桜の花が散り緑の葉が生い茂る五月。ゴールデンウィークは毎日部活で練習や試合という素敵な休日でした。今月からインターハイ予選も始まる。元々少ないオフがゴールデンウィークにある訳もなく、レギュラーの面々は練習試合で何事もなく勝利を収めていった。
流石に一学期も始まってすぐのこの時期に一年でレギュラー入りをしている者は居ない。一軍に数人ほど昇格しているぐらいだ。それについては去年が異常だっただけで今年の方が普通だろう。去年は最初から緑間が一軍でレギュラー入りしてスタメンに選ばれてたからな。
……オレも人のことは言えないけど。
でもあの頃はまだ緑間のシュートとオレの目の相性が良かったからユニフォームを貰えていたようなものだった。今もそれは変わっていないのかもしれないが、緑間のシュートとオレの目が揃って初めて出来ることもある。確かにきっかけは緑間のお蔭だろうけど、今は自分の力でユニフォームを貰うことが出来ているのではないかと思う。
(けど、一日に強豪相手に二試合はキツイな……)
午前中に一試合、昼食を取ってまた試合。今日はスタメンの調整ということでオレ達は二試合フルで出ている。二試合こなせるだけの体力くらいはあるけれど、それでも相手が強ければ強いほど体力の消耗は激しい。インターハイ予選の最後は一日二試合なのだからこれくらいはこなせなければ駄目だろう。二試合とも出ることになるかはともかく、今回の練習はその為の二試合だ。
結果は二試合とも秀徳の勝利。相手は強豪とはいえキセキの世代ではない。アイツ等とやり合ったのではないのだから順当に白星を獲得したといったところか。
(集合しなくちゃいけないのに、何でこんな時に)
頭がズキズキする。せめて集合終わったところでなってくれれば良いのにと思ったものの、こういうのはコントロール出来るものでもないかと自己完結した。
やっぱり強豪相手の二試合はキツイ、なんてのは言い訳だ。自分の力を過信するもんじゃないな。したつもりはないけど自分のことくらい把握しておかないといけないのは確かだ。
分かってるつもりじゃ駄目だなと改めて認識する。気を付けてるつもりでも試合中はバスケのことしか考えられない。その結果がこれである。
「高尾、行くぞ」
「はいはい」
今日は調子良かったなと声を掛けると当然のように今日の蟹座は一位だったからなとの答えが返された。ちなみにラッキーアイテムはテレビのリモコン。
それをお前が持ち歩いたら家族が困るんじゃないのかと今朝会って早々に言った。なんとかなるだろうで片付けられたけど、どう考えてもなんとかならない。とはいえ、緑間のことは家族も知っているのだからなんとかしてくれているのだろう。テレビを見ないという方法で。
全員が集合すると、今日の試合についてのミーティングが行われる。頭痛は現在進行形で続いているけれど、それを表に出さずにしていることは難しいことではない。昔からよく見えるから上手くやっていく為に自然と身に付いたものだ。
気付かれたことはない、と思う。誰かに確認したことなんてないから絶対とは言い切れないけど、それでもオレは大丈夫だと思っている。まわりと上手くやっていく為には必要なことだ。実際あって苦労はしてない。
監督の話が終わり今日の部活も終わりとなった。後は各々荷物を持って帰るだけだ。ぞろぞろと出て行く部員の姿を眺めながら、これで少しはマシになるかなとぼんやり思う。
「さてと、帰ろうぜ真ちゃん」
エナメルを肩に掛けて相棒を振り返る。短く「ああ」という返事が聞こえてオレ達も帰ることにする。
だけど世の中そう都合よくはいかない。体育館を出て適当に雑談をしながら歩き、自転車置き場までは問題なく着いた。ジャンケンもいつも通り負けた。そこまでは良かったんだけど、いざ帰ろうとペダルを漕ごうとした時に走った痛みに掛けた足を下ろした。
これで自転車に乗るのは不味い。一人だったら良いけど今は緑間も一緒だ。それ以前に一人だったら乗らずに押して帰るくらいにはヤバい。こんな状態で事故に遭ったらシャレにならない。何も知らない緑間は疑問の声を上げるが、ごめん。ジャンケンには負けたけど今はちょっと無理だわ。
「真ちゃん、十分。いや五分待って」
「どうかしたのか?」
そういう訳じゃないんだけどとはぐらかす必要はないか。ついそこまで出かかったけどなんとか飲み込んだ。
別に隠しているつもりでもなかったんだ。ただ言うタイミングがなかっただけで。十数年と付き合っていれば対処法くらい分かっているし、そもそも頻繁に起こるような現象でもない。オレが気を付ければ良いだけの話だから説明しなくても良い気はするが、どうせ話すなら早い方が良いだろう。今後部活中にヘマするかは分からないけど、コイツとはまだ一年以上も一緒にバスケをするんだから話せる時に話しておこう。
「大したことはないんだけどさ、頭痛いからちょっとだけ休ませて」
一先ず待って欲しい理由から話す。言ってすぐに大丈夫かと心配されたから、それは大丈夫だと答えておいた。少し休めば良くなる筈だから。ここは人も少ないしそれで平気だろう。
しかし、いつからだと聞かれて素直に試合が終った時からだと答えたら本当に大丈夫なのかと疑惑の目を向けられた。その点は人が少ないから本当に大丈夫だ。って言っても、緑間には訳が分からないだろう。それについては頭痛の原因を聞けば分かるから簡潔に説明してしまうことにする。
「別に体調不良じゃねーんだよ。鷹の目を使い過ぎると情報量多くて頭痛を起こすだけだから」
「つまり、今日の試合で使い過ぎたということか」
「そういうこと。目を休ませてればすぐに回復するから平気だぜ」
だから心配することは何もない。ミーティング中にそれは出来なかったけど、今は緑間と二人だけだから休めさせられる。少しでも目を休めさせられれば大分違うものだ。温めたタオルは目の痛みを和らげるのにも効く。そんな物を持ち歩いてはいないけれど、目の方も休ませてやればマシになるだろう。
「これまでにも、目を使い過ぎて頭痛を起こしたりしていたのか」
目の使い過ぎというか、昔はちゃんとコントロールが出来なかったから。それは出来るようになったから、今は使い過ぎて頭痛が起きるくらいだな。部活に支障を出したりはしなかったけど。まぁ、支障が出るくらいだったらとっくに緑間にも知られていただろう。高校に入ってからも何度か使い過ぎたことはあったけれど、そんな感じで特に知られることなく今日まで来ただけだ。
緑間は心配しているようだけど、例えばゲームをしすぎて目が疲れるとかあるだろ。それと同じで使い過ぎてるだけだから心配されるようなこともない。この目はよく見えるから気を付けないとすぐにそうなってしまうというだけの話。
「いつものことだから気にすんなよ。頭痛が起きるのは情報が多くてキャパオーバーしただけ。オレの目って視野が広くて俯瞰から見えるんだけどさ、物を俯瞰で見るのは脳で情報を整理してるっつーの?」
上手く纏めようとして失敗した感しかないけれど、何もオレは見るもの全てが俯瞰で見える訳じゃない。鷹の目を使わなければ他の人と同じだ。まぁそれでも普通よりは視野が広いのかもしれないが、オレにとってはこれが普通だからその辺はなんともいえない。
鷹の目を使って視野を広げて俯瞰で見えるように脳で切り替える、っていうのかな。当たり前のようにやっているからいざ説明するとなると難しい。ああでも、よくあるこの図形を俯瞰で見た時にみたいなのは得意だ。すぐにどういう形か頭で分かるから。
俯瞰で見るには頭の中でそう見えるようにしているからで、だから使い過ぎると頭痛を起こしたり目が疲れたりする。説明するならこんな能力なのだ。
「なんか上手く説明出来ないけど、とにかく心配することはないから」
「だが、今は頭痛が酷いのだろう」
隠す気も起きないくらいに、っていうのは違う。こんなことで事故を起こしたくなんてなかっただけだ。
そんなオレを緑間は問答無用で「降りろ」と自転車から降ろした。そのままリアカーの方に乗せられて「何なんだよ」と声を上げれば「病人は黙っていろ」と一喝された。
頭が痛いだけで病人なんて大袈裟だろ。だけど頭痛が酷いという言葉に反応しなかったことに緑間はしっかり気付いていたらしい。そういう時は初めから素直に言えと話しながら自転車に跨る緑間に、ジャンケンで負けたのオレなんだけどと意見しても無視される。聞けよと言っても黙れで終わり。オレに話すなとでも言うのか。
「お前はオレを体調が悪い奴に自転車を漕がせるような奴だと思っているのか」
「いや、あー……ラッキーアイテム探しに付き合わされたりはするけど」
「…………喧嘩を売っているのか?」
置いて行くぞと言ってはいるが、緑間なら本当に置いて行ったりはしないだろう。ごめんと謝れば、溜め息を吐きながら自転車を漕ぎ始めた。
まさかこんな形で緑間に自転車を漕がせることになるなんて思いもしなかった。少しでも休んでいろとぶっきらぼうに投げられて、今日はありがたくそうさせて貰うことにする。大丈夫は大丈夫だけど、ここまでされてオレが意地になったり無理をする必要なんてどこにもない。だから今日だけは相棒の優しさに甘えさせて貰うことにする。
「ありがと、真ちゃん」
リアカーに背を預けながらいつもとは違う光景を眺める。明日はジャンケンなしにリアカーを漕ぐ、のはいつも通りだからお汁粉でもお礼に奢ろうか。いつかはジャンケンに勝ってこの光景を見たい。
緑の髪が揺れるのを暫し見つめて、オレはそっと目を閉じる。自転車置き場でも休んでいたから大分落ち着いてきた。この調子なら家に着く頃には収まりそうだ。
「高尾、お前はオレ達の仲間だ。少しはオレ達を頼れ」
「なんか今日の真ちゃんはやけに優しいね」
「お前は秀徳のポイントガードだ。勝手に無理をして倒れられては困るのだよ」
本当、今日はよく喋るというか。珍しいデレだななんて思う。というか、そんな風に思ってたんだ。普段はそういうこと全然言わないから知らなかった。ちゃんと仲間として認めてくれてんだなとズレたことを考えながら、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
「オレもそこまで馬鹿じゃねーよ。真ちゃんこそシュートばっかり撃って体壊すなよ」
「馬鹿め、オレがそんなことをする訳がないだろう」
日々人事を尽くしてるもんな。緑間が無理な練習をする訳がないことはオレもよく知っている。それこそ心配することはないだろう。
明日はパス練をしておきたいんだけど、緑間は付き合ってくれるだろうか。シュート練が終わった後なら大丈夫かな。緑間とやらないと意味ないし、インターハイも近いから断られたりもしないだろう。
今年の予選はどこと同じブロックになるのか。出来ればキセキの居るところとは別のブロックになりたいよなと思うのは、インターハイに出られる可能性の問題だ。
それが分かるまであともう少し。
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