木々が紅葉する秋の季節も徐々に終わりを迎え始めた十一月。高校バスケの冬の大会、ウィンターカップの予選がいよいよ始まった。

 今年のウィンターカップは記念大会らしく特別枠でインターハイの優勝と準優勝は特別枠として出場決定。それはつまり、キセキの世代である赤司が居る洛山と青峰の居る桐皇が出ることは決まっているということ。
 それ以外のキセキの世代、神奈川の海常高校に通っている黄瀬と秋田の陽泉高校に通っている紫原も予選を突破して出場を決めたらしい。

 残るキセキの世代は東京予選を控えた二人。幻の六人目と呼ばれた黒子の居る誠凛と、ナンバーワンシューターと呼ばれる緑間の学校、秀徳。
 八校で行われた東京予選は順調に突破。残るは決勝リーグだ。この決勝リーグの上位二校がウィンターカップへの切符を手に入れることが出来る。秀徳、誠凛、泉真館、霧崎第一の四校で三日間に渡る決勝リーグが開始した。


「火神だけじゃなくて、本当に黒子まで進化してきたな」


 パンを齧りながら、ついこの間行われたばかりの試合を振り返る。
 ウィンターカップ東京予選決勝リーグでオレ達は公式で二回目となる誠凛との試合をした。夏は負けたけれど今回は負けない。絶対にウチが勝つという意気込みで試合に臨んだ。

 結果は引き分け。今大会は延長もなく、これが秀徳VS誠凛の試合結果となった。無冠の五将である木吉さんを加えた夏とは違うメンバーで、火神も夏から確実に実力をつけていた。
 それでもオレ達だって夏から何も変わっていない訳じゃない。あの緑間がチームにパスを出すようになった。プライドが高くて、仲間にパスをするより自分で点を取りにいくような男が。自分が引きつけてパスを出すなんて言った。部員の誰もが信じられないといった表情で、オレもまさかと思った。監督まで驚いていて、聞き間違えじゃないのかと聞き返したけれど緑間の言葉は何一つ変わらなかった。
 そのお蔭でオレ達には新しい選択肢が増えた。より一段と強くなって挑んだ試合の結果は引き分けだったけど、夏の敗退はちゃんと次に繋がっていた。そのまま秀徳は本戦出場を決め、誠凛もまた本戦に出場する二校の枠を勝ち取った。誠凛にはウィンターカップ本戦でリベンジする。


「今度は消えるドライブとか、もうワケ分かんねーよ」

「何も本当に消えている訳ではないのだよ」

「そりゃ分かってるけど、オレもお前も黒子に抜かれたんだからな」


 人が消える訳がない。普通に考えれば分かることだ。けれど、消えたかのように錯覚してしまう。オレには鷹の目があるからミスディレクションは効かないんだけど、このドライブはどうやっても消えたようにしか思えなかった。ミスディレクションも普通はそういう風に錯覚するものなのかもしれない。
 とはいえ、本当に消える訳がないのだから何かしらのタネはある。試合中にその仕組みは見破れなかったけど、今はどうしてそう錯覚していたのかも分かっている。まぁ、あれだけ見せられてたからな。流石にオレも緑間もそのタネに気が付いた。


「だが、次は止める」

「だな。誠凛とやれるのはウィンターカップか」


 キセキの世代が全員揃う最初で最後のウィンターカップ。上位は間違いなくキセキの世代が進学した学校が揃う。それにしたってベスト四に全員がなれる訳じゃない。ベスト四に入れるのは四人、残りの二人はベスト四にすら入れない。
 どの学校がトーナメントのどこから始まるか。流石に全員が決勝戦より前で当たるようなものにはならないだろうが、それによってかなり違う。どこと当たろうが全力でぶつかるだけとはいえ、キセキの世代が揃う唯一の今大会はどんな波乱が待ち受けているのか。


「にしてもさ、キセキの世代が全員揃うとか凄いよな」

「夏も四人はインターハイに出ていただろう。東京予選でオレ達がぶつかっただけだ」

「桐皇に誠凛。東京は三校だけど、その予選で当たったんじゃ本戦には出られないもんな」


 それでもインターハイなら可能性はある。ウィンターカップは二度と全員揃うことはないけれど、夏なら三人が別のブロックで決勝リーグに進出したなら代表の三校に全員が入ることも不可能ではない。けれど、三大王者も同じブロックになることがあるくらいなのだからキセキの世代が進学した学校が同じブロックになることは少なくないだろう。やはり、全員揃うというのはそうそうなさそうだ。
 東京予選で三人がぶつかり、そこを勝ち進んで全国へ行ける。その全国でもキセキの世代と戦って、というのがこの先もオレ達が三年になるまで続いて行く。この三年間で高校バスケは有名になるのかもしれない。


「ところでさ、真ちゃん。オレが何座か知ってたよね?」


 パックの牛乳を飲みながら、ビニール袋の中のパンを取り出す。これで二つ目だから男子高校生の昼食としては無難な量だろう。部活が終わってからまた何かを食べたりはするけど、普通に昼飯としてはこんなものだ。合宿の時は無理にでも押し込んだけど、あんな量は合宿でなければ食べない。夕飯以外の食事は辛い以外の何でもなかったからな。


「蠍座だろう」

「そうそう。ついでにさ、蠍座って何月何日から何月何日までのことか知ってる?」


 蠍座の人は十月二十四日生まれから十一月二十二日生まれを指す。緑間が間違う訳もなく、正しい答えをその口が紡いだ。ちなみに今日は十一月の二十一日。さっき緑間も答えてたけどオレの星座は蠍座な訳で。
 ここまであからさまに言えば勘付かれるかとも思ったけど、案外そうでもなかった。どうしてそんなことを聞くんだと目で訴えられて、どうしようかと思いつつもここは素直に答えることにした。その為に話題を振った訳だし。


「要するに蠍座は明日までだろ。オレ二十一日生まれの蠍座なの」


 遠回しはやめて直球で言えば、翡翠の瞳が真っ直ぐにこちらを見た。
 あ、やっぱり知らなかったか。だってオレは言ってないし。オレもお前の誕生日を知ったの当日だったけど。誕生日の話をした時に緑間からは聞いたけどオレは聞かれなかったし言うタイミングもなかったからそのまま今日まで来た。

 まだオレ達が出会ったばかりの頃。緑間は占いの為に星座を聞いてきたことがあった。その時は星座を聞かれたから星座だけ答えた。オレも緑間が蟹座だって言っているのを聞いていたからそれだけは知っていた。
 誕生日は知らないけど星座だけ知ってるなんておかしな感じだよな。友達同士で誕生日と星座のどちらを知っているかといえば、誕生日を知っているって方が多そうだ。どの星座がいつからいつまでなんて覚えていない人も居るだろうし。


「……つまり、今日が誕生日だと言いたいのか」

「まぁ、だからって何か期待してたワケでもないんだけどね。誕生日教えてないし」

「それなら、どうして今言ったのだよ」


 まず誕生日を教えていないから祝って貰えるとかは考えていなかった。別に祝って欲しいと思っていた訳でもないからそれは良い。朝から誕生日だからと期待なんてしていない。
 じゃあ何でこんな話を持ち出したかって?理由は簡単だ。


「真ちゃんがどんな反応してくれるかと思ってさ」


 知らなくて当然の誕生日だけれど、それが今日だと言ったら。お前はどんな反応をするのか。それが気になって、なんとなく話題にしてみた。結果は大体予想通り。
 当日に誕生日だって知ると驚くよな。いきなり言われても何もないしさ。何かしようにも出来ないじゃん?とりあえず手近にあるものでプレゼントになりそうなものを探すよな。あ、その前に「おめでとう」って言って。

 とはいえ、誕生日を聞いたことあっても忘れてて当日にどうにかすることもよくある話だ。使い掛けの消しゴムをやると言われていらねーよと笑ったりして。帰りにコンビニで奢ってやるとかその程度のことでもなんだかんだ嬉しくてさ。特別祝って欲しい訳ではないけど「おめでとう」の一言でさえやっぱり嬉しい。
 祝ってくれる人が居るとただの一日が特別な一日になるっていうか。ま、祝われて嫌な気持ちになる奴なんてあまり居ないだろう。


「これでやっと真ちゃんと同い年だぜ」

「同じ学年なのだから年齢差なんてあってないようなものだろう」


 それはそうだけど、それでも数ヶ月だけ緑間の方が年上の時期があるのだ。だからといって歳の差がある時に今はお前の方が一歳年上だからみたいなことにもならないけど。結局は同い年だからな。
 そのたった数ヶ月で違いが出るとすれば、二十歳になって酒を飲めるようになった時とかだろうか。それは流石に後数ヶ月だからって飲んだりできないからな。


「あと八ヶ月もすれば真ちゃんの誕生日か」

「一体いつの話をしているのだよ。その前にも色々あるだろう」

「ウィンターカップとかクラス替えとか? あ、インターハイ予選もあるな」

「まずはウィンターカップだ」

「それもそうだな」


 今挙げた以外にも行事は幾つもある。期末テストや冬休み、学校行事に拘らなければクリスマスや大晦日などといったものもある。八ヶ月も先のことを考えるよりも前に考えなければいけないこと、やらなければいけないことは沢山だ。
 その中でもまずは緑間の言ったようにウィンターカップ。オレ達バスケ部員にとっては今年最後の一年で最大の大会。キセキの世代が全員揃うこの大会は、三年生の先輩達にとっては最後の大会でもある。
 ウィンターカップを勝ち進むということはキセキの世代とやり合うということ。開催までのひと月でどれだけ実力を付けることが出来るか。それが一つの課題だ。


「まだ誰と当たるかも分からないけどさ、やっぱ今のままじゃダメだよな」


 何もしないつもりだったんじゃなくて、ただこれまで通りの練習を続けるだけではダメなんじゃないかと思った。それも勿論大切だけど、オレに出来るのはこの目を使ったパス回しだけ。
 新技の一つでも身に付けられればなとは思うものの、オレはこれまでずっとこの目だけでバスケをしてきた。中学からずっとだ。新技だって考えたことはある。それでもこれだけでやってきたから、今更それを考えたところで最終的に辿り着く結論はいつも同じ。それならポイントガードとしての戦術の一つでも考える方がよっぽどマシだ。鷹の目もオレがポイントガードだから活かされてる訳だし。
 緑間がスリーだけを磨いているのもそれが合っているからで、他の小手先だけの技術を身に付けるくらいならその方が良いと判断しているからだ。バスケ一つをとっても人それぞれスタイルは違う。オレ達は新しい技を身に付けるより、今あるそれを伸ばしていく方が合っている。それが答えだ。


「お前にしては珍しく弱気か?」

「まっさか。けど、この一ヶ月で今よりもっと強くならないとな」


 言うまでもないだろうけど。だってコイツはインターハイ予選で敗退してから、それまで以上に残って練習をするようになった。まぁ、それは緑間に限らないけど。
 バスケというスポーツには勝ち負けがある。当然誰だって勝ちたいと思う。だけど、負けることにも意味はある。あの試合から、オレ達はちゃんと前に進むことが出来ているのだろうか。


「…………高尾」

「んー、何?」


 正しい道を進んでいるかなんて自分でも分からない。それが正しい道だと信じて進むしか出来ない。オレ達はそうして今日まで練習してきたし、これからも練習を続けていく。ウィンターカップではもう、インターハイ予選の時のような光景を見たくはない。頂点に立てるのは僅か一校だとしても、この仲間達とそこへ行きたい。あんな思いはもうたくさんだ。
 勝ちたい。勝って王者の風格を取り戻すんだ。チームの司令塔として、今度は間違えないから。

 そんなことを考えながら聞いていたのだが、緑間の口から出た言葉にそれまで考えていたことなどぶっ飛んでしまった。
 あれ、そういえば前にも似たような感覚を味わったことがあった気がする。デジャブ?いや、そうじゃなくて。


「え? は? パスって、いつも出してるだろ……?」


 試合でも練習でも、それこそオレがパスを出す相手なんて緑間が一番多い。それはオレの鷹の目とコイツのスリーの相性が良いからだ。ついでに一年レギュラー同士だから何かと組むことも多い。今朝だってオレは緑間に何本もパスを出している。
 だが、信じられないのはあの緑間が自分にパスを出せと言ってきたことだ。パスくらいいつも出しているんだから今更何言ってんだって話なんだけど。
 というか、何で今ここでオレにそんなことを言い出したんだ。自分が点を取る為だなんて四月のようなことは言わないだろうけれど、オレに言うってことはオレじゃなくちゃダメな理由でもあるのかよ。


「お前にはその目があるだろう」

「鷹の目? まぁ、オレはこれでバスケやってるし」

「パスには自信があるな」

「そりゃ、パス回しを生業にしてるからな」


 っていうかパスに自信のないポイントガードってどうなんだ。そういう意味で言ってるんじゃないんだろうけど。
 オレの場合はこの目もあるしボールを回して点を取りに行くスタイルだから、パスには当然自信がある。つーか、緑間に会った頃にそんな話もしたよな。覚えてるかは知らないけどさ。でも、鷹の目とパスを挙げたってことはオレじゃなくちゃいけないことなのかということまでは理解した。


「なら、正確にオレのシュートフォームに合わせてパスを出せるか?」


 正直、コイツの言っている言葉の意味が分からなかった。正確には分からないというより、何言ってんだコイツといった感じだ。

 だってそうだろ。シュートフォームに合わせてパスを出せって、当たり前だけど言われて出来るようなことじゃない。難しいとかそういうレベルの話でもない。普通に考えて有り得ない。それをいったらコイツのシュート自体普通じゃ有り得ないんだけど、それをやるには技術だけじゃなくてオレ達の信頼関係も必要になってくる。
 ぶっちゃけた話、それは無理だ。同じような能力を持っている伊月さんでも、全国で有名な笠松さんでも出来る訳がない。当然オレにも無理な話。誰だってそんな無茶なことは出来ない、普通は。

 そう。普通はそんなの絶対無理だから考えるまでもなく否定する。
 じゃあなんでそうしないのかといえば、オレも緑間もそれぞれパスとシュートだけは自信があるのだ。勝ちたいという気持ちは当然同じ。負けず嫌いでやる前から諦めるのなんて性に合わないタイプで、普通に考えれば無理なことでもコイツならと思ってしまった。信頼関係は、チームメイトに相棒だと認められているくらい。


「……真ちゃん、相当無茶言ってるって分かってるよね?」

「だからお前に言っているのだろう」


 あー……何なんだよ本当。今日は蠍座何位だったんだろう。蟹座は六位だったんだけどな。お前ってそんなにオレのこと買ってくれてたの?今の今まで知らなかったよ。


「出来るか?」


 出来るか出来ないかって言われたら、出来ないとは言いたくない。パスだって正確にお前に繋げる自信はある。残るタイミングは、オレ達がいかに信頼して合わせることが出来るか。
 こんな提案をしてきたってことは、お前はそれが出来ると考えたってことだろ。それなら、相棒としては期待に応えない訳にはいかない。


「当たり前だろ。真ちゃんこそ大丈夫なの?」

「誰に向かって言っているのだよ」

「そうでした。んじゃ、ウィンターカップ目指して新技の練習といきますか」


 オレ達だけの新技を身に付けてキセキの世代を全員倒す。タイムリミットは約一ヶ月。それまでには必ず完成させてやる。早速今日から練習開始だ。

 いつの間に時間が流れたのか、教室には昼休みが終わる五分前のチャイムが鳴り響いた。昼食のゴミを片付けようと纏めだしたところで唐突に向けられた一言に、どうしてこのタイミングなんだよと思いつつも思わず笑みが零れた。
 もしかしてオレが話題を振ったから、いつ言うべきか考えてたのだろうか。やっぱコイツと一緒に居ると楽しいわ。毎日飽きない。

『誕生日おめでとう』

 やっぱり祝って貰えるのは嬉しいもんだな。