黄金色の面影を探して 7
一つ、危険だと判断したらそれ以上は何もしないこと。
一つ、自分のことを第一に無茶はしないこと。
一つ、もしも何かが起こったらオレを置いて逃げること。
「特に最後のは絶対に守れ。オレはお前を傷つけたくない」
これからどうするかを二人で話し合いながら、高尾は緑間に以上の約束を取り付けた。二人でこの地を守ると決めたけれど、それだけは譲ることが出来ないのだと。これだけは守って欲しいと挙げたのがこの三つ。
中でも特に重要なのは三つ目だ。何かがなんて言っているが、それはかつて高尾自身が暴走させてしまった力を指している。当時の記憶がないだけに自分でも何をするか分からない。だから、もしもそんなことが起こってしまったなら構わず逃げて欲しい。この場から、自分から離れて欲しい。
「まあ、深くは考えんなよ。普段は力も制御出来てるし、お前と一緒に守るって決めたから」
「分かったのだよ。だが、無茶をしてはいけないのはお前もだ」
言えば頷いてくれた。二人の目的はこの地を守ることにあるが、自分の身を捨ててまで守るのは違う。命あってこそ、まさにその通りだ。
この地を開拓しようとしている連中にどう対処するかというのは、考えるまでもない。話し合い以外に手段はないのだ。それで大人しく引き下がる連中でないのは承知だが、そんなお偉い様方に対しての権力は持ち合わせていない。調べてみれば村人も反対意見が多いのだが、現状は強引に計画を進行しているところらしい。実際に連中が神社に来たこともあり、高尾が疲労の色を見せていたのはどう考えてもそれが原因だった。
「オレが守っているのはこの村と、この神社もそうだ。この神社に宿っている力こそが村を平和にする力なんだ。オレ自身には大した力はないからな」
高尾がやっていることといえば、村の平和を見守ること。それから、お祈りされたことを叶えるために力を働かせること。他に出来るのは変わった力を使うことぐらいだ。緑間に見せたことのある変化もその一種である。
そういえば前にも自分は神か分からないと彼は口にした。時には神と呼ばれ、時には妖と呼ばれる。普通とは違う存在であり特別な力を持っているのだから、神と呼ばれる存在であるのも確かだ。それだけの力を持っている人ではないもの、妖と呼ばれるのも間違いとはいえない。見た目通り人間から外れた世界を生きている。
「気になっていたんだが、どうして人間の姿になる時は子どもなんだ」
「迷子を案内するのに同じ子どもの方が都合が良いだろ? ……というのは建前で、さっきも言ったようにオレは大して力を持っていない。人の姿になるには子どもになっちまうんだよ」
変化のレパートリーは少ない。何でも自在に変化することが出来るものではないのだ。尤も、それは高尾がそういうタイプだからであって、他の地を守っている神も同じとは限らない。人間になるのなら子どもの姿、あとは狐に変化するくらいしか高尾には出来ない。
それでも、迷子に道案内をするには子どもの方が話しやすいというのもあって、不便することはないからこれはこれで構わない。狐に変化出来るのは彼がお稲荷様だからだ。そういう意味でも、彼はやはり神なのだろう。
「やはりお前は神様なのだな」
「そうか? オレを神の基準にしたら大変なことになるからそれだけはやめろよ。もっとちゃんとした奴等がいるからさ」
「オレはお前しか知らないのだから無理だ」
他の神には会ったことはないのだから、緑間にとっては高尾こそが神様という存在なのだ。
騒がしいくらいに元気な人間の姿をした彼。年相応の落ち着きを持ちながら、諦めることを覚えてしまった彼。人と関わることを望みながら、人を拒む彼。そして、この村の為に人事を尽くしているということを緑間は知っている。もっとまともな奴がいるといわれても緑間は知らないし、彼こそが自分達の為に力を尽くしてくれているということを知っている。
もし高尾以外の神に出会う機会があったとしても、緑間の中で一番の神様は高尾だ。ずっと傍で見守ってくれる神様。彼以外を選ぶことなどないだろう。
「正直に言うと、オレはまだ迷ってる。けどさ、どうもお前の頼みは断れないんだよな」
何でと言われても困るけれど、緑間の頼みは聞き入れてやりたいと思う。一応これでも神なのだから、人々の願いは平等に叶えるようにしている。どうしても無理な願いは不可能だが、それが仕事なのだから基本的にはそうしているのだ。無理な願いの例を挙げるなら、緑間が高尾に会いたいと願ったことだ。あまりにも願い続けてくれるから、その機会を作ることになったけれど。
今回の頼みは双方が一致している望みとはいえ、協力することには気が引けた。実際、彼がそこまで頼み込むのなら一人で出来るところまでやるという選択肢も考えていた。最終的に協力を選んだのは、彼の強い気持ちを知ったから。そして、人のことを自分のこと以上に考えてくれる彼の優しさに心動かされたから。
「一人を贔屓するのはいけないんだけどな」
「お前も人だったということなのだよ」
緑間の言葉に高尾はぽかんと口を開けて固まった。人間ではない高尾は、神という立場であり妖とも呼ばれる存在。多くのことを捨てて守ることばかりを考えて生きてきた。感情は持っているけれど、人々と距離を置くことで余計なものは切り捨てた。
そう思っていたけれど、本当は捨て切れてはいなかったのかもしれない。時間の流れを感じるようになった時点で、昔捨てたはずのものを取り戻してしまったのだろう。
そのことに今やっと気付かされた。神だって、命も心もある人だったのだ。その事実に気付いて、くすっと小さな笑みを浮かべた。
「これも全部、真ちゃんのお蔭だね」
「さっきも思ったが、オレには心当たりがないのだよ」
「気にすんなよ。オレが勝手に貰ってるだけだから」
ますます意味が分からないとでも言いたげな視線をただ笑って受け流す。
そんな高尾を見ながら、どういう意味なのかは分からないながらもまあ良いかと緑間は考える。こうした時間が、少しでも彼の心の氷を解かしてくれるのならそれで良い。この先のことを考えると尚更そう思う。一分でも一秒でも、共に居られる時を大切にしたいと思うのだ。
「和成」
「何、真ちゃん?」
優しい声色。隣同士に並んでそっと触れ合う掌。道案内の為でも移動する為でもない、漸く手に入れることの出来た本当の温もり。
「二人でこの場所を守ろう」
一人ではなく二人で。力を合わせてこの地を守ろう。
村を見守る者と神社を管理する者。神社を守るという共通点を持つ二人。どちらにとっても大切なこの場所を力を合わせて守るのだ。
「あぁ、宜しくな」
お前となら一緒に。二人で守るのも悪くないかもしれない。
この地を古より守りし二つの者達が手を取り合う。双方の気持ちが一つに合わさる。
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