誰に反対されようと関係ない。オレにとってはこれが一番大切だった。その為なら、オレがこれを選んで起こるだろうことも受け入れる。本当、どんだけバスケ馬鹿なんだって自分でも思う。だけど、オレはこの――高校でのバスケを続けていきたい。オレにとって最高のパートナーであるアイツとのバスケをプレイしたかった。
医者には、それがどういうことになるのかを順を追って丁寧に説明された。一時の感情を優先させるより、この先の未来のことを考えるべきだと。それでもオレの気持ちは変わらない。高校時代は今しかないんだ。これからの人生では絶対に体験出来ない。今しか出来ないことがある。
「それでも、オレはバスケを続けます」
はっきりと強い意思を向ければ、医者も渋々ながら納得してくれた。オレの為に言ってくれているとは分かっていたけど、最後はオレの意思を尊重してくれた。少しでも良くなるようにと色々と力になってくれて、その医者にはとても感謝している。
ライバル達との試合
新年度になり部活のメンバーも大幅に変わった。
三年生はWCを最後に引退をし、三月にこの学校を卒業していった。後輩であるオレ達に沢山のことを教えてくれた先輩達。怒られたり厳しかったけど、先輩達と同じコートに立って試合に出たことをオレは忘れない。本当はもっと先輩達と一緒にバスケをしたかった。きっと部の誰もが思っていただろう。そんな先輩達に、オレ達の分も頑張ってくれと秀徳バスケ部を託された。
四月になると新入部員を迎え入れて、新しいメンバー達と練習の毎日だった。去年一年レギュラーだったエースの緑間とオレは、今年もレギュラー入りをした。新しい仲間と共に、秀徳バスケ部はIH予選に挑んだ。
「あれ、此処は…………」
重たい瞼を持ち上げると、見慣れない天井が飛び込んできた。此処はどこだろう。それよりどうしてオレはこんな場所に居るのか。そもそも、オレは何をしていたんだ?
そこまで考えたところでオレは勢いよく起き上がった。が、同時にやって来た頭痛に頭を押さえた。
「一人で何をやっているんだ」
それから聞こえてきた声になんとか顔を上げる。何やら険しい表情をしながらウチのエース様が立っている。怒っているというのは一目見ただけで分かった。だけどオレは今、まだ現状さえまともに把握出来ていない状態だ。自分のことさえ理解出来ていないのに、緑間のことなんて分かる筈もない。辺りに広がる白といきなり起き上がった反動の頭痛で、少しは自分の置かれている状況を理解することは出来たけれど。
「真ちゃん、オレ、どうなったの?」
「……覚えていないのか」
全く覚えていない訳ではない。今日がIH予選でさっきまで試合をしたっていうことは覚えている。それから此処が医務室か何かで、そんな所に居る自分は鷹の目を使いすぎたんだろうってことも分かった。
だけど、それ以外は記憶にない。オレが緑間の言葉に頷くと、暫く間を置いてから試合後の話を始めた。
「試合が終わった後、勝手にどこかに行ったお前を探していたら倒れていた。だからこの医務室まで運んできたところなのだよ」
話を聞きながらぼんやりとその時のことを思い出した。ブザーの音が聞こえて試合終了。それから控室に戻ることになったんだけど、オレは試合中から感じていた痛みが酷くて一人でこっそり抜け出した。いつもは誰かしらに適当に声を掛けてから行くけどそんな余裕もなくて、とにかくこの痛みをどうにかしないとって思ったんだ。
その先は緑間が話した通りなんだろう。とりあえず人目に付かない場所を探して、そこに着いてからのことはさっぱり覚えていない。何も言わずに居なくなったオレを探しに来たのが緑間だった、って訳か。
「それで、お前はどうしてあんな所に居たんだ」
次に来るであろうと思っていた質問がそのままきた。それもそうだろう。勝手に居なくなったかと思えば倒れていたんだ。何かがあるってことはそれだけで分かり切っている。誤魔化そうにも頭がろくに働かないせいで何も思いつかない。このままじゃマズイっていうのに、オレには何の術もなかった。
真っ直ぐに向けられている緑間の視線が痛い。もうこれ以上は隠せないと悟った。また、緑間にはちゃんと話さなければいけないと思った。同じ部活の、レギュラーの、相棒にいつまでも嘘は吐けない。
「緑間、オレはお前にずっと言ってないことがある」
これまでずっと隠し通してきたこと。緑間だけじゃない、先輩や監督にも話していない。家族や医者を除けば初めて人に話す。
「オレの目のことは知ってんだろ?」
「鷹の目か」
「そ、コート全体を見渡すことが出来る特殊な目。これを使いすぎると、目が痛くなったり頭痛がしたりすんの」
出来るだけいつもの調子で明るく話そうとしてみた。重い空気になるのはオレが嫌だったし、どんな風に話せば良いのか分からなかったっていうのもある。どんなに取り繕っても内容は同じなんだけど、それでもちょっとは変わるかと思って。
けど、目の前では翠の瞳が大きく開かれていた。この目を使ってそんなことが起こるとは思ってなかったんだろう。あ、でも今頃は特殊能力に何もリスクがない訳がないって思っているかもしれない。
「…………どうして今まで言わなかったのだよ」
「別に大したことじゃないから。ガキの頃は無意識に使って倒れたこととかもあってさー。まぁでも、生活してるうちに慣れたから今ではそんなの普通なんだよね」
こういう時にどう処置をすれば良いのかは分かってる。そう、分かっていた。ただ普通の人よりも視野が広くて、その分情報が多く入って来るから目や頭にくる時がある。それはちょっと処理が追い付かなくなっているだけだと思っていた。だから痛みを感じるんだとばかり、実際もそうだったんだと思う。現に、特にこれといった問題もなく生活していたんだから。
「お前が時々試合の後に一人で居なくなるのは、全部そのせいだったのか」
「そういうことになるかな。ってか、真ちゃん良く覚えてるね」
「気付いていたのだよ。お前が辛そうにしていたことくらい」
それが鷹の目を使いすぎたからだとは思わなかったが、と続けられたのにはオレの方が驚かされた。オレはそんな素振りを見せたつもりはないし、真ちゃんが気付いているなんて思わなかった。
だけど、考えてみればあの時もそうだった。オレがこの目を使いすぎて一人になっている時、探しに来たと言って傍に居てくれた。思い返してみれば、こんな所に居たのか、何をしてるんだって。何かしらの理由を付けて真ちゃんはオレを見付けてくれた。それは全部、オレの異変に気付いていたからだったんだ。
「ごめん、真ちゃん。ずっと隠してて」
気付いていて今まで何も聞かなかった。それはやっぱり、オレが隠して何も言わなかったからなんだろう。深く追及したりしないで、それでもオレのことを気に掛けてくれて。本当、真ちゃんは優しいんだよな。今だってオレが話してくれたから良いって言ってくれる。そんな奴に嘘を吐き続けてたなんて、オレって最低だ。でも、だからこそ真ちゃんにはもう嘘を吐かないで全部話すって決めたんだ。
「そういえば、オレが此処に居ることは皆も知ってるの?」
「いや、お前を探してくると言ってそのまま来た。だからこれから話をしてくるが」
もう話は通っちゃってるかと思ったんだけどそうでもないらしい。真ちゃんは気付いてたっていうし、オレが目を覚ますのを待っててくれたんだろう。時間はまだ大丈夫だったから。
倒れたなんて知られたら当然その理由を聞かれる。それでこの目のことが知られたら、今まで誰にも話さずに隠してきた意味がなくなってしまう。話が通っていないのなら好都合だ。
「ならこのことは秘密にしておいて。オレにとっては何の問題もないし」
「そういう訳にはいかないのだよ。またいつ倒れるかも分からないのに放っておけるか」
「真ちゃんの気持ちは嬉しいけど、色々あってね。でも、真ちゃんだけには全部話すから」
この言い方は卑怯だと自分でも思う。だけど、こうでも言わないと納得してくれないだろ。どっちみち納得はしてくれないだろうけど、まだ何かあると分かればそれを聞いてくれると思ったから。そんなことしなくても話すつもりだったけど、オレはこのことを知られたくなかった。
オレはこの目でレギュラー入りしたようなもので、その裏にあるリスクがバレたらレギュラー落ちは有り得ない話じゃない。結局は自分勝手な理由でしかないんだけど、オレは緑間がエースである高校三年間で一緒に勝利を目指したかった。こんなに相性の良い奴は初めてで、鷹の目があればコイツのシュートを活かしてやれると思った。その為にこの目を使うって決めたんだ。
不満そうな顔をしながらも、とりあえずはオレの話を聞いてくれるらしい。緑間が分かったと言うのを聞いて、オレは話を続ける。
「昔は目が痛くなったり頭が痛くなったりするだけだったんだ。というか、高校入学した頃もそうだったんだよ。使いすぎたら疲れるってだけの能力で他にリスクなんてなかった」
過去形なのは間違ったからではない。その点は緑間も気になったらしく険しい表情を見せたが、今となってはもう過去形でしかないんだ。そう、だって。
「この目を使い続けてたら、オレは視力を失うらしい」
そう言った途端、緑間は愕然とした。いきなりこんな事実を伝えられたら驚くのも無理はない。オレだって、医者に言われた時は時間が止まったのかとさえ思った。現実って残酷だなと思ったけど、普段とは違った痛みを感じた時点で何かあるのかもしれないと考えてなかった訳じゃない。まさかここまでのこととは思わなかったけど、オレの選択肢はとっくに決まっていた。だから、それを受け入れて今も部活に打ち込んでいる。
「でも、深刻に考えなくて平気だぜ。オレは好きでバスケをやってるし、使いたくてこの目を使いたくって使ってる。それだけのことだから」
「どうして平然としていられる」
大丈夫だって言おうとしたのに、静かな声がそれを遮った。出来る限り明るく話してたのに、空気は徐々に重くなっていく。こういう空気になるのがオレは嫌だった。いくら取り繕ってみてもオレだって人間だ。空気が重くなっていくとつい現実を思い出して、気持ちも沈んでいく。ダメだ、平常心を装わないといけないのに。
「真ちゃん、心配してくれるんだね。少しはオレも認められてる?」
「ふざけるのはいい加減にするのだよ!」
ああ、怒られちゃった。だけどさ、こうでもしてないとダメなんだって。全部纏めて蓋をして心の奥底に押しやったものが零れ出ちゃうから。いや、もう手遅れだけど。
「ひっでぇな、真ちゃん。人が明るく振る舞ってんだから、ちょっとくらい騙されてよ」
力のない笑みを浮かべると、すまないと謝罪された。何も謝ることなんてないのに。むしろ、謝らなくちゃいけないのは隠し続けてきたオレの方だ。
こんな姿を見せたくなかったから隠してきたのに、結局はそれすら出来なかった。話すにしてもせめてそんな部分は見せないようにしようと思ってたのに、何もかも誤算ばかりだ。まだ頭が働いていないのかな。それとも、ポーカーフェイスは得意だと思ってたけど実際はそうでもなかったとか?ううん、相手が緑間真太郎という男だからだ。
「オレだって色々考えたよ。医者にはバスケを止めろとまで言われた。でもね、オレは高校三年間お前に尽くすって決めたんだ。まぁ、ただのエゴなんだけどね」
綺麗な言葉を並べてみたって、それは全部オレのエゴに過ぎない。だけど、一度きりの人生なんだ。今此処でバスケを止めたら、オレは一生後悔すると思う。だから後悔しない選択肢を選んだだけ。オレの我儘を受け入れてくれた家族や医者には、本当に感謝している。
「オレさ、真ちゃんと一緒に日本一目指したいんだ」
その為なら、いくらだって鷹の目を使う。オレは緑間が日本一になるのを、オレ達秀徳が日本一になるのを見たい。このチームで高校バスケのトップを目指したい。だから、誰が止めろと言っても絶対に止めるつもりはない。勝負する前から諦めるなんておかしいだろ。オレ自身が納得出来ない。
ここまで一人で話をしてきたけど、そう簡単な問題ではないことはよく分かってる。あくまでもこれはオレの意見。初めにあんなこと言っちゃったけど、最後にどう判断するかは緑間だ。
「これでオレの話は終わり。最初に秘密にしてって言ったけど、真ちゃんの判断に任せるよ。自分勝手だって思うだろうし、軽蔑したって構わない。オレは――――」
喋っている途中で、いきなり額に痛みが飛んできた。この痛みはオレが目を使いすぎたからじゃない。物理的な痛みで、この場でそれをするような奴は一人しかいない。
「イッテ! いきなり何すんだよ、真ちゃん!」
「自業自得だ」
突然デコピンをしてきたかと思えば、次は自業自得なんて言われるし。どうしてそうなるのかさっぱり分からないんだけど。そりゃぁさ、授業中に寝てたからノートをとれなかったっていうのは自業自得だよ。でも今はそんな話じゃないっていうか、自業自得って言われるようなこと言ってない。それともオレが気付いていないだけなの?真ちゃんの態度を見る限り、どう考えても後者な気がするけど。
「いきなりそう言われても、オレ何か言ったっけ? それと、これでもオレ病人だからね」
「そう思うのなら少しは大人しくしていろ」
「大人しくしてるじゃん。むしろいつもより静かでしょ」
どうしてそこで黙るんだよ。終いには溜め息を吐かれるし。救護室には人が少ないし目も休められたから具合は大分良くなったけど、本調子とまではいってない。普段通りを装いつつも比較的静かな方だったと思う。
だけどこの反応を見ると、オレの様子は普段とそこまで差がないのかもしれないのかもしれない。もうそれならそれでも良いや。いつも通りに出来ている方がこの後戻った時にも不自然には見えないだろうから。
「これだからお前は駄目なのだよ。一人で考え過ぎるな。大体、オレはとっくにお前のことを認めているのだよ」
あれ、なんかとんでもないことを言われた気がする。さらっと言ってのけたけど、凄い重要なことを言ったよね?入学してからこの方ずっと一緒に居るけれど、オレの扱いなんて下僕みたいなものだった。オレが勝手に付き纏って、いつかちゃんと認められたいなって思ってた。自称じゃなくて相棒って言える関係になれたら良いなって、ずっと思ってた。
「馬鹿なことを考えてる暇があるなら人事を尽くせ。オレ達は日本一になるのだよ」
一息に捲し立てられて、何も言う間もなかった。だけど、真ちゃんが言いたいことは全部分かった。オレの独り善がりなんかじゃないってことに今気が付いた。真ちゃんはいつからかオレのことを認めてくれていて、一緒に日本一を目指そうって言ってくれた。
あーもうホント、どうしてこういう時にオレが欲しかった言葉をくれるんだよ。真ちゃんに何言われるかって内心ビクビクしてて、実際には否定されることも拒否されることもなく受け入れてくれた。
「真ちゃんが急にデレるから調子狂った。どう責任とってくれるのよ」
「それはオレのせいではないのだよ」
「真ちゃんのせいだってば。暫くこっち見んの禁止」
理不尽なことを言ってるって?でも真ちゃんが急にデレて結構ビックリしたんだよ。欲しかった言葉をくれただけでも嬉しすぎて感情が溢れそうだったのに。今まで一人で抱えていたものを人に話して気が楽になったっていうのと、それを受け入れてくれたのとが相まって我慢の限界だ。
俯いて顔が見られないようにする。何で涙なんか流れて来るんだろう。医者に話を聞いたときだって泣いたりしなかったのに、どうして今になって。早いとこどうにかして、そろそろ皆の元に戻らなくちゃいけないっていうのに止まってくれない。涙を拭う為に腕を顔のところまで持ち上げると、目をこするよりも前に腕を掴まれた。
「目をこするのは良くないのだよ」
うん、確かにそれは良く聞く話だよね。目は腫れるだろうし。やっちゃいけないって分かってても、ついやっちゃうっていうか。ほら、他に何もないとさ。
それよりも。なんていうか、この状況はおかしくないか?
「…………あの、真ちゃん?」
「何だ」
普通。至って普通。オレの感覚がおかしいんじゃないよな。どちらかといえば真ちゃんの方がおかしいんだよな、きっと、っつーか絶対。
そっと涙を拭いてからそのまま腕の中に収められた。オレを落ち着かせようとしてくれるっていうのは分かるんだけど、これを平然とやってのける真ちゃんは凄いと思う。こういうとこ天然だよな。まぁでも、温かくて心は落ち着いた。男の腕にすっぽり収まっちゃうオレもオレだけど、それは真ちゃんが大きすぎるだけなんだ。
数分くらいそうした後に離れるとありがとうとお礼を述べて、そろそろ戻った方が良いよなと控室に向かう。ちょっと長居をし過ぎたみたいで、先輩に早くしろと怒られた。
さてと、次の試合も頑張らないとな。オレ達はこんなところで負けてられないんだ。
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