夏休みが終わったからといって、すぐに涼しくなる訳ではない。暑さが残る九月になっても部活は朝から晩まで練習が続いている。学校が始まったから平日の日中は授業を受けているけれど、朝は早いし夜も遅いというのは今まで通りだ。
バスケ部であるオレ達の次のイベントは当然ウィンターカップ。だけど、その前に学校行事が幾つか続いている。現に今も委員長が教卓の前に立ちながら、黒板には大きな文字で『文化祭の出し物について』と書かれていた。
「クラスの出し物だってさ。真ちゃん、中学ン時は何やった?」
「何と言われてもな。オレは星占術研究会に手伝いを頼まれていたからクラスの出し物には参加していない」
星占術?と気になった単語を復唱すると、ああと緑間は頷いた。星占術というのは読んで字の如く、占いのことだ。その研究会に頼まれたというからには、出し物の内容もやはり占いだろう。
緑間がおは朝占いの信者であることはオレも知っているけれど、それ以外に占いなんて出来たのか。そう思ったのも束の間、何の占いをしたのかと聞いたら「おは朝占いに決まっているだろう」とさも当然のように言われた。
納得といえば納得だけど、それって占いなのか?そりゃおは朝も占いだけどそれで良いのか。星占術研究会は手伝いを頼む奴を間違ったんじゃないだろうか。だがしかし、それで成り立っていたというのだから不思議だ。
「じゃあ、他にどんな出し物とかあったんだよ」
「そうだな。クイズ研のスタンプラリーは大盛況だったらしいが」
「へぇー。なんか面白そうだな」
帝光中の文化祭がどんなものかは知らないが、規模は結構大きそうだ。帝光は私立だしな。色んな出し物があるというのがもう楽しそうだ。オレの通ってた中学は盛り上がりはしたけど、文化祭の出し物がそもそもそういったタイプではなかった。劇だったりバンドだったり、体育館一つを使って出し物をする形だったから根本的な部分で違う。
他にはどんな出し物があったのか。他のキセキのところは何をやったのかと尋ねると、緑間は少し考えてから桃井のクラスはクレープを出していたと言った。帝光は食べ物もありなのかと思いながら、それなら飲食系は結構ありそうだなとか思ったんだけど。
「黒子のところはカレー屋だったか、執事の格好で給仕をする」
「カレー屋ね……って、執事!?」
カレーまでは分かる。だけど執事の格好って何だ。クラスで決まったかららしいが、なんでその組み合わせなんだ。でも文化祭だし、そういうものもありといえばありか。駄目というルールはないからこそ、そういう出し物になっていたんだろうし。
これは色々と凄いものもあるのかなとか考えた矢先に、黄瀬のクラスはコスプレで縁日をやっていたと言われてもう訳が分からない。縁日?コスプレ?つかだからなんでそういう組み合わせになっちゃったんだよ。あとコスプレって何をしたんだ。
「え、何。もしかしてメイド服とかでも着たの?」
「紫原が着たとか言っていたな」
「は!? マジで!?」
「それしかサイズが合わなかったらしい。黄瀬は軍服だったな」
写真を見せられたとその時のことを思い出しながら緑間は話してくれるけど、正直こっちは全然ついていけない。突っ込んだら負けってヤツなんだろうか。最早突っ込みが追い付かない状態である。
思い出話はそれくらいにして、そろそろクラスでの出し物は何にするかの相談でも始めよう。今はその為の時間だ。つい中学の話ばかりしてしまったけれど、意見の一つくらい考えた方が良いだろう。自分達のもこのクラスの一員なのだから。
「せっかくだし、ウチのクラスもそんな感じでいく?」
「やりたければ一人でやれ」
「クラスの出し物なんだから決まったら当然真ちゃんもやるんだぜ」
こういうのはクラス全員で協力してこそだ。百九十五センチもある男が着れる衣装なんて簡単には見つからないかもしれない。でも紫原って確か緑間よりも大きかった筈だから、色々と探してみれば見つかるのかもしれない。最悪どんなものでも一着あれば良いしな。
クラスでもこんな規格外の大きさは緑間ぐらいだ。一般的な男子高校生の身長で見れば、緑間と二十センチ近く差があるオレですら大きい部類だから。やっているスポーツがスポーツなだけに、それでも小さい部類に入るけど。普通に生活する分にはオレも背が高い方だ。
「大体、そんな感じとはどういう感じだ」
「んーと、コスプレ?」
「お前はやりたいのか」
「自分が進んでやりたいとは思わないけど、楽しければOKかな。真ちゃんのコスプレとか面白そうだし」
誰も進んでやりたい奴なんて居ないんじゃないか。男子としては女子がメイド服着るっていえば盛り上がるだろうし、逆に女子は男子が執事服とか着ることになれば盛り上がるかもしれないし?文化祭は勉強の一環というよりはお祭りみたいなものだからな。楽しんでなんぼだ。面白いは正義。そういった行事だろ。
「オレはやらん」
「ダメだよ真ちゃん。みんなで協力しないと。ほら、人事尽くさなくちゃ」
決まったのなら別だがそれはやりたくない。
ってことは、決まれば人事は尽くすんだ。決まってしまったのなら仕方がないだろうと話す辺りが緑間らしい。クラスの出し物はクラス全員でやらないと意味がないもんな。緑間もその辺は分かっているらしい。
その頃、他のクラスメイトはといえばオレ達のように近くの席の友達と何が良いかと意見を出し合っている。時折前に立っている委員長に向けて質問や意見が飛び、既に黒板に幾つか挙がったものが書かれていた。焼きそば、たこ焼きといった定番の飲食系。お化け屋敷なんていう案も出ている。無難なところで喫茶店というあるようだ。今のところは変わったものはないみたいだな。
定番というのは無難でもある。外れがないから失敗はしないだろう。変わったことをすれば面白味は出るだろうけど当たり外れは大きそうだ。どっちも一長一短。
「ってかさ、別に教室でやるモンじゃなくても良いんだよな?」
「劇とかそういったものか」
「そうそう。準備は大変そうだけど、どれやっても大変なのは一緒だろ」
あくまで意見の一つだけど。オレも劇がやりたい訳ではないし、これといってやりたい出し物がある訳でもない。選択肢は多い方が良いだろうというだけの話だ。
「いっそ、バスケとかどう? 真ちゃんのスリーはここでしか見れないし」
「オレのシュートは見世物ではないのだよ」
それに誰が楽しいんだ、ってバスケ馬鹿のオレ達ぐらいしか楽しくないか。
でも、お前のシュートは誰が見ても感嘆すると思うけどな。オレは今でも残ってスリーを撃っているお前を見ちゃうことあるから。勿論自分の練習もあるから少し立ち止まって程度の時間だけど。いつ見ても綺麗な放物線なんだ。リングに触れることのない放物線に目を奪われる。初めて見た時から何も変わってないそれに。
「じゃあ普通に3on3の大会とかは?」
「だからそれは誰が楽しいのだよ」
「良いじゃん、絶対楽しいって。少なくともオレは楽しいし、みんなにバスケの楽しさを知って貰うって名目ならそれっぽいじゃん」
やってみればそれなりに盛り上がると思うんだけどな。3on3なら人を集めるのもそう難しくないだろうし、参加賞とか景品も作ったりして。なかなか楽しそうだと思うけど、それはやはりオレがバスケ好きだからなのだろうか。
でも、体を動かすのが好きな奴とかは参加してくれると思うんだ。クラスで意見が通るかは別として、やってみる価値はあるだろう。
仮にそれをやるとすれば、オレ達は審判あたりだろうか。やってるのを見たらやりたくなりそうだけど、店番をする側としてそれは不味いだろう。ああ、部活以外でも考えるのはバスケのことばっかりだ。
「……真ちゃんは、バスケ好き?」
ざわざわと騒がしい教室。そこで緑間にだけ聞こえるくらいの声量で尋ねれば、他のクラスメイトも気に留めたりしない。それどころか聞こえてもいないだろう。オレが緑間としょっちゅう一緒に居るから珍しくもない光景だし、だからこそ質問をしたのだ。
前にお好み焼き屋でキセキの世代と火神が相席になりながら話をしていたことを思い出す。あの時、緑間はバスケを楽しいとかそういう気持ちでやっているのではないと答えていた。その場にはオレも居たから良く覚えている。
ちなみに、お好み焼きが緑間に飛んでいったのは偶然だ。誤解のように言っておくけれど、あれは意図的なものではない。
あの時の緑間の発言はオレも気に掛かっていた。だけどあの場では聞けなかった。そこまで踏み込んで良いのか分からなかったし。それは今も同じだけど、あの時よりはオレ達の関係も幾らかは進歩した。答えたくないのならそれで構わない。
「オレがバスケをどう思っていようと――――」
「オレには関係ない。分かってるよ」
それなら何で聞くのかって。目がそ訴えている。分かっているのなら聞くなと言いたそうだ。それでも聞きたくなることはあるんだ。
聞いていいのか分からないから絶対に答えてくれとは言わない。だから聞くくらいはさせてくれても良いだろ。お前にとっては迷惑かもしれないけど。
「でも、バスケを好きじゃなかったら毎日遅くまで残って練習なんて出来ないんじゃないかと思ってさ」
これはただのオレの推測でしかないけど、あんなに練習していてバスケが嫌いってことはないだろう。緑間が好きと答えないだろうことは百も承知だ。でも、一緒にバスケ部で練習をしていて分かってる。
それでも、バスケを好きだって答えてくれるかなと一パーセントあるかないかの可能性に賭けて聞いてみた。結果は聞いた通りだったけど、いつか、お前の口からその言葉を聞いてみたい。こんなに練習して努力している奴が、好きでもなく楽しくもなくバスケをやっているなんて思えないから。
昔は違ったのかもしれないけど、今はもう違う気がするんだ。
秀徳に入学して半年、中学を卒業してから半年が経った。オレも緑間も、秀徳に入って様々なことを知った。
「それは、人事を尽くしているだけのことなのだよ」
「……お前らしいな。そういうトコも好きだけど」
言えばベシッと頭を叩かれた。
馬鹿なことを言うなって、冗談くらい軽く流してくれても良いじゃん。しかも手加減とか考えてないし。それも緑間らしいけどそういう問題じゃない。クラスの視線がまた何かやったのかって言ってるけど、何かって言うほどのことはしてないからな。一応ホームルーム中だから声には出さないで否定をしておく。
その後もあちこちから出し物についての意見が出され、最終的に何をするかは多数決で決めることとなった。やはり無難なところで飲食系に票が集まり、出し物が決まると今度は具体的な内容と分担についての話し合いが行われることになる。
こうしてオレ達は文化祭の準備を始めるのであった。
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