芸術の秋。読書の秋。食欲の秋。スポーツの秋。
なんとかの秋という言葉は幾つもあるが、オレ達に一番馴染みがあるのはスポーツの秋だろうか。十月といえば体育の日がある。だから、ではないだろうけれどウチの学校の体育祭は十月。クラスごとに色分けされたチームで得点を競う。ちなみにオレ達のクラスは赤組。
種目は個人競技から団体競技まで色々なものがあり、出場者は事前にクラスの話し合いで決められた。全員参加のものとそうでないものがあるけど、運動部は割と色んな種目に出されることになった気がする。
「先輩!」
集合場所まで走ると、そこに先輩の姿を見つけて声を掛ける。遅いぞと怒られたけど遅刻はしていない。それでもすみませんと一先ず謝ると、これで全員揃ったかと大坪さんがメンバーを確認している。
この体育祭は基本的に色組対抗で競技が行われるんだけど、その中で唯一色組対抗ではない競技が存在している。それが部活対抗リレー。部活対抗ということで、当然オレ達男子バスケットボール部も出場が決まっていた。
「目指すのは優勝だ。分かってるな」
それはこの場に集まっている部員全員が分かっている。出場するのなら当然優勝を目指す。
だけど理由はそれだけじゃない。このリレーで優勝すれば部費が増えるのだ。その為にもここは負けられない。バスケに限らないだろうけれど、ボールを初めとした消耗品が多いから部費はあるに越したことはないのだ。
「こういうのは一番初めが大事だからな、高尾」
「大丈夫ですって。足なら自信ありますから」
バスケというスポーツの中では体格で負けることはあっても、速さだけなら部の中でも上の方だ。短距離走とかも得意で午前の部にある百メートル走にも出た。結果は一位でクラスの得点にもしっかり貢献したところだ。短距離なら緑間よりもタイムは良い。ただし、長距離になると体力が必要になってくるからオレの方が遅い結果になる。
リレーで走るのはせいぜいグランド一周。最初さえ抜けられれば問題ない。あとはバトンの受け渡しだけど、リレーは中学でも走ってるからその点も平気だろう。
「ちゃんとエース様に回しますよ」
「あまり期待せずに待っているのだよ」
「そこは期待してよ!」
優勝目指してるんだからさ。と言っても緑間の態度が変わることはない。精々頑張るのだよと言われるだけだ。
そりゃ、頑張るけどさ。もう少し何かないのか。いや、緑間にそれを期待すること自体が間違ってるな。
「そういえば、先輩達って色組対抗リレーとかも出るんすか?」
これから行われるのは部活対抗。それとは別に色組対抗リレーというのもある。これは全学年で色組に別れて競う。色組での競技だから得点も入る。部活対抗が午前の部のラストなら、色組対抗リレーは午後の部のラストという順番になっている。なんだかんだでリレーが一番盛り上がるからだろう。
「あークラスでタイム早い方だったからな」
「色組対抗もタイムで選手が選ばれるんだよな。オレは出ないが」
「あれ、キャプテンは出ないんすか?」
「リレー出ないヤツは綱引きだろ」
言われてああと納得した。どうやら木村さんもリレーではなくそっちらしい。バスケをやっているだけあって速さもそれなりにあるが、二人の場合はそれよりもパワーの方がある。
リレーと綱引きは必ずどちらかに出場しなければいけないことになっているのだ。そうなればパワーを買われて綱引きの選手になるのもおかしくない。むしろ納得だ。オレは勿論リレーの選手だ。年相応の力くらいはあるけれど、綱引きよりもリレーの方が活躍出来る。緑間もタイムが速いからリレーだ。
「じゃあ宮地サンとはまたリレーで走るんすね」
「そういうことになるな。勝たなかったら轢くぞ」
「まだ部活対抗リレーすら始まってないんですけど!」
どっちでも勝てなかったら轢く、と嬉しくない訂正をされた。
リレーってチーム競技だよな、オレの記憶が正しければ。みんなで協力をして勝ちに行く競技だった気がするんだけど。勝てば問題ないだろうってそれを先輩が言うんですか。負けつもりはないですが。
とはいえ、部活対抗というのは文字通り秀徳高校に存在している多くの部活が出場する。運動部でいえば陸上部をはじめサッカー部、野球部、水泳部。柔道部やテニス部などの運動部に吹奏楽部といった文化部も出場するらしい。勝つのは簡単な道ではないけれど、それでも部費を獲得する為にどの部も全力だ。
バスケ部の中でリレーに出るのはオレを含めたスタメンと一軍の選手。そこからタイムを主にメンバーを選んでいった結果がこれらしい。
「お前達、そろそろ始まるぞ。準備は良いか」
大坪さんが全員に向かって声を掛ける。それに部員全員が声を揃えて「はい」と答えた。いよいよ部活対抗リレーが始まる。
位置について、よーい。
審判が合図をすると、次の瞬間にピストルの音が鳴り響く。
同時に全員が地面を蹴って走り出した。バトンを繋ぐためにひたすらに走って、一人、また一人と繋がれていく。途切れることなく続くバトンを握りしめて、バトンと一緒に仲間達の意思が繋がる。
走り終えると今度は声を張り上げて応援して、ずっと仲間を繋げたバトンは最後に部長へと届けられる。全員の思いを乗せたバトンを持って、部長達はゴールテープを目指して走る。そして。
「よっしゃ! 勝った!!」
「大坪さん、流石っすね!陸上部も他の部も抜いて一位とか凄いっすよ!」
「これもみんなが頑張ってくたお蔭だ」
ゴールテープが切られたのと同時に鳴ったピストル。それと同時に大坪さんの周りに集まるオレ達。これだけの実力者揃いの中で一位を取るのはそう簡単なことではなかったけれど、オレ達だってバスケで毎日朝から晩まで走っているんだ。室内スポーツとはいえ、走る量なら野外スポーツと比べても遜色ない。伊達に強豪でレギュラーをやっているメンバーではないのだ。
お疲れ様ややったんですねと喜び合っている間に他の部活が次々とゴールをしていく。部活対抗リレーの上位は、やはり運動部系の部活の名前が並んだ。
こうして、午前の部最後の競技は無事に幕を下ろしたのだった。
「次は午後の部のリレーっすね」
「その前にも競技はあるだろ。ちゃんと一位取って来いよ」
「任せてくださいよ。真ちゃんと一位取ってきます!」
「お前等ってクラスは同じだけど出場する競技も同じなのか?」
「全部じゃないっすけど一緒のもありますよ」
例えば、と聞かれたから二人三脚とぱっと思い付いたものをつい挙げてしまってすぐに後悔した。
途端にお前等で!?と先輩達に驚かれてどういう意味なんだと言いたくなった。オレが言うよりも前に、身長差がそれだけあるのに一緒に組むのかよと予想通りのポイントを指摘された。絶対言われると思ってたけど案の定。二人三脚が身長の近い人同士で組むことくらいオレだって知っている。
それならどうしてオレが緑間と組むことになったかって?同じ部活に所属していてそれなりに仲が良く、あと一組出場しなくちゃいけないからと頼まれたからだ。
二十センチ近い差があるけれど、クラスの中でオレは緑間の次に背が高い。それならオレが別の誰かと組んでも良かったんだけど、その場の流れで決まってしまった。
「身長差があってもコンビネーションはバッチリだから平気ですよ。ね、真ちゃん」
「やるからには人事を尽くすまでです」
そう言ったオレ達は午後の競技である二人三脚で一位を取った。競技が終わった後には先輩達にまた会って、髪をぐしゃぐしゃにされながらもよくやったなと褒めてくれた。それがなんだか照れくさいような嬉しいような、そんな気分になった。
次の競技に出ると言った先輩をオレ達は全力で応援する。オレとしては目一杯先輩を応援していたつもりだったんだけど「ウルセーよ!」とグラウンドの方から怒鳴られたりして。それでも緑間と一緒に先輩のことを応援した。
高校に入って最初の体育祭は、クラスメイトやチームメイトとも力を合わせて全力で挑んだ。普段はバスケばっかりのオレ達だけど、こんな風に色組に別れて競い合うというのは結構燃えて疲れたけど楽しい一日となった。
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