より遠くから決めるからこそ意味がある。点数はより多い方が良いに決まっている。その考えが間違っていると思ったことはない。しかし、バスケはチームプレイだ。いくら長距離からシュートを決めることが出来ても、ボールを手にしなければシュートを打つことすら出来ない。このシュートを武器に戦うには、どうしても必要不可欠な存在があった。それは、オレまでパスを繋げることの出来る選手だ。帝光時代にパスに特化した黒子とプレーしていたが、アイツはより強い光に惹かれていた。
 そんなオレがこの秀徳高校で出会ったのは、黒子とは違ったタイプのパスを得意とする選手。鷹の目という特殊な空間把握能力を持った高尾和成だった。その目はオレのシュートと相性が良く、いつしかオレ達は相棒と呼びあえる存在になっていた。秀徳バスケ部主将、そして…………。








「なんで真ちゃんまだ残ってんの!?」


 HRも終わり放課後になってどれくらいの時間が経っただろうか。勢いよく後ろを振り返った高尾がそんなことを言った時、ちらりと見えた時計は五時を回っていた。なんでと言われても、お前が寝ていたからとしか答えようがない。午後になってから授業中なのにも関わらずに寝ていたのはコイツだ。
 そのまま伝えると「確かに寝てたけど、もう五時だよ!?」と驚かれた。次いで先に帰るなり起こすなりすれば良いのにと言われたが、急ぎの用事もないのだから心配はいらない。そういう意味ではないと言いたげな表情をしながらも、完全下校時刻が近いことに気付いたらしく鞄を手にして帰ろうと高尾は立ち上がった。それに続いて立ち上がると校舎を出て自転車置き場に向かった。普段はジャンケンをするのだが、待たせたからと言ってジャンケンなしで自転車に跨った。仮にジャンケンをしても勝つのはオレだろうとは思ったが、何も言わずに後ろのリアカーに乗った。


「真ちゃん、次からは起こすかなんかしてよ」


 ペダルを漕ぎながら、高尾は先程の教室での話に戻した。そうは言うが、実際に特に予定もないのだから別に構わなかった。
 もう部活も引退したオレ達は、放課後に特別やることはない。部活の方には時々顔を見せに行くが、毎日のように通っている者は居ないだろう。進路が決まっている者ならともかく現在も受験勉強に励んでいる人もおり、各々時間の空いている時に顔を出す程度だ。
 部活があった頃にはこんなことはなかったが、これも引退をしたからだろう。別に起こしたり置いて行くことも可能ではあったが、そこまでしようとは思わなかった。それに、起こそうとしなかったわけではない。


「声を掛けても起きなかったのはお前だ」


 寝ているコイツを見ながら、どうしようかと考えたのは一時間程前だったか。何もないのなら起こす必要もないかとは思いつつ、一応声は掛けてみるかと試してみた。だが、全く反応を示さなかったのは高尾の方である。何度か呼び掛けても意味がなかった為、このまま寝かせておくことを選んだだけのことだ。
 それを聞いた高尾は、明らかに気まずそうな表情を浮かべた。おそらく記憶にないのだろう。あれだけ寝ていたのだから記憶にないのも不思議ではない。


「そうだったんだ、ごめん。でも、起こすならそのまま起こして良いから」


 その言葉にとりあえず頷いたものの、次に同じことがあったとして起こすかどうかは分からない。今回のように用事さえなければ、オレはあえて起こそうとはしないだろう。授業中に寝るのは良くないが、放課後の場合は完全下校にならない限りは寝かせておいてやろうと思う。
 これも部活の影響なのだろうが、休息を取れる時には取らせてやろうという考えが先に出てくるのだ。鷹の目を使わずとも、高尾の視力は下がっていくと前に聞いている。オレにはコイツの体が今どういう状態にあるのか分からない。部活を引退しても気に掛けてしまうのは、友人としてか。


(または相棒としてなのか、それとも…………)


 この気持ちを自覚したのはいつだったか。初めは何とも思っていなかった。クラスメイトでありチームメイトである男。いつもヘラヘラ笑って軽薄そうな奴だと思った。
 それが一緒に居るうちに少しずつ変わっていき、今では相棒と呼べるような関係になった。オレの隣にコイツが居るのは当たり前で、ずっと続く筈がないと分かっているのにいつまでも続くものだと錯覚しそうになる。数ヶ月後に高校を卒業すると同時にオレ達の別れはやってくるのだ。


(卒業をしたら会うことも少なくなるだろうな)


 進学先も別々。毎日一緒に過ごす日々は確実に失われる。会おうと思えば会えるのだろうが、そもそもオレ達の関係はいつまで続いていくのかも分からない。けれど、少なくとも今はこの関係を保っていくことが出来る。


(今のままが一番、か)


 相棒だと認め合い友人として一番近くに居る。最初はただの勘違いか気の迷いだと思っていたが、考えれば考えるだけ自分の気持ちを自覚するだけだった。決して友人に対して抱いてはいけない気持ちを、オレはコイツに抱いてしまった。
 だが、この気持ちを伝えるつもりはない。今の関係が続いていくだけで良いと思っているから。オレ達はこの先も友人として付き合っていけば良い。危ない道など渡らずに今のままを続けていくことが、オレにとってもコイツにとっても良いのだ。ただの臆病者かもしれない。けれどオレはこの関係を崩したくないし、コイツが幸せになれるのならそれで良いと思っている。それこそがオレの幸せでもあるのだから。


「こうやって帰るのも後数ヶ月だな」


 聞き慣れた声に耳を傾ける。考えているのは同じことだったらしい。オレは相槌を打ちながら、残された数ヶ月のことを考える。リアカーでの登下校も、毎回のように行われているジャンケンも。あと数えるだけしか残されていない。
 部活を引退する時にも不思議な感覚だった。これでもう終わりなんだと、あまり実感が湧かなかった。確実に近付いてくる終わりより、ただ勝つことばかりに考えていたから終わりは唐突だった。いや、分かっていたけれどあまり考えないようにしていただけかもしれない。最後の大会だと話しながら、本当に終わってしまったんだと実感したのはオレ達の戦いが終わってからだ。正確には試合が終わってからもすぐではなく、高尾と二人で話しながら漸く実感したといった具合だ。


『オレ達のバスケも終わっちゃったね』


 部員達の前ではいつも通りに笑っていた高尾も、二人きりになると静かな声でそう告げた。泣いている部員達に来年は頑張れよと声を掛けて、ここまでこれたのもお前達が居たからだとお礼を伝えて。周りが敗北に悲しみを見せている中で決して涙を見せず、主将として最後までその役目を全うした。
 二人で秀徳バスケ部として活動してきた日々を振り返り、先輩達との思い出や大会のこと。様々なことを話しながら、オレ達のバスケは終わってしまったんだと実感していった。そうして話しながら、高尾は部員の前では見せなかった涙を零した。もう終わりなのだと、一緒にバスケをすることは出来ないのだと。オレ達はここにきて初めて理解したのだ。
 オレもバスケは高校までと決まっていた。この先バスケをやることはなくなるが、だからといってオレの場合はバスケが出来なくなるわけではない。けれど、高尾は違うのだ。


『真ちゃんと、もっとバスケしたかったな……』


 確実に失われていく光に、高尾は今後バスケをすることが叶わない。正しくは失明をするまでは可能なのだが、ただでさえ鷹の目を使い続けたことで失明の速度は早まっている。いくらそれまでの間はバスケが出来るとはいえ、高尾がバスケをすることはもうないのだろう。高校生である内は先輩として部に顔を見せたりはするだろうが、それだけだろう。
 高尾はずっとその覚悟を持ってバスケをしてきたのだ。オレはそれに応えるように、プレーで結果を出してきた。だが、まだコイツとバスケをしたいと思ったのは同じだ。それでも、終わりとは確実にやってくるものである。


「真ちゃんは高校生のうちにやっておきたいこととかある?」


 少し前のことを思い出していると、そんな疑問が投げかけられた。高校生のうちにやっておきたいことと言われても、ぱっと出てくるようなものはない。けれど、全然ないというわけではない。高校生という肩書きがずっと続けば良いのになんて馬鹿みたいなことを考えてしまうくらいには、オレにとってこの高校生活は大切なものとなっている。挙げようとするのなら、高校生のうちにやっておきたいことなど幾つもあるのではないだろうか。
 だが、それを口にするつもりはない。言ったところで変わらない現実もある。だから何もないことにしてしまう。


「特に思い付くことはないが、お前はあるのか」

「オレ? オレは…………」


 逆に聞き返してみるが、こちらも答えに迷っているようだ。オレ達が高校生である時間など人生のほんの僅かだ。けれどまだ高校生で居たいと、バスケを続けていたいと思うのは一人だけではないのかもしれない。答えに悩んでいる様子からしてもおそらくそうなのだろう。
 考えているのは同じことではないだろうか。全部が全部同じではないだろうが、友人や相棒として抱いている感情は似たようなものだろう。それ以外のことは、心の中だけに留めておく。


「オレも特にはないかな」


 暫く間を置いた後に同じような答えが返ってきた。やはり最終的に出す結論はそれだったようだ。あえて何も言わないのはこちらも同じだからだ。答えるまでの時間こそが、オレ達の思う高校生のうちにやっておきたいことの数々なのだろう。目には見えないけれど、互いにそれは確かに存在しているのだ。


「あ、そうだ。今度部活行った時に1on1しようよ。真ちゃんとやってみたい」

「別に構わないが」

「じゃ決まりな!忘れんなよ」


 何も言葉にしない代わりに、残された時間を大切に過ごそう。やりたいと思うことをやりながら思い残りはないように。今まで人の我儘を聞いてくれたコイツのやりたいと思うことを少しでも叶えよう。そして、この高校生活を悔いのないように十分過ごそう。高校生である時間だけでもお前の隣に。
 次はいつ部活に顔を出すかを話をしながらの帰り道。バスケの話をしている時の笑顔が、卒業した後でも見られることをこっそり願う。オレはお前という相棒に出会えて良かった。高尾と一緒にするバスケが好きだ。お前のような相棒に巡り会えたことは、オレの人生の中で何物にも代え難い出会い。決してその光を失わせはしないと、一人胸の内で決意をする。