暦上では春になったとはいえまだまだ寒い二月。部活も勉強もそれなりに順調。学年末テストが近付いていることが少し気がかりなくらいだ。
 二月といえば男子高校生としては気になるイベントが一つ。それよりバスケだろと言われてしまえばそれまでだが、オレだって男子高校生何だから気にならない訳じゃない。コンビニにもスーパーにもチョコ。どこに行ってもチョコ。町中がチョコで溢れるこの季節のイベントといえば。


「真ちゃんってモテそうだよな」


 やっぱチョコいっぱい貰うの?と聞いてみればそんなことはないと言われた。いや、絶対モテるだろ。勉強も運動も出来て顔も整っていて、毎日ラッキーアイテムを持ち歩いているとかそういう変人要素を除けば絶対にモテる。
 つってもオレは女子じゃないからよく分からないけど、大きさを問わずに持ち歩くラッキーアイテムが気がかりになっているのは間違いないと思う。外見だって世間ではイケメンに部類されるだろ。睫毛も長くて女子が羨ましがるんじゃないのかってぐらいある。男のオレが見ても美人だと思うんだから、女子から見てもそうなんだろう。


「オレよりお前の方がモテそうだが」

「そんなことねーよ。女子ともそれなりに話すけど殆ど友達止まりだから」


 チョコを渡される時だって「義理だから」とはっきり言われる。言われなくても分かってるけど、みんなちゃんと一言付け加えながら渡してくれるんだよな。かといって本命を貰っても困るんだけど。オレはバスケに夢中だから、部活をやっていて彼女とか作る暇はない。仮に出来たとしても朝も夜も学校に遅くまで残って土日も練習。一緒に過ごすことなんてあまり出来なくてそのまま別れるっていうのが目に見えている。
 それはあくまでもオレの話であって、部活をしながら恋愛をするのも悪いことではないと思う。オレにはその二つを両立させることは出来ないけれど、部員の中にはそれらを両立している彼女持ちの奴も居る。


「ラッキーアイテムとかで先入観持たれてるけどさ、それがなくなったら今以上にモテるよな」

「だからオレはモテてもいないし今のままで良い。告白されても困るだろう」

「それは分かるけど、なんか勿体ないっつーか……」

「ならばお前は黙っていろ。そうすれば今よりモテるぞ」

「黙ってろってなんだよ。五月蝿いって言いてーの?」


 それ以外に何があると言いたげな視線を向けられて「ひっでぇな」と受け流す。緑間に五月蝿いと怒られたり静かに出来ないのかと言われたことはこれまでに何度もある。先輩には喋ってないとお前は死ぬのかなんて言われたこともあった気がする。こうやって改めて思い返してみるとみんな酷いな。そこまで言われるほど喋ってるかな。笑いのツボが浅いとかもよく言われるけど。
 あれ、でもこれって。いつものように流してしまったけれど、よく考えてみればさっきの言葉は。


「真ちゃん、黙ってたらモテるってことはオレはカッコいい部類に入ってんの?」


 つまりそういうことになるんだよな。モテることがイコールでカッコいいに繋がる訳ではないけど世間はそんなものだ。見た目が全てじゃないにしても見た目の割合はそれなりに占めているだろう。第一印象は見た目でほぼ決まるっていうぐらいだし。


「黙っていればまともに見えるという話なのだよ」

「それってどう違うんだよ」


 別にカッコよくはないって言いたいの?だけど女子にモテると思うような容姿ではあるんだ。自分じゃ全然そんな風に思わないけど。
 いや、自分で思ったらそれはナルシストだな。緑間は自分が整った顔をしているっていう自覚がないんだけど、そういうことなのか?それとは違う気がするものの別の誰かにも昔言われたことを思い出して、黙ってたら義理じゃないチョコも増えるのかなとか思った。だから増えても困るんだけどさ。


「どっちが多く貰えるか勝負したら負けそうだな」

「そうでもないと思うが、好意でくれた物の数で勝負をするのはその人に悪いのではないか」

「あー言われてみりゃそうかもな」


 そんなことまで気にしたことはなかったけど、言われてみれば失礼なことだよな。数よりも気持ちが大事だっていう話だ。それでも男子は何個貰ったのかとそこらじゅうで話題にしているけれど、女子からすればやっぱり嫌なのだろうか。どっちにしてもあまりよろしくないことだろうなという気はした。


「あ、そうだ。真ちゃん、これ」


 鞄を机の上に乗せて中を探り、手に掴んだ小さな袋をそのまま緑間の机に乗せる。さっきの今でこれが何かは言わなくても分かっているだろう。それでもあえて「何なのだよ」と聞いてきたから、オレも「チョコ」とだけ答えた。
 バレンタインにこういう物を渡されたら大抵チョコだろ。まぁ贈り物にチョコが多いのはこの国だからであって、外国では花やケーキを贈ったりもする。ついでに日本だと女性から男性への贈答というイメージだが、外国の場合は男性も女性も親しい人や恋人にプレゼントをする日だ。最近では日本も友チョコだったり逆チョコだったりなんて物があるけれど、それでも長年のイメージが強く残っている。


「なぜお前がオレにチョコを渡すのだよ」

「え? ああ、違う違う。妹ちゃんから真ちゃんに渡してって頼まれたの」


 今朝、オレが家を出る前に緑間に渡して欲しいと受け取っていたこれもバレンタインチョコだ。妹ちゃんが昨日頑張って作っていた物の一つだろう。オレも今朝貰った。どうして二つと聞いたら「お兄ちゃんいつも緑間さんにお世話になってるでしょ」と渡しておくようにと頼まれた。
 オレが世話になってる訳じゃないと思うんだけど、全く世話になったことがないかといえばそうとは言えない。妹ちゃんと緑間が会ったのは家で数回だけど、しょっちゅう話題に出て来るからそういうイメージでもあるんだろうか。まぁ、頼まれた通り渡したことだしそれについては良いだろう。


「妹ちゃん頑張ってたから貰ってあげてよ」

「あぁ。ありがとうと伝えておいてくれ」


 了解しながら今日は「デレの日?」なんて聞けば、貰い物をして礼を言うのは当たり前だろうと言われた。それはそうなんだけど、オレはお汁粉を買ってこいと頼まれてもお礼を言われた記憶があまりないんだけど。気にしちゃいけないところなんだろうか。もう慣れたけどさ。
 そういえば、と今度は緑間の方から丁寧にラッピングされた紙袋を差し出された。さっきの今の流れだと、やっぱりチョコと考えるのが無難だろうか。あまり会ったことはないけど緑間にも妹が居る。それでもって今日がバレンタインとなれば、向こうもウチと同じらしい。


「世話になってるから?」

「頼まれたから渡しただけだ」

「ありがと。妹さんにもお礼言っといてね」


 女の子ってこういうのマメだよな。ホワイトデーになったらまたオレ達は同じことを繰り返すんだろう。貰ったからにはお返しをするのが礼儀というものだ。緑間もそういうところはきっちりしてるだろうから、今度は妹に渡しておいてという話になるに違いない。


「あと、ついでだから真ちゃんにこれもあげる」


 そう言って渡したのもチョコ。どれだけチョコを持っているんだって話だけど、これで最後だ。学校で女の子に渡して欲しいって頼まれた訳じゃないからその辺は心配しなくても良い。
 時々あるんだよな。自分で渡せば良いのにって思うんだけどどうしてもと頼まれることが。自分で渡してこそ意味があると思うから出来るだけ断るようにはしてるんだけど、押し切られた時はオレが緑間に渡している。
 しかし、それがまた面倒なことに緑間に渡しても素直に受け取ってくれない。そういった物を受け取る気がそもそもないんだけど、渡すにしてもオレを通さないで自分で来れば良いだろうっていう考えだからオレが説得することになる。だから大体は断っている。


「昨日妹ちゃんがチョコ作ってる時に少しだけ作らしてくれたんだけどさ、作ったは良いけど渡す人も居なくて困ってたんだよね。真ちゃん甘い物大丈夫でしょ?」


 偶々妹ちゃんがチョコを作っている時に台所に行って、チョコって作るんだと話し掛けたらやってみるかと言われてそのままやってみた。料理は得意でもないけど苦手でもないからチョコは無事に完成した。
 ……までは良かったけれど、オレ自身は甘い物を嫌いではないけれど好き好んで食べたりはしない。勿論バレンタインに貰ったチョコは食べるけど、自分から買って食べようとは思わないという話だ。

 どうせ一人分の量しかないんだから自分で食べても良かったけど、身近に甘い物が好きな奴が居ることを思い出してこれも一緒に持ってきた。チョコとかよりお汁粉とか和菓子の方が好きなんだろうとは思いつつ、甘い物は好きだから貰ってくれるかなと思って。


「よく妹に台所から追い出されなかったな」

「飲み物を取りに行っただけだからさ。真ちゃんは追い出されたの?」

「まず台所に行っていないから追い出されるも何もないのだよ」


 それなら追い出されるもないか。ウチは今までも追い出されたりしたことはないけど、そういう家も世間にはあるんだろうな。見られて困るような物でもない気がするけど、女の子からすればそういう問題じゃないんだろう。人によって考え方は違うんだろうけど、その人の為に作っている物だから秘密にしておきたいっていう感じなのかな。


「んでさ、お礼とかいらないから食べてくれない?」


 このチョコ、とさっき出したそれを指差す。自分でも味見として一つは食べてみたけど、味は普通だった。まぁレシピ通りに作ったからな。甘かったけどチョコはそういうものだし。
 だけどこれを後数個食べるのかと思ったら、誰か貰ってくれそうな人でも探す方が良さそうだという結論に辿り着き今に至る。ビターチョコで作ればまた違ったんだろう。


「そういうことなら貰っておいてやるのだよ」

「マジで? 本当助かるわ。ありがとな」


 そう言いながら受け取った緑間は溜め息を吐いて、もしオレが受け取らなかったらどうするつもりだったんだと尋ねた。その時は自分で食べたんじゃないか?甘いなとは思うけど食べれない物じゃないから。
 まぁでも、チョコ作りなんて経験が出来て楽しかった。妹ちゃんと一緒に料理をすることもあまりないしな。せっかく作ったんだから緑間さんにあげればとか言われたのはここだけの話だ。男同士でチョコ渡すのかよと笑い交じりに疑問を投げ掛ければ、逆チョコとか友チョコとかあるんだし平気だよなんて意見を貰った。
 確かにそういうのもあるけど、それとこれとはちょっと違う気がするんだけど妹ちゃん。なんとかなったから良いけど。


「放課後は紙袋が必要とかいう量になったりしないよな?」

「オレはそこまで貰ったことはない。お前がどうかは知らないが」

「オレだってねーよ」


 というか今のは緑間に対して言ったんだけど、そういうことなら大丈夫か。そんな紙袋が必要になるほど貰う人なんてそうそう居ないだろう。でも、黄瀬は毎年そうだったと言われたのには納得した。

 一日の授業が終わり放課後になると、オレ達は鞄を持って体育館へと向かった。お互いクラスメイトからチョコを貰ったりしたけれど鞄に収まる量だ。
 意外だなと廊下を歩きながら話すと、同じ言葉が緑間からも返ってきた。そんなに意外なものなのかと思いつつ、オレ達は今日もバスケをするのだった。