オレの意見を尊重してくれた医師は、目に痛みを感じた時にどう処置をすべきかとか色々と説明してくれた。それは小さい頃にも聞いていたし毎度自分で処置してたから分かってたんだけど、一応確認も兼ねて聞くように言われた。
「くれぐれも無理はしちゃいけないよ」
一通りの説明を聞いた後で念を押すように言われた。それくらいはオレも分かってる。普段はセーブしてるし、試合だってそれなりに考えて使っている。負けるなんて選択肢はないから、勝つ為ならいくらだって使うけれど。それ以外では無理なんてしない。いくらそれを受け入れたって、出来るなら光を失うなんてしたくないから。
だけど、オレにとって唯一の光が見えるのなら。他には何もいらないとは思った。
波に揺れる景色
「真ちゃん、早くこっち来いって!」
遠くからはしゃぎ過ぎだなんて声が聞こえてくる。オレ達が今居るのは海。先に波打ち際まで辿り着いて後ろを振り向けば、いかにも面倒だと言いたげに真ちゃんがこっちまで歩いてくる。
「大体、どうして海なのだよ」
「そりゃぁ海があるからっしょ! 行かないなんて勿体ねーじゃん」
「時期外れの海で何をするのだ」
季節は秋。しかもどちらかといえば冬に近い。こんな時期に海に来るなんて物好きぐらいかもしれない。でも、今日は海に行っている奴は多いと思う。オレ達は今、修学旅行で沖縄を訪れている。他では見られないこの地の海を見ようと、自由行動の計画で組み入れている人は多かった。ホテルのすぐ近くにも海があるし、ちょっと寄ってみようか程度で予定に入れられたりもしているだろう。でもって、オレ達もその中の一組という訳だ。
「海を見るのも楽しみ方の一つだろ? 流石に入るのはマズいし」
海に来たとなれば泳ぎたいと思わなくもない。けど、この時期の海といえば水温は大分低いだろう。その中で入ろうという考えに至るほど馬鹿じゃない。授業で計画を立てる時に、海に入れるのかっていうお決まりの質問は誰かがしてた覚えはあるけれど。勿論、先生はいくら沖縄でも入れないと答えていた。
今日は自由行動でオレは真ちゃんと一緒に色んな場所を見て回った。有名な水族館だったり観光スポットといわれているような場所をタクシーで移動するなんて豪華だよな。タクシーなんて高くて滅多に乗れるものじゃない。それでもって、最後に来たのがホテル近くにあったこの海。
「そういえばさ、一年くらい前に海行こうって行った時も真ちゃんは季節外れだって言ったよな。結局来ちゃったけど」
「あの時も今回もお前が行くと言い出したのだろう」
「近くに海があるのに行かないのは損だろ。それと、あの時の海は例えだってば」
まだ一年だった頃の部活の帰り道。あの時は海に行きたいんじゃなくて、真ちゃんと出掛けたいって意味で誘ったんだよな。出掛けるよりバスケの方が良いなんて振られたんだけどさ。
それからも何度かは誘ってみたんだけど、OKして貰えたのは何回くらいだろう。毎回ダメ元で聞いてその殆どはやっぱりダメで。だけど時々OKしてくれることがあった。どこに行くかを決めるのは全部オレだったけど。まぁ、この自由行動を決めた時も似たようなもんだったんだけどな。
「修学旅行ももうすぐ終わりだね。楽しかった?」
「まあまあ楽しめたのだよ」
相変わらず素直には答えないけれど、それがどういう意味なのかは理解出来る。まあまあって言うことは結構楽しめたんじゃないのかな。修学旅行といえば勉学の為であり思い出作りの為の旅行だ。勉強が前提にあるとはいえ、やっぱり楽しめなくちゃ意味がない。その修学旅行も明日で最後だ。
「もう来年はオレ達も三年だぜ。真ちゃんは進路とか決めてる?」
何気なく尋ねてみたけれど、返ってくる言葉は予想出来ていた。しかし、意外なことにその予想は半分は当たっていたけれど半分は外れたようなものだ。当然だとか当たり前だとか言われるんだとばかり思っていたんだけど、肯定はされたもののそこまではっきりとした答えは返ってこなかった。
珍しいなと思いつつ進路となればそんなもんかもしれない。高校から先の進路といえば将来にも繋がるから。中学から高校と、高校からその先とではやっぱり違うのだ。かくいうオレはといえば、まだ進路なんて殆ど考えていない。それより今は部活のことばかりだし、それは真ちゃんも同じなのかもしれない。
「明日の見学が終わったらまた長い移動だぜ。もっと移動時間が短くなればその分遊べるのにな」
「お前はまだ遊び足りないのか」
遊び足りないって程じゃないけど、遊べる時間が増えるならその方が良いかなとは思う。でも、そろそろバスケもしたいななんて思ったりもする。場所が場所なだけに移動時間がかなり掛かるんだよな。そんなことに文句を付けたところでどうしようもないんだけどさ。こういうのは最後まで楽しまないとな。
顔を上げると翠色の瞳と目が合った。ちょっとした思いつきで背伸びをして手を伸ばすと、眼鏡を手に取った。当然上からは何をするんだって怒鳴られたけど、これも慣れている。
(やっぱ度は強いよな。頭痛くなるし)
真ちゃんの目が悪いことは一年の初めの内から知っている。人と物とを見間違えるくらいなんだから相当視力が低いっていうのはすぐ分かった。どれくらい度が入ってるのかって聞いて、今みたいに勝手に借りて眼鏡を掛けたことがあった。想定はしてたけどれ以上に度が強くて、掛けた途端に頭がグラっとした。そんなオレを見ながら言わんこっちゃないとばかりに眼鏡を取り返された。
「高尾?」
その声ではっとして、奪った眼鏡を真ちゃんに返した。やっぱキツいななんて笑ったけれど、何の反応も返ってこない。絶対何かしら言われると思ってたんだけど。
別に怒られたい訳じゃないから良いか、なんて思ったのも束の間。眼鏡を掛け直した真ちゃんに肩を掴まれて向かい合わせにさせられたかと思えば、そのまま左手で顎を掬われた。更には、一気に顔が近付いてきて軽くパニックになる。
「え、あの、真ちゃん!?」
どうしてこうなってるの?マジで理由が分からないんだけど。ってか、顔近いし!真ちゃん睫毛長いな。顔整ってて美人だし、これで女の子だったら誰も放っておかねーよ。いや、今も十分モテてるんだけどさ。真ちゃんが女の子だったらオレ惚れてたかもしれない。
……って、オレは何考えてるんだよ。もうろくに頭働いてねーじゃん。でもさ、いきなりこんなことされたらどうすれば良いのか分からないよな?なんかスッゲー見られてるんだぜ。どうすれば良いのよ、オレは。
「ねぇ、真ちゃんってば」
「高尾」
「へ? 何?」
「目は大丈夫なのか?」
いきなり何なのオレ何かしたっけ?一人でぐるぐる考えていたら名前を呼ばれて、なんとか何かと聞き返したらまた意外な言葉が出てきた。そこに来て漸くオレは少し冷静さを取り戻した。
目?って一瞬思ったけど、つまりそのまんまの意味だろう。前に眼鏡を借りて掛けた時にはスグに悲鳴を上げたのに、今回はそれがなかったから不思議に思ったんだと思う。それくらいしかこの行動の理由なんて思いつかないし。こういう行動だけは今もオレには理解出来ないんだよ。だって、これは天然でやってるんだろうから。
とりあえず大丈夫だって答えれば、真ちゃんは「そうか」と手を放してくれた。女の子がこんなことされたら一発で落ちるよ、本当。って、だから何でそうなるんだよ!
「どうした。具合でも悪いのか?」
「全然そんなじゃないから。それより、そろそろ戻ろうぜ」
夕方で良かったってこれ程までに思ったのは初めてだ。夕焼けのせいって言い訳出来るからな、ベタだけど。時間的にも戻らないといけない時間になってたし、会話としても不自然なことはなかっただろう。
それにしても、やけに胸が高鳴っている。真ちゃんは美人さんだけど男だし、何より大事な相棒だぜ?オレ、どうしっちゃったんだろう。さっきのことが突然すぎて驚いて、それがまだ収まらないだけだよな。うん、そういうことにしておこう。ホテルに着く頃には収まっているだろうと結論付けて足を進める。
海に浮かぶ夕焼けはとても綺麗だった。
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