黄金色の面影を探して 4
次のきっかけがあるとすれば、彼が十六になる時だとは思っていた。それまでは今までと変わらずに過ごしていた。
十六回目の誕生日を迎えたこの年。何かしらの動きはあると思っていたのだが、流石にこれは予想の斜め上をいかれた。
(いくらなんでも強行手段すぎないか……)
そんな性格だっただろうかと考えるが、性格なんて変わるものだ。根本的には変わっていないのかもしれないが。というのも、原因には心当たりがある。むしろ心当たりしかない。だがしかし、それにしたってこれはないんじゃないかと思う。一体何が彼をそうさせたのだろうか。
考えたところで埒が明かないのだが、どうしたものだろうか。選択肢なんて一つしか残されていないのだけれども。
「迷子っていうには無理があると思うんだけど」
声を掛ければ、男はどこから聞こえてきたのかと声の主を探す。こんな場所に居れば当然見付からないだろうと木から降りれば、実に十年振りぐらいに男の前に姿を現した。本当はその前にも一度、別の姿で向かい合ったことはあるのだが、絶対に気付かれていないのでノーカンにしておく。
現れた姿に綺麗な翠が大きく開かれた。それもそうだろう。こちらは懐かしい恰好のままだが、そっちはもう随分と身長も伸びている。要は成長しているのが片方だけということだ。
「オレを探してたんでしょ? それにしたって、これは卑怯だと思うんだけど」
「やはり、お前があの神社の神様だったのか」
意外と話は通じるらしい。冗談でも身長が伸びなかったのかと言われたりしなかったことに安心する。
その点については、彼は母から聞いた話のお蔭ですんなりと理解することが出来たのだ。小さな男の子が迷子を村まで案内してくれるという昔からの噂。それを聞いていなければ、どういうことなのかと散々問い質すことになったかもしれない。
「お前、オレが出てこなかったらずっとここにいるつもりだったろ? この山には入っちゃいけないって話になってるんじゃねーのかよ」
「絶対に入っていけないわけではない。話が分かるようで助かるのだよ」
「……それって屁理屈だよな」
だが実際、絶対に入ってはいけないなんていう決まりはない。そもそも、入ってはいけないと決めたのは村人達の方なのだ。高尾の方から入れないようにしたりはしていない。まずそんな力なんて持っていないけれど。人間の方がこの山は入ってはいけないものとして後世に伝えてきた。その理由までは伝えられていないけれど、どうしてそんな風に言われるようになったかを高尾は知らないわけではない。
その言い伝えのお蔭で迷子以外には人が立ち入らない場所になっていたこの地に、山の調査等を除く人がやってくるのはかなり久しい。何年振りかと言われても記憶に残ってないくらいには。
「それで、オレに何の用? ――っと、その前にお前は自分の役目を果たして来いよ」
役目とは勿論この祭りでの役目だ。緑間の家の者はお祭りで舞を踊ることになっている。本来なら女性が躍るものなのだが、この代は親戚にも女性はいなかった為に本家の長男にその役目が任されたと風の噂で聞いている。そうなるだろうことは女の子がいない時点で分かっていたが、こんな日が来ることになろうとは昔は思いもしなかった。
本家の長男とは今この場にいる彼のことだ。強硬手段に出てきた彼がとった行動は、高尾が現れるまで神社に戻らないというものだった。そんなことをされれば周りが困ることは必然であり、どうしようかと考えるまでもなく出て行くことを強いられた。だから卑怯だと言ったのだが、これも今まで有耶無耶にしてきた結果なのだから諦めて受け止めるしかない。
「話は終わってからな。オレも見てるから頑張れよ」
「お前はいつも見ていたのか」
「まあな。人の為に踊ってくれるのに見ないなんて失礼だろ」
言われてみればその通りである。見ていたといっても、神社から少し離れた場所でだ。祭りをやっている間はこの杉の木の上で村の様子を眺め、舞の時間になると近くまで降りて見る。人に見付からないように隠れているのは、神という地位に属しているからである。それも昔からというわけではないが、話は後にすることに決まったのだからおいておく。
自分の為に踊ってくれる姿は毎年見てきた。その時に願われたことはちゃんと叶えるように尽くしている。大体は同じ祈りであるが、人々の気持ちを受け取ってそれを齎すのが高尾の役目だ。本来の役目は村が平和であることを見守ることなので、それはオマケみたいなものである。
「ほら、早く行こうぜ」
手を伸ばしてしまったのはもう癖である。この時期にここにやってくるのは迷子。幼い子どもと逸れないように手を繋いでいたから、そのノリで手を伸ばしてしまったのだ。
しかし、意外なことに多少迷った後にその手は掴まれた。意外そうな目を向ければ、お前が手を伸ばしたんだろうと言われてしまった。それはそうだけれど、さっきのは反射であって本当に手を繋ぐことになるとは思わなかった。
だがそれも久し振りだからということで片付けて、二人は人々が待っている神社へと向かうのだった。
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