バスケをやっている者なら誰でも知っている人達。中学バスケで現れた天才。その名はあっという間に中学バスケだけではなくバスケ界全体へと広がった。帝光中学校――キセキの世代と呼ばれる奴等の話は中堅校のウチでも有名だった。
 ソイツ等が進学するとなれば、どこもかしこもキセキの世代を欲しがった。オレの進学する秀徳でもキセキの世代の一人を獲得し、三年間はキセキの世代が高校バスケの中心になることは誰の目から見ても明らかだった。
 帝光中学校出身、緑間真太郎。コートの全面がシュート範囲で超長距離3Pシュートを武器に戦うSGで秀徳バスケ部のエース兼副主将。オレにとって最高の相棒。そして…………。




レの





 放課後。教室の机で寝ていたオレは、ぼんやりとした意識のまま時計を見上げた。もうこんな時間かと欠伸を噛み殺す。起きたばかりでろくに仕事をしない頭で無意識のうちに視野を広げて、オレは勢いよく後ろの席を振り返った。


「なんで真ちゃんまだ残ってんの!?」


 これが四時ぐらいだったらまだ良かったのかもしれない。けれど、先程見た時計はもう五時を回っていた。部活を引退したオレ達は、時折顔を見せに行くけれど毎日のように通いはしない。スポーツ推薦を貰う人も居るけれど受験勉強に励んでいる人も居て、各々時間のあいた時に顔を出すくらいだ。
 だから部活に行ってないのは良いとして、それでも今此処に居るのはおかしいだろう人物を見た。同じクラスで席は前後といういつだったかと同じような席であるオレ達だけど、こんな時間まで残っているなんて思わなかった。そりゃ、自分の席に居るのは変じゃないけどさ。


「お前が寝ていたのだろ」

「確かに寝てたけど、もう五時だよ!? 先帰るか起こせば良かったじゃん!」

「急ぎの用事もないから心配はいらないのだよ」


 いや、そういう問題じゃないんだけど。もうこの際細かいことは置いておこう。後数十分もすれば完全下校で見回りの教師もやってくる。とりあえず教室を出るのが先だ。
 そう結論付けて鞄を手に持ち「帰ろうぜ」と声を掛ければ、真ちゃんもすぐに立ち上がった。時間も時間だし校舎からさっさと出て自転車置き場に進む。いつもならここでジャンケンをするんだけど、今日はどう考えてもオレが待たせてたからジャンケンなしで漕ぐ。仮にジャンケンをしたとしても、勝てた可能性なんて極僅かしかないんだけどな。


「真ちゃん、次からは起こすかなんかしてよ」


 次があるかは知らないけど、またこんなことになるのは勘弁して欲しい。オレが授業中に寝るのは今更なんだけど、それがどの時間かといえば結構バラバラだ。疲れてて眠いから寝ることもあるし、ただ眠くなって寝ることもある。学生がそれで良いのかっていうのはナシだ。
 それでも今までは部活があるから放課後まで寝てるなんてことはまずなかったんだけど、引退すればそれはなくなる。こんな時間まで寝てたのはオレも初めてだったけど、待たれているなんて考えもしなかった。次からは気を付けようと決めたから多分ないだろうけど、もしあったとしたら置いて行くか起こすかのどちらにして貰いたい。


「声を掛けても起きなかったのはお前だ」

「そうだったんだ、ごめん。でも、起こすならそのまま起こして良いから」


 記憶にないってことは爆睡してたんだろうな。用がなかったから気遣ってそのままにしてくれてたんだろう。それはありがたいけど、待たせてしまったことへの罪悪感の方が大きい。どんな起こし方をしたのかは分からないけど、起きるまでやってくれて良かったんだけどな。


(待っててくれて嬉しかったけどさ)


 本人には言わないけど、待っていてくれたこと自体は純粋に嬉しかった。純粋、って言えるのかは分からないけど。
 それもオレが抱いている気持ちの問題だ。初めはクラスメイトで部活仲間だった。それが一緒に居るうちに徐々に変わっていて、親友や相棒と呼べるようになった。オレは真ちゃんとそんな関係になれて十分だから、このままの関係を続けて行けたら良いと思ってる。
 だけど、そんな奴に抱いちゃいけない気持ちを持っている。


(今のままが一番だよな)


 自覚したのはいつだっけ。最初は勘違いだと思ったんだけど、考えれば考える程その気持ちを自覚する結果となった。真ちゃんにそんな気持ちを抱くのは間違っている。それでも変わらない気持ちに、これは絶対に伝えないと心に決めた。この関係を崩したくないし、今の関係がオレは幸せだから。もうこれ以上のことは望まない。真ちゃんが幸せになってくれればそれで良いんだ。


「こうやって帰るのも後数ヶ月だな」


 適当な話題を見付けて振ってみると、相槌が返ってきた。オレ達が卒業するまで数ヶ月。一年の時から登下校をこのリアカーで共にしているけど、この生活も残り少しだけなんだ。
 いつもジャンケンに負けてオレばかり漕いでいるけど、もうこれはこれで良いかもしれない。一度でも真ちゃんに漕がせたいとは思うけど、ここまでくるとこれが定番になってる。オレも漕ぐのに慣れたものだ。初めのうちは、これだけでも結構な運動だった。運動になるのは変わらないけど、慣れてくるとやっぱり違う。


「真ちゃんは高校生のうちにやっておきたいこととかある?」

「特に思い付くことはないが、お前はあるのか」

「オレ? オレは…………」


 高校生のうちにやっておきたいこと。それなら幾らでもある。出来るのなら、ずっと高校生で居たいと思うくらいだ。
 オレが高校生である時間なんて、人生の中で考えれば短いだろう。十八歳なんて人生の半分も生きていないけど、その中でもこの高校生活は特別だった。初めて緑間の3Pを見た時から、オレはずっと一緒にバスケをやっていきたいと思った。それは今も同じで、出来るならまだ緑間とバスケをしていたい。バスケだけじゃない。ただの日常生活だってオレにとっては貴重な思い出だ。ずっと隣に居たい、なんて叶わないことを考えてしまう。
 バスケなんていつでもまた出来るといえばその通りだ。だけど高校から先の進路は別々で、この先オレ達が一緒にバスケをする機会なんてまずないだろう。そもそも、オレ自身が出来ない。


「オレも特にはないかな」


 やりたいことは全部やった。オレが思っているのはまだやっていきたいことだけ。しいてあげるとすれば、卒業する最後の日まで沢山の思い出を作りたいってこと。これはやっておきたいことに入るだろう。
 真ちゃんと一緒に居られる間、オレの目が光を失うまでの間に。


「あ、そうだ。今度部活行った時に1on1しようよ。真ちゃんとやってみたい」

「別に構わないが」

「じゃ決まりな!忘れんなよ」


 それまでの間だけ、隣に居ることを許して欲しい。それ以上は何も望まないから、今だけは隣に居させてくれないだろうか。
 次の部活はいつ行こうかなんて話をしながらの帰り道。何だかんだ言ったけど、オレはやっぱりバスケをしている真ちゃんが好きだ。オレの相棒で、オレの大好きなエース様。その光と巡り会えたことこそが、オレの人生の中で何物にも代え難い出会いなんだ。