卒業の季節、三月。卒業式を迎え、オレ達にとっての最後の先輩達は秀徳高校を飛び立った。
この学校で出会った最後の先輩達。先輩を送り出すのは今年で二回目。式が終わった後に部員全員で先輩にお礼とお祝いをした。来年こそ優勝しろよ、とまた先輩からエールを貰った。来年こそは必ず、と新たに誓ったそんな三月の初め。
先輩達を送り出した後で待っているのは二年生最後のテスト。ここで赤点なんて取ったら進級に関わる。テスト期間は部活動も停止でオレ達は勉強に取り組んだ。とはいえ、これまでの成績通り。しっかり勉強をすれば赤点になるような点数は取らない。
無事にテストを終えてやってきたのはひと月前、女の子達から貰った好意に返事をする日。
「えっと、真ちゃん? これは…………」
きっぱりと義理だと言われてクラスメイトに渡されたチョコも、その子が時間を割いてわざわざ作ってくれた物であったり、考えて用意してくれた物だ。貰った物に対してはちゃんとお礼をする。
とはいっても、特別料理が得意でもないから近くのスーパーで買った物だ。それでも女の子達は「ありがとう」と受け取ってくれてた。男子からのお返しなんてみんなこんなものだ。
そんな風に女の子にお礼を渡していた訳なんだけど、今オレの目の前には小さな袋が二つ。
一つは妹ちゃんに渡す奴。去年もそうだったけど、オレの妹ちゃんも緑間の妹さんもオレ達にチョコをくれたから。兄に対してと、その兄がお世話になっているからという理由らしい。お兄ちゃんは学校で会うでしょと頼まれて、去年に続き今年もオレ達は妹のチョコを交換するということをしていた。事情を知らない人からすれば相変わらず何をやっているんだと思われそうなものである。
だが、今オレの目の前にはそれとは別にもう一つの袋が存在している。ちなみに去年もホワイトデーにオレが緑間から受け取ったのは二つだった。一つは妹ちゃんと一緒になってオレが作ったチョコを貰ってもらったから。お礼は要らないと言ったのに律儀な緑間はわざわざ用意してくれた。
でも、今年は何も渡してなかったと思うんだよな。だからこの袋の意味を理解しかねて緑間に直接尋ねている。
「バレンタインのお返しだ」
「だよね。でも、何で二つ?」
「お前の妹とお前の分だ」
一つは当たりだけどもう一つはどういう意味だ。今年はお返しを貰うようなことをしていない筈だけど。それとも何かしたんだろうか。いや、していないと思う。
そういえば去年も似たようなやり取りをしていた。オレはお返しなんて要らないって言っていたから、これは何なんだって尋ねて。要するにデジャブ。
「オレ、今年は何も渡していない気がするんだけど」
デジャブを感じつつもオレは自分の意見を話す。バレンタイン当日には何もしてない筈だから、それ以外のどこかで何かしたのかと数ヶ月前の記憶を辿る。バレンタインの前の出来事なんていっても近いところでウィンターカップはまずない。クリスマスやお正月辺りもないだろう。新学期が始まって実力テストがあって、あとは普通の学校生活を送っていたくらいだ。
普通の学校生活。そこまで考えて「あ」と声が漏れた。漸く思い出したかと緑間が言うのを聞きながら、まさかとは思いながらもオレは確認の為に口を開く。
「まさかとは思うんだけどさ、なんとなく思い付きでバレンタインだとか言ったアレのこと……?」
部活が終わった後の帰り道。コンビニに寄った後でオレはバレンタインだからという適当な理由を付けながら、その文字を見て思い付きで買ったチョコを緑間に渡した。あの時は海外でのバレンタインというものを思い出して、早いけれどバレンタインコーナーが出来ているくらいだから良いかと思って深い理由もなくそんな行動を取っただけだった。
けれど、緑間が頷いたのを見て当たって欲しくもない考えが当たっていたと知る羽目になった。どのみち知ることにはなっていたのだろうが、これは流石に律儀すぎるだろう。オレが渡したのはチョコレート菓子が並んでいるところにあったチロルチョコ一個だ。それがどうしてちゃんとしたお返しになって戻って来るのか。
ちょっと待てよ、確かあの時。これも冗談ではあったけれど。
「あのさ、もしかしてこれって三倍返しだったりすんの?」
「お前が三倍は基本だと言ったのだよ」
やっぱりか。どうして余計なことを言ってしまったんだ、数ヶ月前のオレは。それを実行する緑間も緑間だ。いつもみたいにくだらないことを言っているで流してくれれば良かったのに。なぜこんな時ばかり、というのは理不尽だろうか。緑間の性格くらい分かっているのだから。
そういえば冗談で三倍返しが基本だと話していた時、甘い物を三倍で返せば良いのかなんて話にもなっていた。それだけは勘弁して貰いたいのだが、本当にそんなことになっていたりするのか。なんか怖くて開けたくなくなる。
「何を警戒している」
「いや、だってあん時の話の通りだと……」
「お前はオレがお返しに相手が嫌いな物をやるとでも思っているのか」
それは、多分ない。相手の好みを知らなかったのなら別だろうが、知っていてそういうことをする奴ではないと思う。どうして自信がないのかといえば、何が入っているかが気がかりだからだ。
そんなオレを見た緑間は、はぁと溜め息を零した。そのようなことをするのはお前ぐらいだと言われて否定をしながら、だけど緑間なら大丈夫だよなと信じてその袋を開けてみることにする。袋を手に取った時点で何も言われていないのだから、本人の目の前で開けることは問題ないようだ。
去年はホワイトデーのお返しとして定番のクッキーだった。まぁ無難なところだろう。オレもお返しに選んだお菓子は似たようなものだ。さて、今回は何が入っているのか。
「これって、金平糖?」
袋から出て来たのは小さな星の山。色んな色の星が元の袋とは別の小さな袋一杯に詰まっている。
「そこまで甘くはないだろう」
「まぁ、そうだな」
金平糖も飴のような物だから甘いことは甘い。砂糖を使っている訳だし。食べられない物ではないけれど、何で金平糖?ホワイトデーのお返しならせめて普通に飴で良かったんじゃないのか。
どうやらそこには例の話が関係しているらしい。バレンタインのお返しは三倍。オレがあの時渡したのはチロルチョコ一個だけだ。この金平糖の数は数えていないけれど、個数でいえば三倍以上は確実にある。重さも三倍はあるのかな。値段で見てもチロルチョコの三倍なんて百円にも満たない訳で。金平糖だって安い物だけど、三倍にはなるのか。
「でもさ、それならやっぱ普通に飴でよくねぇ?」
「それでは面白くないだろう」
「飴と金平糖でどう違うんだよ」
「物自体が違う」
それは言われなくても分かる。そうじゃなくてと突っ込もうとしたところで「それに」と続けられるのが聞こえて留まる。
それにお前はこっちの方が好きだろって、飴と金平糖でどっちが好きと言われても困るけど確かに的は射ている。味とかそういう話ではなく、単純に飴と金平糖だったら金平糖を取るだろう。こういうお菓子は嫌いじゃない。
「オレが金平糖の方が好きそうだから金平糖にしたの?」
「半分以上、三倍返しの為だ」
半分以上って何割くらい?なんて聞いてみたら、九割とのこと。それって殆どその為だけじゃねぇか。
ああでも、一割はオレの為に選んでくれたらしい。それなら十分か。相手は緑間なんだし。大体こういうことはそれで片付けられる。
七色の星を太陽の光に当てると、透き通る星がその光を通してキラキラと輝く。小さな星の輝きを眺めているのは楽しい。何が楽しいんだっていわれても説明し辛いけど、ただのお菓子なのに本当の星みたいだろ。言ったところで否定をされるのも悲しいから声には出さないけれど。ただ純粋に綺麗だなと思うのだ。
「ありがとな、真ちゃん。ちゃんと三倍返しで受け取ったぜ」
「見てばかりいないでさっさと食べるのだよ」
「分かってるって」
どうして飴と金平糖なら金平糖を選ぶのかというと、こうして見ているだけでも楽しめるからだ。むしろこうして見ている方が好きかもしれない。何気にオレのことよく分かっているよな、と心の中で呟く。それも二年間で築いてきたものなら嬉しいな。
もうすぐオレ達も三年生。一年も二年も同じクラスだったんだ。最後の年もどうせなら一緒のクラスになれたら良いなと沢山の星達に願う。
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