オレ達のインターハイが終わって七月。夏は終わったけど高校バスケにはまだ冬がある。冬のウィンターカップを目指してオレ達は変わらずに厳しい練習を続けている。
だが、オレ達高校生には部活だけではなく勉学もある。学生の本文は勉強ともいうだけあって、当然だけどバスケをやっているだけという訳にはいかない。
一学期の終わりといえば期末テスト。普段はバスケばかりのオレ達もこの時は部活が休止になり、テスト期間に入る。
「で?」
「勉強教えて、真ちゃん」
チームメイト兼クラスメイト。この一学期間にそれなりに付き合ってきた訳だけど、オレ達の関係を示すならそんなところだろう。ああ、雑誌のインタビューでは下僕とか言われてたっけ。そう呼ばれるだけ進歩ではあるんじゃないかな。緑間は興味のない人間のことは本当に興味がないし。
部活では一年レギュラーということでニコイチにされたりと、他の人に比べれば一緒に居ることも多い。クラスで一緒に居るのは主にオレが話し掛けているから。それも四月に比べれば進歩はした。一方的にオレが喋っていたのが、ちゃんと会話になるくらいには。
色々とレベルが低いって?オレ達にはオレ達のペースがあるんだからこれで良いんだ。
「どうしてオレがお前に勉強を教えなければならないのだよ」
「だって赤点取ったら大変じゃん」
「大変なのはお前だけだろう」
「それで部活に支障が出たらお前も困るだろ」
別に困らん、って確かにお前はそういう奴だよな。実際、オレが部活出れなくなったとしてもコイツには関係ないだろう。試合が近い訳でもないからオレのパスが必要ってこともないし。
ついでにウチにはオレよりも優秀なポイントガードの先輩もいることだから、困らないなんて言われてしまえばそれまでだ。オレが試合に出られないのなら他の人が試合に出るだけ。メンバーは固定でもないのだから。何をやっているんだとオレが先輩に怒られて終わりだろう。
「真ちゃんの邪魔はしないからさ。お願い!」
赤点をとったら困るのは誰だって同じ。オレも部活が出来なくなるのは嫌だ。ここで赤点をとっても自己責任だけど、それを回避する為にこのテスト期間に勉強をしている訳で。自分の身近に勉強が出来る人間が居たら教えて貰いたくもなるだろ。
前回の中間テスト、緑間は学年トップだから。
こうして頼み込んだ結果、溜め息を吐かれながらも邪魔だけはするなという条件で勉強を教えて貰えることになった。
「この応用ってさ、普通にこれを式に当て嵌めるんだよな?」
ワークを広げながら隣の席に座る緑間に尋ねる。どこで勉強をしようかと思ったけれど、無難なところで学校の図書室を使うことにした。勉強をするのであって騒ぐ訳ではないのだから、それなら冷房も効いているここが一番良いだろうという結論に辿り着いた。どうせ勉強をするのなら快適な空間が良いだろ。
この問題なんだけどとワークの問題を指差すと、緑間はこちらを見ながらそうだとだけ答えた。それならこれはこのまま公式を使えば良いんだな。ならこっちの問題も同じか、とシャープペンシルを動かす。
「おい」
「ん、何? どっか間違えてた?」
式を書いている途中に声を掛けられて手を止める。そのまま顔を上げれば、こちらを見ていた翠と目が合った。綺麗な翡翠だよな、なんて整った顔の友人を見ながらぼんやりと思う。勿論声には出さない。自分から怒られにいくような真似はしない。
緑間から話しかけられることなんてあまりないから、式を間違えたんだろうと思ったものの緑間は何も言わない。どうしたのかと疑問に思っていると、暫くしてから漸く次の言葉が発された。
「お前は前回の中間テスト、何位だったんだ」
中間テスト?
緑間が言ったその言葉を繰り返した。どうして今それを聞くんだろうとは思ったけれど、順位なんて特に隠すこともない。ただ、自分の順位をしっかりとは覚えていないから曖昧なのは仕方ない。
「どれくらいだったかな。十番台くらいだったと思うけど」
中間が終わってから配られた成績表を思い出しながら大体の順位を答える。あ、この式って途中も書かないと不味いかな。答えは合ってるけど、式が足りないだけで減点なんて御免だし。流石に一から全部細かく書く必要はないだろうけど、それくらいは一応書いておくか。
式を書きながら、質問したまま何も返ってこない緑間に気が付いて「真ちゃん?」と名前を呼ぶ。すると、緑間は眉間に皺を寄せながらこちらを見た。
「それはオレが勉強を教える必要はあるのか?」
「え? だって分からないとこあったら聞けるじゃん」
現に今さっきも分からないところを聞くことが出来た。こうして教えて貰った方が分かり易いから、緑間に教えて貰ってオレとしては助かっている。
それに、緑間が何か分からなかったとしてもオレに分かれば教えることだって出来る。まず緑間が問題に詰まることがあるのかも謎だけれど、そうやって友達同士で教え合うっていうのも学生ならよくやることだろ。少なくとも中学時代、オレは友達と勉強会をしたタイプだ。
「真ちゃんも分からなかったら聞いてよ。まぁ、殆どないだろうけどさ」
そうしてまた新しいページを捲って問題を解く。そんなオレを見ながら溜め息を零すと、緑間もまた手を動かし始めた。
「あ、そういえばさ。真ちゃんって蟹座だったよね?」
「それがどうした」
「蟹座ってこの時期誕生日な気がするんだけど、いつなの?」
それはテストに関係ないだろう。
予想を裏切らない台詞が返ってきたけれど、図書室だからって騒がなければ話すのは禁止でもない。テスト勉強をしているにしてもそれ以外の話題が零でなければいけないなんてルールはない。成績の話だって勉強には関係ない訳だし。気になったから聞いただけ。友人間の話なんてそんなものだ。
「それでいつ? もう近かったりする?」
繰り返して尋ねれば、オレが答えるまで聞くだろうことを悟ったのだろう。面倒そうにしながら緑間はぶっきらぼうに答えた。
「今日だ」
「へぇー……って、は? 今日って、え、今日!?」
そうだと言っているだろうと言われて唖然。何でもっと早く言わないんだよ、と声を上げそうになるのを抑えて聞く。
すると、別にわざわざ教えるようなことでもないだろうと返された。確かに聞かなかったし、緑間が自分から言う訳ないかと納得してしまった。そういう問題なのかとは思ったけど、聞かなかったんだからしょうがない……んだろう。
そういえばオレも誕生日なんて教えたことなかったかと今更ながらに思う。星座は聞かれたけど誕生日は聞かれてないから教えた覚えがない。
どっちもどっちだ。話題に上がらなければ教える機会なんてない。こういうのは大概出会った頃に話題に上ったりするけど、オレ達にはそういうのは一切なかったから。基本的に緑間はオレの話を聞いているだけだしな。
けど、今日ってことは七月七日。七夕だろ。なんていうか、緑間らしい誕生日だよな。誕生日なんて自分で決められるものじゃないけど、凄い運命の巡り合せだ。
事前に言っといてくれたら何かしら用意も出来るけど、当日じゃ出来ることなんて限られている。今から出来ることなんて、それこそ学校帰りにコンビニで何か奢ってやるぐらいじゃねぇかな。あ、それなら。
「じゃあ、帰りにお汁粉奢るわ。誕生日プレゼントってことで」
「別に誕生日など――――」
「一年に一度だけのイベントだぜ。こういう時くらい素直に受け取れよ」
オレが祝いたいから祝うんだし、と付け足せばそれ以上の文句は出てこなかった。代わりに「そこまで言うのなら貰ってやらんこともない」と相変わらずのツンデレが発揮された言葉が返ってきて小さく笑みが零れた。
それじゃあ帰りにコンビニ寄ろうなと約束をして勉強の続き、をする前に。
「誕生日おめでと」
言い忘れていたその言葉を伝える。今日で緑間は十六歳。数ヶ月の間だけ年上だ。同じ学年の中では年上も年下もないようなものだけれど、オレが十六になる頃には何か変わっているのだろうか。
ウィンターカップのその季節。
遠いような近いようなその日が来るのは約四ヶ月後。
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