面影て 2




『提灯の明かりの方に真っ直ぐ進めば神社に着くぜ』


 視界に提灯の光を捉えると、最後の道のりを教えてくれた。隣に在った筈の温もりが消えたのはそれからすぐのことだった。確かに手を繋いでいたというのに、気が付いた時には辺りには誰もいない。それでも、手には先程まで繋いでいた体温が残されていた。
 だから夢ではないと思うのだが、突然消えるなんて普通は有り得ない。幽霊でもあるまいし、そもそもそんな非現実的なものが存在しているとも思えない。
 とりあえず提灯を目指して歩いて行けば、彼の言葉通りに神社に辿り着くことが出来た。それから親と再開するまでにも時間はかからなかった。心配してくれた親に謝罪をして、それから先程の出来事を母に尋ねてみた。


「それはきっと、神様が助けてくれたのよ」


 この神社には神が存在している。
 古よりこの村に伝えられていることだ。神社という場所に神様がいるというのはどこでも聞く話だが、本当に神様がいるのかは分からない。というのも、神様を見たことがある人というのはこの世に存在しないからだ。それでも人々は神様を信じているし、毎年お祭りを通して村の未来をお祈りしている。
 神社に本当に神様がいるとしても、今回の件は神様は関係ないのではないかと緑間は思う。別に神様を信じていないわけではない。ただ、先程まで一緒に居た筈の少年は自分と同じ年頃の男の子だったから。


「ですが、ボクを神社まで案内してくれたのは同い年ぐらいの男の子でした」

「あら、そうなの? それなら、その子が神様だったんじゃないかしら」


 あれが神様、と母の言葉に疑念を抱いてしまったのも無理はないだろう。緑間が出会った少年は明るくて元気が良く、学校の友人以上に沢山喋る子どもだった。神様がどんな性格かなんてことは知らないが、あれが神様だとすれば誰でも神様になれそうなものだ。……と、これは流石に言い過ぎかもしれないが。
 それに、神様というのは人に自分の名を名乗るなのだろうか。神様に名前があるのは良いとして、一般人に気軽に教えて良いものとは思えない。色々な面から見ても、緑間にはあの少年が神様だとは思えなかった。


「母さん、神様は人に名前を教えるものなんですか?」

「名前?」

「その男の子の名前を聞いたので」


 さっきまでは神様だと言っていた母からの返答が止まってしまった。この反応からするに、やはり神様は人に名乗ったりはしないのだろう。実在するかも分からない人物に対してはっきりと結論を出すことは出来ないが、一般的に考えれば名乗らないという答えになる。この一般論も人々が想像する神様でしかないのだろうけれど。
 何やら悩むようにしながら、母は再びゆっくりと口を開いた。


「実はあの山で迷子になった子は今までにも何人もいるのだけれど、みんな無事に帰ってきているの。全員が道案内をして貰ったって言うんだけど、その子の名前を知っている人は誰もいないのよね」


 幼い子どもが祭りの時を主に山で迷子になったことは今までにも何度もあるらしい。子ども達は親が探しに行くよりも前に必ず帰ってくる。その時は誰かに道案内をして貰ったらしいが、子ども達の証言からは相手は男の子ということ以外には分からなかった。だから、きっと神様が子どもを安全に帰してくれたのだと昔からこの村ではいわれていた。
 けれど、今回はちょっと違った。出会ったのは男の子であったが、緑間は彼の名前を聞いている。今までは誰一人として聞いたことのなかった名を。それが何を意味するのかは分からない。偶々あの場にいただけの子どもかもしれないし、もしかしたら本当に神様なのかもしれない。
 だが、神様ならば彼は何歳ということになるのか。この件は昔からのことだと母は言った。緑間が出会ったのは自分と同じ年頃の子ども。神様は年を取らないのか。否、そもそも神様だという前提で考えるのも不思議な話だけれど。


「神様はこの神社を守っているんですよね」

「そうよ。この神社で私達のことを守ってくれてるの」


 だからこのお祭りで神様に感謝して、また来年もお願いしますとお祈りをするのよ。母はそう話すと、そろそろ神社で舞を踊る時間になると息子の手を引いた。
 舞を踊るのは緑間家の者。代々神社の管理をしている家だからこそ、お祭りでのこの役目を担っているのだ。基本的に舞を踊るのは女性、今年も舞台に上がったのは母。次の代がどうなるかは分からないが、現時点では息子が一人いるだけで娘はいない。生憎親戚にも女性はおらず、この先娘が生まれなかったならどうなるかは分からない。だが、舞を除く神社の管理については本家の長男が行うことになるのだろう。


(お前は何者なんだ、和成)


 ゆらりと流れるように舞う母の姿を見ながら、今日会ったはずの少年を思い出す。あの時には特に変わった感じはしなかったが、母の話を聞いたら何が何なのか分からなくなってしまった。
 見た目は自分と同じ年頃の少年。漆黒の髪に色素の薄い綺麗な瞳を持っていた。初めて見る色に見惚れてしまったのはここだけの話だ。それ以上に少年の方がこちらを見ていたから途中で声を掛けたけれど。今まで見たことのない色彩だった。


(また山に入れば会うことが出来るのだろうか)


 ついそんなことまで考えてしまったが、それはいけないことだと頭を振る。あの山は神様の土地だから入ってはいけないとされているのだ。だから迷子以外に殆どの人は立ち入ったことはない。この神社でさえ、同じ理由でお祭りと掃除の時以外に人が神社に来ることは滅多にないのだ。神社の方は、神様の土地で遊ぶのがよくないといわれているだけなので参拝に来る人は時々いる。だが、妖が出るという噂もある為に訪れる人は少ない。
 妖の噂も神社で何かをした者には神様が制裁を下す為だといわれている。悪いことをした者には制裁をという神様の考えに従い妖がその姿を現すのだと。


(あんな願いが叶って欲しいと思うことになるとはな)


 冗談で言っているんじゃないかとさえ思った少年の発言。彼にとっては本気だったらしいその願いを馬鹿にしたけれど、今はその願いが叶って欲しいと思っている。全く、さっきの今で考えが覆されることになるとは思わなかった。これも、突然姿を消したあの男がいけないのだ。
 とりあえず、山には入らないけれど神社には明日行ってみようと決める。山はいけないとされているが、神社は悪さをしなければ立ち入り禁止にはなっていない。神様に願っていれば、いつかは叶うかもしれないなんて淡い希望を抱いて。