黄金色の面影を探して 3
暖かな春から暑い夏へ、涼しくなってきた秋を過ぎれば寒さの厳しい冬。そして段々と暖かさを取り戻していくと春になる。
春夏秋冬。四季のサイクル。それが何回繰り返されたのだろうか。毎日のように通っていたのが一日おきに、それから数日に一回、一週間に一回。徐々に数が減らされていったが、一年の内に彼の姿を見ないことはなかった。家柄的に祭りの時には神社までやってくるので必然的にそこでは彼を見つけることが出来る。
(もうそんな年になったのか)
月日が流れるのは早いなと思う日がまたやってくるとは思わなかった。十二歳になった彼は、本家の長男として年に一度の神社の清掃にやってきていた。初めて会った時よりも大分背も伸びた。だが、背が伸びるのはまだまだこれからだ。最終的にはどれくらいの大きさになるのだろうか。まだ結構伸びそうである。
ただぼんやりと眺めているのも意外と楽しいものだ。相手が相手だからかもしれないが、この神社に人が着ていればそれだけでも嬉しかったりする。単純すぎるといわれるかもしれないが、滅多に人のこない場所に来客があれば誰だって喜ぶだろう。
(ちょっとくらいなら、なんてただの甘えかもな)
自制心くらいは持っている。割と強い方だとも思っている。
それでもこれは甘えだと思うけれど、彼の願いでもあるのだから少しくらいは叶えてあげるのも良いだろう。バレないのであれば全く意味をなさないのだから、結局は言い訳だ。それもバレてはいけない上で願いを叶える以上、意味をなさなくなるのも仕方のないことなのだ。
「お前は…………?」
突然現れた狐。今まで何度もここには来たことがあるけれど、狐どころか動物を見たのすらこれが初めてだ。考えてみれば山なのだから動物がいたっておかしくはない。狐あたりは生息していても不思議ではない動物だ。これまで一度も見たことがないというのは疑問だが、タイミングが合わなかっただけなのかもしれない。
ゆったりとした足で神社の本殿の傍まで歩いてゆくと、供え物の隣に腰を下ろした。特に何かをする訳ではないらしい様子を確認すると、一先ず今やっている作業を終わらせることにする。
それが終わればここでの仕事も終わり。後は帰るだけなのだが、じっとこちらを見つめる視線に呼ばれるように狐の元に近付いた。
「お前はいつからこの場所にいるんだ?」
答えなんて返ってこないと知っている。ただなんとなく口にしてみただけだ。本当は別の奴に投げ掛けたい言葉だったりするのだが、その人物はここにいないのだから尋ねることは出来ない。その瞳の色が数年前に見たその色と似ていたから、こんなことを口にしたのかもしれない。
狐は小さく鳴き声を上げると、緑間にすり寄った。人懐っこい狐もいるものだと頭を撫でてやれば、とても気持ちよさそうに目を細める。
(そういえば、ここには妖が出るという噂があったな)
あくまで噂であって被害にあったという話は聞いたことがない。神様がいるという言い伝えと同時に古くから伝えられているが、その噂はどんな内容だっただろうか。
家柄のこともあり、一度神社に纏わることは調べたことがある。この噂は、昔一度あった妖の事件が切っ掛けで伝えられるようになったと聞いている。今より何百年も前の話なのだが、言い伝えとはそんなものだ。確か、そこに出てきた妖というのは狐であったが、少なくとも妖は人に懐かないだろう。
「本当は神様への供え物なのだが、また新しい物を持って来れば構わないだろう」
言いながら供え物として持ってきた食べ物を狐に差し出す。きょとんとした表情で見られて、食べて良いと言葉にしてやると素直にそれを口にした。野生とは思えない程に人懐っこい狐である。噂では妖は狐とされているが、こういう狐を見てしまえば本当にそうなのだろうかと思ってしまう。古くから伝えられていることを目で確認することは出来ないのだから、そこに記されているものを信じるしかないけれども。
皿の上がなくなるともう一度狐の頭を撫でてから立ち上がる。掃除も終わったのだからいつまでも長居するのは良くないだろう。ここは神様の土地なのだから。毎日のように来ていた自分が言えることではないが、それはそれだ。
「またな」
それだけを言い残して去った少年は、この先は毎年決まった時期に神社にやってくるのだろう。一つは以前から来ている祭り、もう一つは清掃。次に来るのは祭りか、それよりも前に訪ねて来る時があるのか。今回は律儀な彼のことだからわざわざ供え物をまた届けに来てくれることだろう。
さよならではなくまた。次もという意味を持つ言葉を選んだのは、次があって欲しいと願うから。それは同時に、こちらとしても次を願ってくれたことを嬉しく思う。
「本当、変わらないな」
行ってしまった少年を見送りながらポツリと独り言。
次を願うのはどちらも同じ。それを叶えないのは、叶えてはいけないと心が制止を掛けるからだ。
初めて出会った時から暫くの間は、毎日のように彼はやってきた。彼がやってくるのを見守るのが日課になるくらいには、頻繁に神社に出入りをしていた。その理由はとっくに分かっていたけれど、決して姿を見せることはしなかった。来る度に人に会いたいと願われれば、誰だって分かってしまうというものだ。
(片思いかと思ったけど、そうでもなかったりして?)
こんなふざけたことを考えられるくらいには余裕はある。また会いたいと思ったのはこちらだが、まさか向こうまで会いたいと思ってくれるとは想定外だった。彼の方はこちらが何者なのかを知りたいというだけなのかもしれないけれど。それでも、会いたいと思ってくれるだけで嬉しいと思ってしまう。
それは単純に普段は人と関わることがないからであり、彼を一目見た時から気になっているからでもある。双方が会いたいと思っているのなら、会えば良いという話なのだがそうもいかない。世の中とはそう簡単には出来ていないのだ。
(今はまだ時期じゃない。縁があるならその時が必ず来る)
会ってはいけないなんて決まりはない。どちらかといえば会いたいと心から思っている。それをしないのは、自分の役目を弁えているからだ。決まりはないとはいえ、好き放題して良いのとは違う。
人々とは、あまり関わってはいけない。
誰が決めたわけでもない。強いていうなら決めたのは自分だ。人々と関わるのがあまりよろしくないというのは事実だが、ここまで頑なに会わないと決めることはないのだ。それでもこの決まりを守るのは、これが自分自身の為に決めた線引きだから。
「…………オレのことなんか早く忘れろよ」
そう願いながらも忘れて欲しくないと思ってしまう自己矛盾。自分達の為に選ぶべきことと自分が選びたいことの違いから生じてしまった矛盾だ。勿論、前者を取ることは決めている。多少の痛みなんて今更どうということはない。
(甘えるのは一度きり。次があるとすれば――――)
次はいつかやって来るであろうその時。彼は長男ではあるが、次のきっかけは十六の時にやってくることだろう。その時に会えるかどうかは分からないけれども、なんとなく会える気がする。
最終的には本人の意思で決定することだが、もう欠片は手渡してしまっている。だから、全ての欠片が集まるのは時間の問題なのかもしれない。
あとは運命の定めるままに。
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