白熱した空気の中、ボールを追い掛けて無我夢中に走る。両校の応援がより一層大きくなって会場に響いている。
 残り時間は僅か。この一本、それで全てが決まる。


「緑間ァ!!!」


 真っ直ぐな軌道に乗ってボールが飛んでくる。最後に託されたボールを手に右足を踏み切った。
 コートに鳴り響くはブザー音。スコアボードに表示されている得点。中央に集まる審判の声。そして、湧き上がる会場。夏のIH決勝戦が終了した。
 高校バスケ最後の夏。東の王者秀徳は、IHの頂点に返り咲いた。








「よっしゃぁあ!!」

「本当に、本当にやったんですね! オレ達!!」


 ベンチに戻ると、一緒に戦ってきた仲間達が勝利に喜びの声を上げていた。中には涙を浮かべている人まで居て、漸く手にした勝利をチーム全員が喜んだ。
 暫くの間はそうしていたけれど、ずっと此処で騒いでいる訳にはいかない。学校に戻るぞと主将が声を掛けたのを合図に、オレ達は会場を後にした。監督から優勝おめでとうという言葉を貰って、このまま次のWCも優勝を目指すぞと次の目標に向かっての意気込む。この勝利は、オレ達全員が優勝を目指して努力して勝ち取ったものだ。人事を尽くしてきた結果が漸く出た。全員が各々の力を出し切り、必死で戦ったからこそ得られたものだ。


(決勝戦だったからな。やはり酷使していたか)


 ミーティングまで終わったところで、今日の部活は解散となった。ついさっきまで試合をしていたオレ達の休息の為であり、今日くらいはゆっくりするのも良いだろうという監督の気遣いだ。明日からはまた厳しい練習の毎日がまた始まるのだろう。優勝祝いに打ち上げに皆で行こうという話も誰かから出た為、また後で全員集まる約束になっている。
 それまでの間は自由時間、といってもそう何時間もあるわけでもないが。多くの部員達が体育館で盛り上がっているところで、見当たらない奴の姿を探し歩く。


(アイツの性格なら、本当は他の奴に混ざって騒ぎたいのだろう)


 目を酷使してさえいなければ、本来ならあそこに混ざっていそうなものだ。けれど、居ないということはそれだけ疲れているという証拠である。とはいえ、あそこに混ざって騒ぎたかったという考えが正しいとも限らないのかもしれない。勿論、周りと騒ぐのも好きなのだろうが。
 一体アイツはどこに居るのだろうか。深く考えずとも場所が学校で他の部員は体育館となれば、必然的に残っているのは部室だ。ガチャっと扉を開けると、こちらに気付いたらしい相手が「お疲れ」と声を掛けてくる。聞き慣れた声の方に視線を向ければ、探していた奴の姿を視界に捉えた。


「大丈夫なのか?」

「んー? まぁなんとかね」


 あれだけの試合をした後なのだ。そう言っていながらも辛そうなのは見て取れる。学校に戻って来る前の間と今とで少し休めているから、本人の言うようになんとか大丈夫ではあるのだろう。
 短いやり取りを終えると部室の隅に座っている高尾の隣に腰を下ろす。優勝して部員達と喜び合ったものの、高尾と二人で話す時間はこれが初めてだ。


「オレ達、本当に優勝したんだね」


 ポツリと出てきた声に耳を傾ける。
 今回の決勝戦。点差は均衡が保たれ、取っては取り返しての試合が第四Qにまで縺れ込んだ。全員が全員、勝利を掴むためにコートの中を走り回り、終了間際のボールは高尾の手にあった。チームの司令塔でありその目でパスの軌道を見極めることの出来る奴が最後に選んだのはオレだった。
 チーム全員の思いが込められたパス。客席から、ベンチから、コート内から聞こえる声援。パスを回すと同時に聞こえた高尾の声に、オレは秀徳のエースとして最後のシュートは絶対に外すわけにはいかなかった。ブロックしようとした手を交わし、多くの声援の中で放たれたシュートは綺麗な放物線を描いてゴールに落ちた。


「最後、真ちゃんなら決めてくれるって信じてたよ」

「オレもお前がボールを回すことを信じていたのだよ」


 オレのシュートが脅威であることは相手も分かり切っている。この終盤でオレにボールが渡ればスリーが来ることは目に見えているのだから。当然オレにボールを回せないようにマークは厳重にされていた。
 それでも、高尾ならオレにパスを回すと信じていた。奴なら、最後のボールをオレに託してくれると。
 一見パスコースなどないように見えても、高尾には唯一の軌道が見えていた。高尾は迷わずそのコースに乗せてボールを回した。それを受け取ったオレが放ったシュートは、ブザービーターで試合に決着をつけた。


「ありがとう。お前が居てくれたから此処まで来れた」

「それはこっちの台詞だ」


 それに、その言葉はさっきも聞いた。
 そう言えば、あれはチームメイト全員に向けた言葉だと返ってきた。そして、今のはオレに向けたものなのだと。


「それなら、オレも同じだな。お前が居てくれたから此処まで来れた。ありがとう、高尾」


 こうしてオレ達が優勝出来たのは、これまで一緒に戦ってきた先輩方や後輩、同級生を含めたバスケ部全員のお蔭だ。誰一人として欠けてはいけない、この仲間達が居たからこそ手にした勝利。チーム全員の力があったからこそだ。
 けれど、その中でも高尾は特別だ。一年の時からユニフォームを貰い、共に秀徳レギュラーとして戦ってきた相棒。高尾のパスがあってこそ、オレのシュートは活かされる。他の誰でもない高尾のパスがオレには必要だった。唯一無二の相棒だ。


「まさか真ちゃんにそう言われるとは思わなかった」

「お前は人を何だと思っているのだよ」

「そりゃ、オレのエース様だろ?」


 きょとんとしたかと思えば、すぐにクスリと笑みを浮かべた。相変わらず表情がコロコロと変わる。一歩部室の外に出れば部員達が大勢で騒いでいるのだろうが、こちらは静寂に包まれている。壁一枚挟んでいるだけなのに全く違う空間が出来上がっている。
 三年になったオレ達はいよいよ最上級生となった。周りは同級生と後輩のみ。部内では主将と副主将が決められるが、部員数の多い秀徳では三年に回ってくることが殆どだ。今までは先輩について行く側だったオレ達も後輩を引っ張って行く立場になった。そこで誰が主将になるのかというのは全員の疑問であり、ある程度は予想していなかったわけじゃない。
 バスケ部レギュラーの中で三年間そのポジションを守り続けてきた二人。オレ達のどちらかがその役割につくだろうことは周りも何となく予想していた。三年になった高尾は主将になり、オレは副主将としてチームを引っ張ってきた。


「日本一になれて嬉しいけど、なんかまだ夢みたいだよな」

「これは夢などではないのだよ」

「分かってるよ。でも、やっと夢が叶ったんだぜ」


 日本一になりたい。互いにきちんと話したのは一年前のIHでのことだ。入部した当初から日本一を目指していたが、それがやがてこのチームで勝ちたいと、この相棒と共に日本一になりたいと思うようになった。
 一年目はIH予選を通ることすら叶わなかった。WCでも頂点に立つことは出来なかった。二年目でもそれは果たせず、三年目になって漸く手にすることが出来た勝利。まるで夢のようだけれど、これは夢などではない。東の王者は高校バスケの頂点に上り詰めた。


「オレ、真ちゃんとバスケ出来て良かった」

「そういう言い方は止めろ。オレ達にはまだ残っているだろう」

「…………それもそうだな」


 その先の言葉を言うのはまだ早い。IHを制したオレ達には、まだ次の大会が残っている。先程の監督の話にもあったWCだ。まだオレ達のバスケは終わっていない。こういう話をするのは最後まで終わってからだ。その時にまた、改めて二人で話をすれば良い。
 どこか遠くを見ている目に気付いて、じっと見つめる。コイツは今、何を考えているのか。この大会でも鷹の目を散々使っていたが、視力はどうなっているのか。そんなことを考えていると、オレの視線に気付いたらしい高尾が顔を上げた。


「心配しなくても平気だって」

「お前の平気は当てにならん」


 オレの言葉にすぐ酷いと反応をしたが、それは己の行動を振り返ってからにするべきだ。少しは信じろと言われても、すぐに隠そうとするのだから仕方がないだろう。それも周りに心配をかけたくないと思ってしまうからだとは知っている。しかし、隠す方が逆に心配をさせているとは思っていないのだろう。
 だからといって、オレは高尾の言葉を信じていないわけではない。


「でも、真ちゃんには隠してないから」


 続けられた言葉のように、高尾はオレの前では隠し事をしないようになった。ちゃんと辛い時には辛いと話してくれるから、余計な心配をすることはなくなった。そうはいっても、高尾が自分の体のことを気にせずに行動に移してしまうのは変わらない。結局心配は絶えないが、以前と比べれば大分マシになっている。


「それなら強がるのも止めて欲しいんだがな」

「……努力はしてるって」


 性格的なものも含めて難しいところもあるのだろうが、ありのままに偽ることなく曝け出せる人間なんてそうそういない。高尾に言っていることをオレ自身は出来ているのかといえば答えは否だ。だから今の関係は十分良いものなのだろうと思う。
 本人が気を付けようとしているのは知っているから、そういう言動が出てしまっても溜め息を吐く程度だ。取り繕わない分、見て分かるから良いかと考えてしまうのは甘いのかもしれないが、そう素直な奴でもないのだから仕方がないだろう。


「じゃあ、ちょっとだけ我儘聞いてくんない?」


 高尾が我儘なんて珍しい。コイツは普段、オレの我儘を聞いてくれている。こういう時くらい、立場が入れ替わるというのも良いだろう。
 何だと聞き返すと、高尾は目を細めてゆっくりと言葉を紡いだ。


「真ちゃん、肩貸して? あと、時間になったら起こして……」


 そこまで言い終わると、色素の薄い瞳は瞼の下に消えた。返事をするよりも前に肩にかかる重みを感じたかと思えば、すぐに小さく規則正しい呼吸が耳に届く。本当、珍しいこともあるのだな。
 やはり今日の試合は相当疲れていたらしい。目の痛みも頭痛もあるだろうに、それよりも話すことを優先していたのはコイツらしい。流石にここまできて辛くなったらしいが、部の連中が打ち上げに行くまでにはまだ時間もある。


(時間までゆっくり休め。お疲れ、主将)


 コイツはチームの中心となりここまで頑張ってきた。使えば使うだけリスクを伴う鷹の目でチームを勝利に導いた。バスケの為に、オレの為にその目を使い続けてくれている。最後の大会でもオレ達はお前の能力を必要とするだろう。お前はこのチームで勝つ為にも、迷いなくその能力を使い続けるのだろう。そうやってお前がオレ達に尽くしてくれるだけ、オレもこのシュートでお前に尽くす。最後まで共に歩いて行くのだ。
 オレ達部員は、みんなお前を信じてついて行く。お前達がオレのシュートを信じてくれるのと同じようにみんなお前を信頼している。WCで頂点に立つのもオレ達秀徳だ。その先頭に立つ男をオレはこれからも支えていく。


(あまり無理はするな)


 チームの主将、エースの相棒。頑張っているのは分かるが、頑張りすぎるのは良くない。これまでのように二人で歩めば良いのだ。時にはこうして頼ることも忘れるな。お前が居なければ、ウチは勝ち進むことなど出来ないのだから。少しでも長く、共に同じコートの上に立っていよう。
 そんなことを考えながら、オレは自分よりも小柄な体が倒れないように腕を回した。数十分後、意識が戻ったコイツはまたいつものように笑うのだろう。その笑顔が失われないように…………。