クリスマスに恋人と過ごすなんて予定もなく、オレ達バスケ少年達はウィンターカップで激しい戦いを繰り広げていた。甘さなんて欠片もない、冬だというのに汗だくになりながらコートの上を駆け回った。高校生の間は毎年こんな感じだろう。尤も、そうある為にはウィンターカップへの切符を手に入れなければならないけれども。
ウィンターカップが終わり年を越せば新年、一月。元旦といえば初詣、ということでオレ達は近くの神社まで初詣にやって来た。
「初詣はやっぱり混んでるね」
どこを見ても人。あっちにもこっちにも人。とにかく人。予想はしていたけれど凄い数の人だ。家族連れだったり、オレ達のように友達同士で来ている人もいる。中には着物を着ている人の姿もある。オレ達は普通に私服で厚着をしてきただけだ。まぁ無難な格好だろう。
「まずはお参りだよな」
「お前は何の為にここへ来たと思っているのだよ」
出店も色々あるななんて思っていたのはバレていたらしい。言われなくても後にしますよ。けど、これはお参りするまでにも結構時間が掛かりそうだ。みんなちゃんと元旦に初詣に来るんだななんて考えながら列に並ぶ。
待つこと約一時間。
漸く参拝を終えたオレ達は、そのまま神社の境内を歩いていた。試しにどんな願い事をしたのか聞いてみたけれど、人に話すことではないと怒られた。
「お参りも済ませたし、この後はどうする?」
初詣ということもあって出店が沢山あるのは見ていたが、緑間はそういうのが好きではなさそうだ。せっかくあるんだから楽しんで行くのも良いと思うんだけどな。こういうのってあまり機会もないし。遊べる時は目一杯遊ばないと損だ。
けれど、案の定緑間には振られてしまった。少しくらい考える素振りを見せてくれても良いのに。それはそれで珍しいとか言っちゃいそうだけど。
「初詣の帰りは寄り道をしない方が良いと言うだろう」
「そうなの? でも、まだ神社に居るんだから寄り道ではなくね?」
「要するに、出店が見たいということか」
直接口には一度もしていないけれど、来ていた時も見ていた上にこの言い回しで分かったらしい。だから「ダメ?」と尋ねてみる。緑間の言い分なら、ここで出店を見ることは問題にはならない筈だ。どうせなんだから楽しもうぜと話せば、渋々ながらも少しだけだぞと頷いてくれた。
そうと決まれば、まずは食べ物でも探そうか。そういえば、去年は結構一緒に居たけどお祭りとか行く機会はなかった。練習試合と被ってたりして祭りにまで行く気力はなかったんだよな。今年は祭りとオフが重なったら誘ってみようか。付き合ってくれるかは分からないけど、何とかなるだろう。
「真ちゃんは何か食べたい物とかねーの?」
「特にはない。お汁粉なら飲むが」
「あーそりゃ無理だな。むしろあったらビビるわ」
初詣の出店にお汁粉……。夏祭りにあるよりはまだ有り得そうだけど、やっぱ有り得ないよな。お汁粉の出店とか見たことない。つーか、本当にお汁粉好きだよな。一年中飲んでてコイツの体は大丈夫なのかと思うけど、その分運動しているから平気なのかな。毎日飲んでるとか体に悪そうだよな、流石に。好きな物を毎日食べたいって気持ちは分かるけどさ。
探すまでもなくお汁粉なんてないだろうから、適当に歩きながら食べ物を買うことにする。お汁粉は帰りにでも、って駄目なんだっけ。自販機は有りか?その辺は緑間本人にでも聞こう。ここで考えても分からないし、本人に聞けば間違いないだろうから。
「初詣って毎年知り合いに会うんだけどさ、今年は誰にも会ってないな」
同じ学校に通っている友人の何人かとは初詣で会うということも珍しくない。神社の場所は決まっているのだから、同じ学校に通っているのなら初詣で会ってもおかしなことはない。
だけど今のところ今年は誰にも会っていない。別に会わなくても良いだろうというのはその通りなんだけど、いつも誰かしらには会っていたから不思議な感じだ。
そう思っていたところで、やはり同じ学校に通っている者同士。屋台を歩きながら見つけたその姿に思わず声が出た。
「あれ、宮地さん?」
オレの声で向こうも気付いたらしい。明らかに嫌そうな顔をされたのは、面倒なのに見つかったとでも思ったんだろう。そんな嫌そうにしなくても良いじゃないっすかと言えば、何でお前等も居るんだよと返ってきたから初詣に来たのだと答えておいた。
すると少し離れた場所から大坪さんと木村さんもやってきた。どうやら三人で来ていたらしい。二人もオレ達に気付いたようで、お前等も来ていたのかと声を掛けた。おめでとうございますと挨拶をしながら、まさか先輩達に会うなんて思わなかったと話す。
「でも宮地さん酷いんすよ。オレ達のこと見た瞬間に面倒なのに会ったみたいな顔して」
「だってお前、何か奢って欲しいとか言い出しそうだろ」
「新年早々そんなこと言わないっすよ。奢ってくれるなら貰いますけど」
「それは言ってるんじゃねーのかよ、おい」
そんなことないですと否定しても疑いの目を向けられる。大丈夫ですってばと念を押せば、溜め息を吐きながらなら良いけどと話に一区切りをつけた。他の三人はオレ達のやり取りを見ているだけ。というのも、部活で毎日顔を合わせながら似たようなやり取りを何度も見ているから傍観を決め込んだのだろう。そっちはそっちでもう参拝はしてきたのかといった話をしている。
「先輩達はやっぱり合格祈願ですか?」
「まぁ、これからセンターだしな」
部活を引退した先輩達は、今度は大学受験に向けて勉強をしている真っ只中。大坪さんは推薦を貰っているようで、宮地さんと木村さんはこれかららしい。大坪さんはバスケでスポーツ推薦を貰ったという話だ。宮地さんも学業で推薦を貰えたらしいけれど、センター入試に挑むらしい。先輩達はバスケを引退して受験一色だ。
「お前達は必勝祈願か?」
「そうっすね。来年こそは勝ちたいですし」
「つーか勝てよ。来年も再来年も」
「そのつもりで頑張ります!」
勝ちたいという気持ちだけでは勝てない。それでも、勝ちたいという気持ちがなければ勝てない。来年、来年度もその次の年だって勝ちにいく。
三が日が終わればまた部活の練習も始まる。今度はインターハイ、来年度に向けての練習だ。三年生が抜けて新しいチーム作りもしていくことになるのだろう。オレ達もレギュラーとしてこれまで以上に努力をしていかなければならない。
「オレ達もたまには部活に顔を出すからな」
「マジっすか! 楽しみにしてます」
「ちゃんとやってなかったらシバくから覚悟しとけよ」
パイナップルでも差し入れに持っていってやるか、なんて宮地さんと木村さんが二人で話してるんだけど投げるつもりではないですよね?それはお前ら次第だって、投げるつもりで持ってくるのは果物に悪いんじゃないですか。ほら、食べ物は粗末にするなって言いますし。ちゃんとその後で食べれば問題ないなんて言われたが、そういうことではない気がする。
でも、この先輩が本当にそれを実行に起こすことはないと知っているから心配は要らないだろう。怒鳴られはするかもしれないけど、真面目に練習すればそれも大丈夫な筈。
その後も話をしながら、お互い参拝も終わったのだからとそのまま一緒に屋台を見て回った。一通り見終えたところで、そろそろ帰るかという流れになる。
今日はリアカーではなかったから途中までは先輩達と一緒。分かれ道まで辿り着いたところで別れると、オレ達はまた二人で歩き始めた。
「先輩達、受験で忙しそうだったな」
「そうだな」
屋台を見ている時はいつものように騒いでいたけれど、今日も帰ったらまた勉強をするのだと言っていた。受験生になると大変だよなと思いながら、去年は自分達も同じ立場だったことを思い出す。高校受験と大学受験は全然違うけれど、去年のこの時期はオレも受験の為に勉強をしていたっけ。
「真ちゃんはスカウトでしょ。秀徳に入ったの」
「あぁ。お前は一般入試か」
「オレ以外も大体そうだろうけどね。スポーツ推薦貰えるような結果も出してなかったしさ」
まぁ、オレの場合は引退してからも部活に顔を出して練習ばかりしていたから受験勉強は二の次だったけれど。それでもこの時期には勉強に取り組んでいた。バスケの強いところに入って、キセキの世代――緑間真太郎を倒すと決めていたから。
一年前のオレが今のオレを見たらどう思うんだろうか。倒したいと思っていた相手とこうして並んで歩いている。驚くなんてものじゃないだろう。
でも、一年前のオレは試合で少しだけやった緑間のことしか知らなかった。同じ学校になってコイツが努力家であることや変人だってことも知って、優しいところがあるのも知っている。
今は、秀徳で緑間に出会えて良かったと思ってる。
「これでも秀徳の一般入試で合格出来るくらいの成績だったよ、オレ」
「お前の成績を見れば分かるのだよ」
人は見かけによらないな、ってどういう意味だよ。逆にお前は見かけどおりだけどさ。
オレ達はどちらも成績は悪くない。一学期の期末テストで一緒に勉強をしてから、二学期の中間や期末も一緒に勉強をしている。分からないところは聞けると言ったように、オレが分からないところは教えて貰っている。時々だけどオレが緑間に教えることもあるから、自然とテストの時は二人で勉強をするようになった。声を掛けるのがオレの方だというのは変わってないけどな。
「二年後はオレ達もまた受験だぜ。全然想像出来ないけど」
「まだ先のことだからだろう。三年になったらそうは言っていられないだろうが」
「でもバスケのことばっか考えてそう。インターハイとか目の前だろ」
夏が終わっても冬があるだろうし、それらが落ち着くまでは受験よりもバスケが優先されそうだ。それではいけないとしても、最後の大会で悔いは残したくないだろうし。受験のことを考えながらもオレ達はバスケを第一に行動してしまう気がする。
それは緑間も同じだったようで、受験のことはその時になったら考えれば良いだろうと言われた。それもそうだな。今のオレ達にとっては先の話なんだし。まずはバスケだ。
「なぁ真ちゃん、バスケしたい」
真っ直ぐ帰るという話なのは覚えていたけど、バスケのことを話していたらつい思ってしまった。それをそのまま口に出してちらりと翠を見る。かちりと目が合ったかと思うと、少しばかり視線を逸らして考えるようにした後に出て来たのはやはり駄目だというものだった。
寄り道しないで真っ直ぐに帰るべきなら了承してくれる訳がないと思っていたから、仕方ないかと諦めることにする。何も今日バスケをしなかったからといって死ぬ訳でもない。数日後には練習でまたキツいメニューを組まれるのだろうから、朝から晩までバスケが出来るだろう。
だが、と言葉が更に続けられるのに気が付いて緑間を振り返る。すると。
「明日なら付き合ってやらんこともないのだよ」
今日はこのまま帰らなければいけないけれど、日を改めるなら。
緑間らしい提案に思わず笑みが零れる。そこまでしても寄り道はしないのに、それでもバスケはやるんだ。部活が数日休みなんてテスト期間を除けばそうあることでもないのに、オレもその休みにバスケをしようとしていたから人のことは言えない。
全く、どれだけバスケが好きなんだよオレ達は。お前もバスケが好きだっていい加減認めれば良いのに、質問しても答えは変わらないんだろう。試しに聞いてみたけれど否定されてしまった。いつか、ちゃんと好きって言ってくれる日が来たら良いな。見てれば分かるけど、コイツに認めさせたい。
「じゃあ、明日真ちゃん家に迎えに行けば良い?」
「あぁ、遅れるなよ」
「分かってるよ」
明日はリアカーでジャンケンかななんて考えながら、緑間にジャンケンで勝ちたいって願っても良かったかもしれないと今更ながらに思う。蟹座が十二位だとしても勝てないんだよな。どんだけジャンケンに強いんだよ。いつか絶対リアカーを引かせてやるつもりだけど、先は長そうだ。
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