人生何があるか分からない。いつどんなことが起こるかなど未来が見えたりでもしない限り知る術はない。そして、なんであれ二人にとってはきっかけとなる出来事が起こった。それが良いのか悪いのかといえば、現状を見る限り悪い方向に働いている。


「……事情は分かりましたが、どうしてそれをボクに相談するんですか」


 ずずっとバニラシェイクを啜りながら尋ねた友人に、他に相談する相手が居ないからだと言ってこちらも飲み物を口にする。友達が多いとか少ないとかではなく、こんな話を出来る相手など他に居ないし居ても困る。
 けれど恋愛相談なら他にもっと適任の友人が思い浮かび、相談といえばまた別の友人が頭に思い浮かびそうなものだ。それでも自分しか居ないというのはどうしてなのかと考えたところで、その答えを本人から直接聞いて納得。確かに自分以外に相談する相手は居ないのかもしれない。黒子だって彼が兄弟にそういう意味で好意を抱いていると知ったのは偶然である。偶然、冗談のつもりで言ったことが本当だったというあの時の出来事を忘れてはいない。


「ですが、相談なんてしなくてもやるべきことははっきりしているんじゃないでしょうか」

「さっき言っただろう。兄は早朝からどこかに出掛けた」


 その理由ははっきりしている。緑間と一緒に居るのが気まずくて出て行ったのだ。どうして気まずいのかというと、それは昨晩の出来事が理由である。
 昨日は会社の飲み会があるらしく帰りが遅くなると事前に聞いていた。そんな兄が家に帰ってきたのは日付が変わる数十分ほど前だった。どうやらかなり飲んだらしく、完全に酔っていた兄が起こした行動が問題だった。酔っていたとはいえ弟相手にキスをしたり他にも色々。それを兄はしっかりと覚えていたらしく、こちらが何か言うよりも先に用事があるから出掛けてくると家を飛び出したのが数時間前。


「それならお兄さんが帰ってくるのを待つしかないんじゃないですか?」

「話をしようとしても話を逸らされるのが落ちなのだよ」

「そうだとしても避けて通れることではないと思いますが」


 夜にしてしまったことを覚えているから気まずいとしても、二人が一緒に暮らしているのであれば顔を合わせずにはいられない。酔っていなかった緑間は当然そのことを覚えている訳で、どんなにその話題を避けていたとしてもいつかは話さなければいけないだろう。時間は戻らないのだからやってしまったことは変えられない。


「いっそのこと、強引にでも話をしてみたらどうですか」


 先延ばしにしても話をすることに変わりがないのならいっそこちらから、話を逸らされそうになっても強引にその話に持っていくのはどうだろうか。先程の緑間の話を聞いた限り、彼の兄は緑間に対して兄弟の域を超えた好意を持っているようにしか思えない。要するに両想いであるのなら強引にでも話をしてしまえば万事解決だろう。
 実際にはそう簡単な問題ではないだろうが、変に拗れるよりはその方が良いのではないかと黒子は思う。ちなみに、偶然とはいえ友人が所謂世間では認められないような恋をしていると知った黒子は彼に対して偏見を抱いたりはしていない。恋愛というのは個人の自由であり世の中にはそういう人が居ることも知っている。だから何も変わらずに友人として付き合っている。そんな黒子だからこそ、緑間はこうして相談を持ちかけたのだ。


「強引にでも、か」

「緑間君だって今朝は話をするつもりだったんですよね? それに、お兄さんが話を避けた理由も君なら分かると思います」


 血は繋がっていなくとも兄弟を、同性の相手を好きになってしまった。兄の気持ちを一番理解出来るのは、同じように兄弟であり同性でもある相手を好きになった緑間なはずだ。

 確かに、緑間は兄が昨日のことを覚えていて顔を合わせづらいという気持ちは分かる。相手が相手だから伝えるつもりもなかったのだろう。それを酔っていたとはいえ言ってしまった。絶対に気持ち悪いと思われただろうし今回のことで嫌われた。兄弟としての関係は間違いなく崩れた。そして二度と戻ることはない。逃げたくなる気持ちも分からなくない。
 とはいえ、兄もこのまま避け続けられないことは分かっているだろう。けれど、黒子が言うことも一理ある。あの兄のことだから今もどこかで後悔しているに違いない。そしておそらく、こちらが言うより先に答えを出すのだろう。


(もう一緒には居られない、と言われるならまだ良いが行動に出られたら話も出来ないか)


 辿り着く答えはほぼ確実にここだろう。勝手にいなくなることはないと思いたいが、事が事だけに兄の行動が読めない。仮にそういう答えになったとしても今二人が暮らしているのは兄の部屋なのだが、大学に通いやすいんだからここで一人暮らしをすれば良いと出て行かれたら。


「きっかけは何であれ、両想いだと分かったのなら隠しておく理由もないでしょう」


 伝えられる訳がない。だから一生言わないつもりだった。
 けれど相手も同じ気持ちならば事情は変わる。世間体だとかそういったことを挙げ始めればキリがない。でも、好きになってしまったものもどうしようもない。このきっかけは気持ちを伝えるチャンスでもある。


「なかったことにするという方法もあるんじゃないか」

「なかったことにするんですか?」

「……少なくとも、オレはなかったことになど出来ないし忘れることも出来ない」

「それなら尚更やることははっきりしてるじゃないですか」


 やっぱり相談する必要なんてなかったのではないか。彼はとっくにこの答えまで辿り着いていたのだろうから。
 それでも相談を持ちかけたのは彼も思うところがあったからなのだろう。何せ相手が相手だ。本当にそれで良いのか、最後に決めるのは自分だとしても誰かに話を聞いてもらいたかったのか。そういうタイプではないとは思ったが、どんな人だって悩んだり考えたりして誰かに助言を貰いたいことだってある。緑間もきっとそうだったのだろう。


「黒子、いきなり呼び出してすまなかった」

「良いですよ。バニラシェイクも奢ってもらいましたし」


 上手くいくと良いですね、と笑った友人は純粋にそう思ってくれているのだろう。お互いに相手のことを苦手だと言うような仲だが、それでもお互い相手のことが嫌いという訳ではない。そうでなければ卒業してからも連絡を取ったりしない。そういうことだ。
 店を出たところで別れると緑間は兄と一緒に暮らしているアパートに戻る。いつ帰ってくるかは分からないけれど兄が必ず帰ってくる場所で待つ。昔から部活で遅い兄を待っていたこともあり、待つことには慣れている。あとは兄が帰ってきたその時に。







 


伝えてはいけない。だからずっと隠し続ける。そう思っていた。
けれどそれが崩れた今、オレはきちんと話をしたい。

素直に、自分の気持ちを言葉で伝える。
そうしなければ伝えられないことがあるから。