ウィンターカップのトーナメント表が出て、いよいよ今年最後の大会が始まった。キセキの世代を有する六校全てが出揃う今大会、まず一回戦で桐皇と誠凛がぶつかった。普通なら同じ地区の学校が初戦に当たることはないけれど、今回桐皇は特別枠での出場だからそれには入らなかったらしい。
 オレ達はといえば、初戦は無事に突破。その先も特に苦戦を強いられることもなく順調に勝ち進んで行った。というのも、秀徳がキセキの居る学校に当たるのは準決勝が最初だった。六校中四校が同じ山になり、こっちは二校。ついでに準決勝まで当たらないところからのスタートだった。だからオレ達は準決勝までは問題もなく進んでいったという訳だ。

 そして準決勝。相手はキセキの世代を率いたキャプテン。現在は一年生で洛山高校のキャプテンを務めている赤司征十郎。しかも洛山には無冠の五将が三人も居るという、なんとも凄いメンツと試合をすることが決まった。


(準決勝、ここを勝てば優勝に一歩近づく)


 洛山はインターハイの優勝校でもある。尤も、その時の試合に赤司は出ていなかったらしいけれど。赤司を除いても実力者揃いだ。
 だからって負ける気で勝負に挑んだりはしない。当然勝つつもりだ。予選を終えてから本戦が始まるまでの一ヶ月、オレ達は新技を身に付ける為に夜遅くまで残ってひたすらパスとシュートを繰り返した。自主練習の時間は全部それに充てて、全然合わないタイミングに今のはお前が悪いと散々喧嘩をした。そんなオレ達を見て、本当に新技が完成するのかと先輩達は思ったらしい。

 タイミングの遅速の問題であったり、緑間がシュートフォームを取った時の手の位置に合わせる正確さだったり、空中で受け取ったボールをあのスリーで決める技術だったり。それはもう色んな要素を全てクリアしなければならなくて、やはりそれは難しいとかそういうレベルの問題ではなかった。
 それでも、絶対に完成させるんだという意思を持ってオレ達は練習を続けた。無理だと思ってしまったら出来ない。オレ達だけはそれを信じて進むしかなかった。

 そして。オレ達だけの、オレ達にしか出来ないシュートが完成した。


「真ちゃん、赤司ってどんくらい強いの?」


 学校でDVDを見ながら聞いた時、緑間は眉間に皺を寄せた。そして、どれくらい強いのかではなく「アイツは負けたことがない」と返した。
 それをオレは単純にバスケで負けたことがないと捉えたんだけど、そういう意味ではないと続けられた言葉には驚かされた。


「赤司はバスケに限らず、勉強でも将棋などのゲームでも負けたことがないのだよ」

「は? それって、今まで何においても負けたことがないってこと?」


 そんなの有り得るのかよ。オレじゃなくても大袈裟だと思うだろう。でも、緑間があまりに真剣に話すからそれは嘘ではないのだと思った。元から嘘や冗談なんて殆ど言わないような奴だ。
 バスケでは負けたことがなかったとはいえ、緑間は別のことでなら負けたことはあった。自分の得意分野では良い結果をだし、苦手分野では悪い結果になるなんて普通だ。誰だって何かしらの負けをどこかで経験したことがあるだろう。

 けれど、赤司征十郎は違う。
 本当に負けたことがない、まさに完全無欠。そんな奴が本当に居るのかよと思ったところで現実にいるというのだから世の中分からない。しかもそれは次の対戦相手だ。


「もしかして、真ちゃん珍しく弱気だったりする?」

「オレは負けるつもりはない。何の為に新技を完成させたと思っているのだよ」

「ウィンターカップで先輩達と勝つ為、だろ」


 いつかと同じやり取り、だけど今度は逆の立場でお互いが答えた。別に弱気な訳じゃない。でも、あまりにも強すぎる相手に何も感じないかといえばそんなことはない。
 それでも勝つのはオレ達だと信じていた。準決勝を勝ち進んで決勝に、そして優勝をする。これが先輩達とバスケが出来る最後の大会なんだ。少しでも長く先輩達とバスケをするには勝つしかない。怖くて厳しい先輩達だったけど、そんな先輩達とも思い出は短時間じゃ挙げきれない。

 緑間のラッキーアイテムが見つからない時に一緒になって探してくれたり、合宿の厳しすぎる練習にバテた時は怒られるかと思ったら心配してくれて。練習試合の帰り、疲れて寝てしまったオレ達にそっと上着を掛けてくれたこともあったし、今年はウチの当番だからとやらされたプール掃除では最終的に全員でふざけて遊んだりして監督に怒られた。
 まだまだ先輩達の思い出はいっぱいある。ぱっと思い付くだけでも片手じゃ全然足りないくらい出てくる。そんな先輩達と出来る最後の大会で勝つ為にも、大会までに完成させなくちゃなとか話したりもしたのはここだけの話。


(八十六対七十……それが、準決勝。洛山と秀徳の試合結果)


 全力で戦って、最後まで諦めずに戦い抜いて、その結果がベスト四。決して悪い結果ではない。でも、負けるのはやっぱり悔しい。もっと先輩達とバスケしたかったし、この人達と勝ちたかった。それでオレは、またアイツを勝たせてやれなかった。
 先輩達が涙を流しているのを見て、自分は泣いてはいけないと思った半年前。アイツは一人雨の中で泣いていた。オレは先輩達の前でも、アイツの前でも泣くことはなかった。

 だけど、今回は止められなかった。負けてしまったこと、先輩達とはもうバスケが出来ないということ。オレはまだ弱くて、秀徳のポイントガードとして未熟で、力も足んなくて、ただただ悔しかった。
 それはあの時とはまた違う悔しさだった。だから気付いてしまった。人のことをどうこういう以前に、オレは自分のことさえ碌に分かっていなかったんだなと。本当、人のこと言える立場じゃない。鷹の目なんてものを持っていながらも何も見えていない。呆れた話だ。


「オレは今まで何を見て来たんだろう」


 中学三年の時から高校に入った当初は緑間だけを見ていた。インターハイはキセキの世代の六人目であり緑間に認められている、オレと同じパス回しが生業の黒子にだけは負けたくないと対抗心を燃やした。
 それからウィンターカップまではそこで勝つ為に練習を重ね、準決勝で赤司と戦いながら勝つ為に必死でぶつかって。悔しさと悲しさが混じったこんな感情を初めて知った。


「来年、か…………」


 オレ達はもう引退だけど、来年は勝てよ。
 先輩達は少しだけ赤くなった目元で微笑みを浮かべながらオレ達にエールを送った。涙が零れそうになるのを堪えて「はい」と答えて、まだ三位決定戦が残っているぞとキャプテンは部員を鼓舞した。お前等が居たからここまで来れたとか、ありがとうなんて言葉を掛けられた時は色んな気持ちがごちゃまぜになっていた。
 ウィンターカップを終えて先輩達は引退して、残ったオレ達は来年に向けての練習が始まる。緑間はエースで、オレはレギュラーのポイントガードで。誰のせいでもなく、オレ達が全力を出して残した成果が全国ベスト四。胸を張って良い結果だと先輩は言っていた。


「ここに居たのか」


 不意に聞こえてきた声が誰のものかはすぐに分かった。だからそちらを見るでもなく椅子に座ったまま近付いてくる音に耳を傾けた。暫くして止まったそれは、オレの目の前までやって来ていた。


「帰るぞ、高尾」


 わざわざ探しに来るとか意外、でもないか。春からずっとオレ達の登下校はリアカーだ。オレが居ないと漕ぐ奴が居ないもんな、なんて。
 そうではないことは分かっているけれど、ついそんな風に考えてしまう。ちょっと前まではそれで正しかった。今は違うと知っていてそう考えるのはオレの言い訳だ。


「緑間、ごめん」

「なぜ謝るのだよ」


 床に向けられていた視線を上げる。そこには見慣れた翡翠。透き通る翠はいつも真っ直ぐに世界を見据えている。オレとは大違いだ。
 コイツは本当に真っ直ぐで、努力家で、真面目で。オレに持っていないものを沢山持っている。元々、オレ達は性格から正反対のようなものだけど。綺麗な翠の瞳は曇ることなく前へと進んでいく。


「オレさ、今まで偉そうなこととか言ってたけど本当は何も分かってなかった。後悔先に立たずって言うけどさ、本当その通りだよな」


 インターハイで負けて気付いたと思ってたけど、それは全部じゃなかった。バスケに真剣に取り組んでいなかったとかいう話ではなく、オレが自分自身に対して思っているだけのようなことだけど。
 中学で緑間に負けてから緑間を倒すと決めて練習して、秀徳に入ってからは緑間に認められるようにと練習して。勿論それだけではなく、強くなる為にも練習していた。それらは全部本気だったし、全力だったのは間違いない。
 だから本当にオレ自身の問題なんだけど、緑間には謝っておかなければいけない気がしたから謝った。緑間がどう思っているかは分からないけど、少なくともオレは緑間を相棒だと思っているから。


「もっと強くなって来年こそは勝つ。でも、もうあの人達とのバスケは終わっちまったんだよな」


 誰のせいでないと言われてもその一端が自分にあることは分かっている。過ぎた時間は取り戻せない。今思えばあの時も、と考え出したらループに陥ることも知っている。
 けど、王者秀徳でユニフォームを貰って。今日までオレ達は試合に出られなかった部員全員の思いを背負っていて戦ってきた。一年がレギュラーになるなんて気に入らない人も居たけど、それなりに上手くやってきたとは思う。
 でも結果はこれだ。スタメンを譲るつもりなんてないけど、今のままでは駄目だということは明白だ。


「……お前は、自分を卑下するタイプだな」


 緑間の言葉をオレは否定する。自分のことを劣っているように卑しめたりはしているつもりはない。ありのままの事実を言っているだけだ。それ以上でも以下でもない。
 しかし、緑間はそれを卑下していると言った。そんなことはないのに、否定するオレの声を遮って緑間は続ける。


「オレはお前が練習している姿をずっと見てきた。このチームに人事を尽くしていない者などいないと言ったが、それにはお前も含まれているのだよ」

「そりゃ努力はしてるよ。それでも、その努力が全て実る訳じゃない」


 なんだか少しばかり話が逸れてきた気もしたが、オレは思ったままに答える。天才と凡人では違う、とは声にならなかった。コイツには才能もあるけれど、あのシュートは努力で得たものだともう知っているから。
 練習をしてもそれを活かせなければ意味がない。チームの司令塔がチームを見れなければ、それはポイントガードである意味がない。オレはずっとポイントガードをやってきたけど、正しくチームを導けていたかといえば肯定は出来ない。昔のオレだったらすぐに頷いていたかもしれないけど、今は多くのことを知って自分を見れるようになったからそうはいかなかった。


「努力は報われるものだ。お前がこれまでしてきたことは無駄ではない。お前にとって必要なことだっただけだ」

「必要なこと……?」

「だから自分ばかり責めるな。オレ達はお前の努力を知っている。お前を責める訳がないだろう」


 それなのにどうしてお前が自分の努力を認めてやれない。
 ……って、言われてもどうすれば良いんだよ。別に自分を責めたりはしていない、と思う。ただ振り返って自分の悪かった点を挙げて反省をするみたいなのは誰だってやるだろ。そういう普通のことをして自分の間違いに気付いて後悔して、おかしなことはしていない筈だ。

 だけど緑間はそうじゃないと言うんだ。チームのエースなのに点を取れなかったオレを責めるか、と聞かれたのには首を横に振った。お前はオレ達の為に精一杯やっていたことくらい分かってる。お前が居なかったらもっと酷い点差で負けていたかもしれない。
 オレの答えを聞いてそういうことだと返されて、納得はしなかったけど緑間の言いたいことはなんとなく分かった。多分、ここで納得出来なかったことが緑間の言いたいことなんだろう。自分の中の冷静な部分がそう判断しながら目の前の男を見る。


「真ちゃんって意外と世話焼きだよね」

「誰がそうさせているのだよ」


 オレ?と聞けば、お前以外に誰が居ると言い切られた。この場にはオレ達二人しか居ないから当然といえば当然の答えだ。

 あーあ、なんかインターハイの時とは逆だな。変わったつもりで何も変わってなかった、ってことはないだろうけど。オレ達はこの九ヶ月の間にちゃんと友達としての関係を築いて来れたんだな。
 最初はお前とこんな風になれるなんて正直思ってなかったけど、それは緑間の方も同じだろう。お互い、バスケがなければ話したりもしないような相手だ。もしかしたら、これも運命ってヤツなんだろうか。


「先輩達と約束したんだ。来年は勝たないとな」

「当たり前だ。大体、お前は諦めるような奴ではないだろう」

「それはお前もだろ。来年こそキセキの奴等を倒そうぜ」


 キセキの世代、黒子を含めた五人のチームを。同じキセキの世代である緑間と、いや、オレ達秀徳が。緑間はキセキの世代だけど、もう帝光じゃなく秀徳の一員だ。その名はこの先も付いてくるんだろうけど、コイツは秀徳のスリーポイントシューター。ウチのエースだ。
 そして、オレ達は緑間と一緒に戦う仲間。今は秀徳の仲間なんだ。先輩達が卒業しても今度は新しい後輩と共に、そうやってこの先も築いていく。緑間を中心に、オレ達のチームを作っていくんだ。


「あと二年、よろしくな」


 オレ達の高校生活は残り二年と三ヶ月。オレ達の高校バスケは残り二年。  その二年の内に絶対に優勝をする。
 仲間達と、相棒と。残るチャンスはあと四回。