を取って二人は向かい合う。お互い剣が剣を構えるのを確認し、大坪が初めと合図をしたの同時に二人は地を蹴った。


(実力はほぼ互角……か?)


 キンキンと刃がぶつかり合う音を聞きながら、大坪は二人の戦況を見守る。
 素早さは高尾の方がやや上だろうか。技術面はどちらも同じくらい、に見える。というのも、どちらも自己流の戦い方をしているので傍から見ると分かりづらいのだ。引けを取っていない様子からして同等な力だと思われる。力は緑間の方が強いかもしれない。体格差があるというのも理由の一つかもしれないが、それらを総合してみると緑間と高尾の実力はほぼ互角だと感じる。あくまで現時点では、だけれども。

 高尾が剣を振り下ろすのを緑間は飛び退いて回避する。それからすぐに切り返して着地時の隙を狙うが、高尾もそう簡単に隙は見せない。左手で腰から鞘を引き抜くとそれで緑間の攻撃を受ける。そのまま足払いを掛けるが読まれていたようで見事にかわされてしまう。
 どちらも相手の出方を窺ったり守りはせず基本的にぐいぐいと攻めていく。隙がなくても隙を作れば良いだけだと次々に攻撃を仕掛けるのだ。だが、仕掛けても上手いことやり過ごされてしまいなかなか攻めきれない。


(高尾も緑間も自己流だったな。基本もある程度は身に付いていそうだが)


 二人の動きを見ていると自己流だが一応程度の基本はありそうだ。高尾の方は大坪達が教えたものだが、緑間もどこかで基本を教わる機会があったのだろう。それでも自己流の色がここまで濃いということは、高尾と同じで既に癖が強くて直すようなレベルではなかったと考えられる。

 戦いが始まってから数分。刃と刃の高い音が響きあう中、緑間の攻撃を避けた高尾がそのまま懐に潜り込むように切りかかった。これは咄嗟に反応出来ないだろうと大坪は終わりを予想する。
 しかし、緑間はそれを分かっていたかのように身を反らすと、すぐに引いた剣で勢いよく弾いた。試合終了だ。


「勝負あったようだな」


 この試合、勝ったのは緑間だ。実力はそこまで差がないとみてよさそうだが、それにしても最後のあの攻撃をよくかわせたものだと大坪は感心する。高尾は自己流の上に自身の素早さもあって、ああいった変則的な動きが得意なのだ。相手の意表を突くことが出来るそれに大坪も初めは反応しきれなかったものだ。
 けれど緑間はそれをしっかり見切ってカウンターを繰り出した。それだけの実力があるということなのだろうが、あれに反応出来るだけの動体視力も持ち合わせているのだろう。これは相当な戦力になりそうだ。


「あー負けちまったか。緑間強えな。最後、避けられると思わなかった」

「あれは反射だったのだよ。お前もそれなりの実力はあるようだな」

「ぶはっ、当たり前っしょ。伊達に海賊やってないって」


 あー楽しかった。またやろうな。
 終わったばかりだというのに次の約束をする高尾に緑間は呆れながらも次はちゃんと時間のある時なら付き合うと答える。わざわざ“ちゃんと”と付けたのは、今回のようなものはこれっきりだということだろう。分かったよと頷いてじゃあ約束なと高尾は笑う。全く、理解しているのかいないのか。


「緑間、お前も自己流だと言っていたが基礎は教わったのか?」

「前にそういう機会があった時に本当に基礎だけ教わりました。オレはもう自己流の癖がついていたので」

「やはりそうか。自己流ということは誰にも教わっていないんだよな?」

「? そうですが」


 誰にも教わっていないからこそ自己流なのだ。そんな当たり前のことを聞かれてるとは思わず、不思議そうに大坪を見る。だが大坪は気にせず、続けて高尾にも同じ質問を投げ掛けた。こちらも不思議そうな視線を大坪に向けながら「そうですけど」と肯定する。
 何かおかしなところでもあったのだろうか。質問の意図が分からない二人は口を揃えて大坪の名前を呼んだ。どうかしたのかと言いたげな瞳に「ああすまん」と短く謝罪をすると、自己流同士が戦うとこんな感じなんだなと感想を漏らした。自己流で戦っている高尾や緑間からすれば慣れたものだが、そうでない大坪からしたらあまりじっくり見る機会もない。珍しかったのかと納得して、いつもこんなもんですよと答えた。当人達には分からないが第三者からするとそういうものなんだなと知る。


「そうか。じゃあそろそろオレは戻るぞ。お前達も仕事に戻れよ」

「はーい。ありがとうございました!」


 船に戻る大坪を見送って、二人も持ち場へと戻る。

 今日も良い天気だな。あ、向こうにカモメが飛んでる。
 なんて、誰かが聞いたらお前達はちゃんと仕事をしているのかと突っ込まれそうなことを話しながら交代の時間までのんびりと過ごす。

 青い空には白い雲がゆっくりと流れていく。