医者にこの目を看て貰ってから、オレは定期的に医者に通っている。あまり必要ないんじゃないかとオレは思うんだけど、それくらいはちゃんと通いなさいって言われてるんだよな。忙しくて行けなかったりするとこれがまた怒られんの。ちょっとくらい大目に見てくれても良いのにな。


「また目を酷使したようだね」

「言う程使ってませんよ。この間まで大会があったから、ちょっと多く使っただけです」


 通ってるといっても大したことはしていない。半分は雑談みたいなものだ。それも此処が近所の小さな病院だからだろう。昔から世話になっているし今では定期的に通っているから、医者だけじゃなくて看護婦さんとも顔馴染みだ。とはいっても、小さい頃に来た以外は殆ど来ていなかったから初診同然だと思ってた。意外なことに珍しいからと覚えられていたんだけどな。
 高校バスケの大会がいつ開催されているかを医者が知っている筈もなく、説明をし終えると無理はしすぎないようにと注意された。それくらい分かってるけど、今の高校バスケといえば相手はキセキの世代といった連中だ。どうしてもこの目は必要でつい使いすぎてしまう。それで一つでも勝てるならそれに越したことはない。








 いつからだったか、試合が終わった後で二人で抜けるようになった。一年の時は大体オレ一人だった。冬ぐらいから時々探しに来られるようになった。二年のIH予選の出来事があってからは、オレが居なくなる度に必ず来てくれた。そんでもって、今はオレがチームを離れる時には一緒に来てくれる。時にはオレが行くよりも前に引っ張られていくことさえある。
 そう、今もオレは真ちゃんに手を引かれて外まで連れ出されたところだった。


「なんかさ、もうこれが普通になってねぇ?」


 連れ出されることがっていうか、オレ達二人が試合後にどこかに行くことが。最初の頃は全然なかったんだけど、最近ではその頻度も少し増えている気がする。原因は分かり切っている。鷹の目の使い過ぎ。


「お前は黙って休んでいれば良いのだよ」

「はいはい、分かってます」


 適当に受け流しながらオレは自分の目を休める。
 結局、この目のことを真ちゃんは監督や他の部員には話さなかった。このことはオレ達二人だけの秘密となっていた。言わなくて良かったの?って聞いたら、知られたくないんだろうって言われて心の中でありがとうと告げた。
 試合後に目を休ませることはあっても、プレイ自体には支障が出ないようにしている。それこそ支障が出た日には即スタメン落ちだろう。まずバスケ自体止めさせられかねない。学校側で責任なんて取れないからな。そんな失敗はしないけど。


「今は慣れたけど、初めは何事かと思ったよ。真ちゃんが何も言わず誘拐するから」

「誘拐などしていない」

「冗談だって。でも本当に驚いたんだぜ?」


 今より数ヶ月前。オレがこの目のことを話してから数週間が経った頃。
 あの時もいきなり体育館の外に連れ出されたんだ。今はそういうこともあるけどあの時は初めてで、どこに行くつもりなんだろうとかさっぱりだった。






「ちょっと、真ちゃん。どこまで行くのよ」


 引っ張られるまま外に出て、立ち止まったのは人目に付かないような場所まで来てからだった。どうしてこうなったのかくらいは分かってるんだけどさ。オレが試合終って部員達から離れる理由なんて一つしかないから。


「とりあえず座れ」


 断る理由もなかったし、素直にその場に座った。連れ出されたのはオレが目を使いすぎていることに気付かれたからだ。オレ自身も休もうと思ってたから、真ちゃんが居なくても一人で抜け出してこういう場所に来ていただろう。要は目を休めろってことなんだ。
 すると、突然何かを押し当てられた。乱暴にではなくそっとだったんだけど、それが熱くて思わず声を上げた。


「熱っ! って、これ。どうしたの?」

「いいから目に当てておけ。少しは楽になるだろう」


 とりあえず言葉に従ったけど疑問はある。確かにこれは目の痛みを和らげる方法として正しい。だけど、何でそれを真ちゃんは知ってるんだろう。温かなタオルもどこから用意したのかって聞きたいし、気になることだらけなんだけど。だからオレは目にタオルを押し当てたまま、その疑問を本人に直接尋ねることにした。


「ところで、何で真ちゃんがこんなこと知ってるの?真ちゃんも目が痛くなることがあるとか?」

「いや、オレはそんなことはないのだよ」


 可能性として有り得そうなものを挙げてみたけれど違ったらしい。ならどうして、と聞いたら何も答えが返ってこない。不審に思ってなぁと言おうとしたところで、普段より僅かに小さな声が耳に届いた。それが信じられなくて、思わず「真ちゃんが!?」と顔を上げた。そうしたら見事に睨まれた。
 大人しくタオルを当てて黙ったけど、オレがこんな反応を返すのも無理はないと思うんだ。だって、真ちゃんがわざわざ黒子に連絡をしたって言うんだよ。正確にいえば、黒子を通して誠凛のオレと似たような目を持っている伊月さんに聞いたらしい。オレの鷹の目と似た能力である鷲の目を持っているから、そういう症状があるかもしれないって思ったんだって。それで、その時にどうしたら良いのかを教えて貰ったそうだ。


(まさかあの緑間がね…………)


 まず黒子と連絡を取っていたことに驚いた。連絡なんてオレだって必要事項ぐらいしかしないっていうのにあの黒子に連絡をしたんだろ?多分黒子も驚いただろうな。しかも、更にはそこから伊月さんに聞いてこういう時の処置を教えて貰ったんだろ。二人の間でどんなやり取りがあったのか単純に気になる。
 それでもって、オレはまた試合で鷹の目を多く使っていた。だから試合が終わって此処に連れてこられて、こういう状況になった訳だ。それもこれも全部、オレの為にしてくれたんだよな。


「もしかして、オレって大事にされてる?」

「今頃気付いたか」


 思ったままに口にはしたけれど、そんな反応をされるなんてな。調子に乗るなとでも言われると思ったのに。悉くオレの考えは外れているらしい。それは真ちゃんが素直に話してくれているから。


「なんか、真ちゃん優しいね」


 オレがこんな状態だからかもしれないけれど、いつものツンデレはどこに置いてきたんだか。この痛みが引くまでは一緒に居てくれるつもりなんだろう。時々探しに来てくれた時だって大体がそうだった。こんなに尽くして貰って良いのかな。普段はオレがあれこれしているだけに、逆にこういうことをされるのには慣れてない。でも、こういう優しさはありがたく受け取っておくべきだろう。

 それは、ある日の体育館の一角での出来事だった。






「ちょっとくらいなら視界を閉じてじっとしてれば収まるのに、真ちゃんもよくやるよな」

「お前は自分のことを軽く考え過ぎなのだよ」


 そんなことないと思うんだけどな。オレだってそれなりに自分の身体も大事にしてる。あんまり無茶はしてないと思うぜ。バスケに関してはノーコメントで。


「オレさ、物好きだとか言われるんだけど、真ちゃんも同じだと思うんだよね」


 高校に入ってからクラスメイトに何度も言われたことがある。それはオレが緑間と一緒に居るからっていう理由だったんだけど、オレは好きで真ちゃんと一緒に居るだけだった。一緒に居るのが面白くて、バスケでは認められるようになりたいって思ってた。何を言われても離れなかったのはオレの方。


「どういう意味だ」

「言葉の通り。真ちゃんも分かってるでしょ?」


 あえて言わなくったってこれまでの付き合いで分かり切っていることだ。まずオレがエゴでバスケを続けてることは知ってるだろ。それだけじゃない。友好関係は広いけど、その実は薄く広い関係を作っているだけ。表面上のやり取りも少なくない。
 緑間のことだからそんなことはとっくに気付いているだろう。クラスも部活もずっと一緒で、オレの普段の周りとの付き合いを見てるんだから。


「何を考えているかは知らんが、オレもお前と同じだ」


 言われた言葉の意味が分からなくて、頭上にクエッションマークが浮かぶ。それ以上は何も言ってくれなかったから、どういう意味なのかを考えてみる。
 オレと同じっていうけど、まずはそれが何にかかっているかだ。これだけで何かを読み取るっていうのは難しくないか?前提にあるのはオレと真ちゃんに共通していることか。クラスやバスケ、じゃないよな。話の流れ的にそれはおかしい。この話の上でオレと同じっていうことは……。


「真ちゃん、それって分かってるって言うんじゃないの?」


 導き出した答えを確認すべく問うてみたが返答はなし。無言は肯定なんていう言葉はその通りなのかもしれない。そんな風に思ってたんだな。でもいつからだろう。もしかしてあの時から、とは考えたけど真意は分からない。まぁそれでも良いか。


(オレ等の関係も随分変わったな。これだけ年月が経てば当然か)


 入学したばかりのオレ達と今のオレ達。色んな点に違いがあるだろう。第三者から見ればどうか分からないけど、少なくともオレ達の中では確かに変わっている。
 隣に並べるようになりたい。それが今や、肩を並べられるようになった。


「時間になったら教えて、真ちゃん」

「分かっているのだよ」


 こうして通じ合えるくらいには、オレ達の関係も進歩しているようだ。