黄金色の面影を探して 8
普段は静かなこの場所に、どこか不穏な空気が流れている。理由は分かっている。この地を開拓しようとしている連中がすぐ傍までやって来ているからだ。
数人の男性達が鳥居を潜って神社に足を踏み入れる。それを確認するなり連中の前に姿を現した。
「いい加減にしろよ。ここはお前達のような奴が来る場所じゃない」
「この餓鬼、まだ諦めていないのか」
「ここはもうオレ達のモンになったんだよ。餓鬼は引っ込んでな」
以前と似たような言い争いを繰り返す。それも、人前に姿を見せる時には人間の姿になっているからだ。高尾は人間に変化をする時、必ず子どもの姿になってしまうのだ。
男達からすれば餓鬼が大人の事情に首を突っ込むなという話だろう。実際は高尾の方が遥かに年上なのだから、お前等の方こそ勝手なことを言うなと思っている。流石に年齢に関しては言えないけれど、上の奴等で勝手に取り決めたことをこちらの意見を無視して進めるなとは前にも口にした。
「アンタ等がどれだけ偉いかはしらねーけど、村に住むオレ達の意見を聞かずに決めるのはどうかと思うぜ」
「誰もお前達の意見は聞いてないんだよ。上の許可だって出てるんだからな」
国のお偉い様方は何を考えているのか。そんなことは高尾には知り得ないことだ。別段知りたいとも思わない。仮に国の上層部が決めたことだとしても、その土地の人々に話を通すのは筋というものではないだろうか。勝手に決めて勝手に進めるのは人ととしてどうなのかと思う。
けれど、見た目が子ども故に何一つとして聞き入れては貰えない。子どもの話など聞くだけ無駄だと考えているに違いない。かといって、大人相手なら話を聞くのかといえばそれも分からない。こういう連中は上が決めたからで押し切ってきそうなものだ。それでも。
「誰がいつそう決めたのだよ。少なくとも、こちらは一切話を聞いていない」
突如現れた新たな人物。男達の視線は一気にそちらに向かった。百九十を超えるその男が誰なのか、この地を開拓しようとしている連中なら知らない筈がなかった。
「お前は、緑間のところの…………」
「こちらの許可なく勝手に話を進められては困る。この村は昔から神に守られている。その神社を勝手に取り壊すなど許されると思っているのか」
それこそ神様から天罰をくらうのではないだろうか。村の人々なら口を揃えて言うだろう。相手がどんな連中だろうとこの神が天罰なんてものを与えるとは思えないが、男達相手に話す分には効果はある。祟られるのではないかと言えば、一歩足を引いて怖気づく。この程度でそのような反応を示す奴等が開拓をしようとしているとはおかしな話である。
恐ろしいと感じる心があるのならば、さっさと手を引いて立ち去れ。冷たく言い放つと、連中はどうしようかと顔を見合わせている。もし本当に神の怒りを受けることになれば、自分達はどうなってしまうのかと言いたげな表情だ。
「神だァ? 本当にこのご時世にそんなモンがいる訳ねェだろ。言い伝えなんて古臭いことを信じているから、いつまでたってもこの村は変わらないんだよ」
時代は流れているんだ。このちっぽけな村を良くする為にもこの計画は重要なことだと、緑間の話を信じない輩はそう話した。むしろ、この村の為にやってやるのだから感謝されても文句を言われる筋合いはない。なんとも勝手な言い分だが、そういう奴がいるからこそ話が進んでいるのだろう。
一人がそう言ったのを引き金に、怖気づいていた周りの連中も一緒になってその通りだと言い出す。わざわざ発展させてやろうとしているのに否定される意味が分からない。もし本当に神がいたとしても、村の為にやってやるんだから怒られることはないと。
好き放題に言い出した連中を横目で睨みながら、緑間は幼い姿をしている神の様子を窺う。子どもの格好をしているからか、肩を震わすその姿が彼の感情の全てを現していた。心配になって触れようとした手は、大丈夫だからとやんわり拒否され、色素の薄い瞳が男達をじっと見据える。
「テメェ等の言ってることを一概に否定はしねェよ。けど、この村の人々が、コイツが。信じて守ってきたものを赤の他人が好き放題言うな」
「あァン? それこそお前みたいな餓鬼に言われたかねーな」
子どもに分かるわけがないだろう。たかが数年生きただけの餓鬼なんかに何が分かるというのか。話にならないと男達は口々に言う。下品な笑みを浮かべながら、自分達の言うことが全て正しいという態度で挑んでくる。
それは違う。それこそお前等のような部外者が好き勝手言うな。反論する言葉なら幾らでもあったけれど、隣の存在がそれを許してはくれなかった。
「分からねェよ。テメェ等のような輩の考えることなんて。そんな奴等に理解して貰おうとも思わない。神を馬鹿するのは構わないが、村の人達を侮辱するのは許さない」
場の空気が変わる。炎を宿した瞳を持って連中と対峙する。男達も邪魔をする者は排除をするつもりだったらしく、口角を持ち上げると真っ直ぐに高尾を見つめる。中には刃物を取り出した奴までいて、ここが戦いの場になるのは時間の問題だった。
それにいち早く勘付くと、両者が動き出そうとした瞬間。彼等の間に緑間は立ち塞がった。どうしてと訴える目と、邪魔をするなと語る目。そのどちらにも怯むことなく、双方の姿を視界に捉える。
「ここで争って何になる。人を傷つけてまでこの地を得て何になるというのだ。暴力まで持ち出して争うことではないのだよ」
「真ちゃん、でも」
「お前だって争いは望んでいないだろう。冷静になれ」
暴力で何でも解決するのはよくない。誰かを傷つけてまでこれだけの土地を手に入れる意味があるとは思えない。この場で血を流すことは望んでいないのだ。自分を見失って誤った道に進もうとするのは止めなければいけなかった。
緑間の言葉を聞いて、高尾は戦闘態勢を解いた。それから呟くように「ごめん」と謝る。それを確認して安心するが、反対側はまだ安心出来るような状態ではない。
「貴様等も小さな土地一つを得る為だけに、犯罪にまで手を染めるつもりか」
「犯罪? 違うな。オレ達は正義を貫いているだけだ。上からの命令に背くお前達の方がよっぽど罪だと思うが?」
「それはお前達の上の連中の意向だろう。オレ達には関係ないのだよ。己の罪を人に擦り付けるのは止めて貰いたい」
「ちゃんと上の許可は出てるんだ。お前達に拒否権はない。それでも邪魔をするのなら――――」
不自然に止まった声に疑問を抱くが、気が付いた時には遅かった。今までどこに潜んでいたのか。連中の仲間がどこからか飛び出してきたかと思えば、そのまま小さな体を手中に収めた。
話の流れからして連中がこれからしようとしていることが導き出される。背中に嫌な汗が流れるのを感じた。完全に不意を突かれた。
「餓鬼がどうなっても良いのなら、お前の言い分を聞いてやろう」
形勢逆転。コイツ等は手段を択ばない連中だったようだ。実力行使に移ろうとしていた時点で、その可能性について考慮しておくべきだったと今更気付いた。国が決めたことなのだから他者の口出しなど許さない。邪魔をするなら消す。全ては奴等の思う壺ということか。
人質を取られてはこちらは何も出来ない。高尾は緑間に自分のことは気にするなと言うけれど、そんなことが出来るような心を持ち合わせてはいない。どこまでも下衆な連中だ。
「初めからそうすれば良かったんだよ。余計な手間かけさせやがって」
連中の一人がつかつかと高尾に歩み寄ると、身動きの取れない彼の顎を掴んで上を向かせる。瞳の鋭さは変わらないが、この状況では何の意味もない。こんな状況に陥っても変わらぬ色に不敵な笑みを見せると、空いている方の手に銀色のナイフが握られる。
「これ以上邪魔をされても迷惑だからな。オレ達に歯向うとどうなるか教えてやる」
痛い目に合わせてやれば二度とそんな気を起こしたりしないだろう。男はナイフを持った手をそのまま持ち上げる。迷いなく行われる動作を高尾はその目でじっと見ていた。そこまでしたいのなら好きにすれば良い。この程度で屈するような神経など持っていないのだ。連中とは比べ物にならない年月を重ねているのは伊達ではない。
その態度がますます男の怒りを煽ったのか、「この餓鬼ッ」と声を荒げると勢いよく腕を振り下ろした。切っ先は真っ直ぐに高尾へと向かう。
けれど、その痛みが高尾自身にやってくることはなかった。
「貴様等の言い分は聞いた筈だ。和成に手を出すことは許さない」
ポタリ、と流れる赤い雫に目を見開いた。おとずれるはずの痛みがこなかったのは、そのナイフごと緑間が男の手を掴んで止めたからだ。高尾に向かう予定だった刃先は、緑間の掌を貫いていた。
愕然と目の前の光景を眺めていたが、ふと我に返って高尾は慌てて声を上げた。
「真ちゃん、何やってるんだよ!! オレのことは良いから早く逃げろ!!」
このままでは最悪の事態に陥る。脳が危険信号を発しているのを感じながら目一杯の声量で叫ぶ。
しかし、ここまでするような連中なのだ。常に非道な考えをしてくる男がチャンスを逃す筈がなかった。ナイフを抜いて体勢を整えると、今度は緑間を捕え首筋に刃先を突きつける。
「これは丁度良いな。村の奴等が何を言おうと、お前がいれば文句など付けられまい」
この村で緑間の家がどれだけの存在なのかは連中も勿論知っている。その息子であり次期当主がこちら側についていれば、反対派の村人が多かろうと言い包めることは容易い。言質を取ってしまえばそれこそ早い話だ。
ああそうか。全ては連中の思惑通り。
数分前に緑間が気付いたことに高尾も気付く。ここに彼が来ることは計算外だったのだろうが、物事を連中の都合の良いように進められていたんだ。こうなってしまったのは何が原因なのか。
「さてと、足の一本でも折っておけば大人しくなるか」
「ついでに村人にも騒がれる前に話をつけて貰うか。抵抗したら、分かってるよな?」
自分のせいで怪我をさせてしまった。こんな状況になってしまったのも、感情を制御することの出来ない愚かな自分に責任がある。この先に起ころうとしていることは、何としてでも阻止しなければいけない。
閉じられた瞳が再び世界を映した時、高尾は本来の姿へと変化をした。小さな体は青年に成長し、人間には有り得ない耳と尻尾が揺れている。変化を解くと同時に高尾を抑えていた男からは抜け出し、更に身体は変化を続ける。
「お前達の悪行、緑間を傷つけた罪。全てにこの場で制裁を下す」
静かに言葉を紡ぐと、その身は狐へと姿を変える。しかし、以前緑間が会った時の姿とは違う。野生の狐よりも体は大きく爪は鋭い。禍々しい力が神社一帯に渦巻いていく。そこにいるのは、人でも動物でもない。神というにはあまりにも掛け離れた、物の怪と呼ぶに相応しい存在。
本物の妖を前にした男達は、動くどころか呼吸すらまともにすることが出来ずに立ち尽くしていた。そのまま次々と男達は倒れていく。くすんだ赤色が飛び散る。
そこに、本来の彼の姿など欠片も残っていなかった。男がやられた為に緑間は体が自由になったものの、現在の状況に呆然とした。
『もしも何かが起こったらオレを置いて逃げろ』
高尾が口にした言葉の意味を漸く理解する。傷つけたくないから絶対に守れと言った彼は、こういう状況になる可能性も頭の中で考えていたのだろう。そうなった時、感情のリミッターが外れて暴走してしまうことも知っていたに違いない。
そう、高尾は知っていたのだ。それはつまり、昔経験したことがあるということ。彼はあまり覚えていないと言ったけれど、人と関わらなくなった原因が何であるのか分かっていた。また繰り返す可能性を考えていて緑間に逃げろと言った。自分から離れさせようと、再び一人になることを考えていたのではないか。
「和成!!」
連中のことなど無視してただ彼の元へと急ぐ。彼は逃げろといったけれど、ここで逃げることを選んでしまったなら今度こそ彼は人間との関わりを遮断する筈だ。やっとまた関わろうと思えるようになったのに、こんな連中のせいで逆戻りなんてさせない。
男達を退けて彼の近くまで来ると、見慣れているはずの色が冷たく光る。自我を失った彼に敵と味方を判断する能力は残っておらず、鋭い爪が緑間に迫る。
(お前がまた自責の念に駆られないように。今のオレが願うのはそれだけだ)
人を傷つけただけ自らも傷つく彼。意識が戻った時に彼は自分を責めるのだろう。お前のせいではないのだと、自分を責めないで欲しいのだと。
遠のいて行く意識の中で、今はただそれだけを願った。
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