インターハイ予選が始まり残りの試合も数少なくなってきた六月。今年はどのブロックでどこと戦うことになるのかと誰もが気になっていた訳だが、どこの女神の悪戯か。トーナメント表が配られた時は空気が凍った。
大会の組み合わせはランダムだ。去年は東の王者と呼ばれるウチと北の王者と呼ばれる正邦が同じブロックになり、一昨年一年生だけで決勝リーグに進んだ誠凛も同じブロックに。一昨年の決勝リーグ出場者が三校も同じブロックに入ることがあるのだから、可能性としては三大王者もキセキを獲得した学校も幾つかが同じブロックになることも十分に有り得た。だけどまさか。
「予選から凄い組み合わせだよな」
改めてトーナメント表を見て思う。こんなトーナメント表が出来上がるなんて誰が想像出来たのだろうか。可能性はあるとしても流石にないだろと思っていたことがこの紙に書かれている。
今年のインターハイ予選Cブロック。三大王者と呼ばれる秀徳、正邦、泉真館の三校はそれぞれ違うブロックに配置された。
だが、キセキの世代を有するが学校。秀徳、桐皇、誠凛の三校は見事に同じブロックに揃った。つまり、今年のインターハイ東京代表はキセキの世代一人と正邦に泉真館が有力だと言われている。
「準決勝と決勝で桐皇と誠凛だろ。今年は準決勝で温存とか無理だな」
「そんなことをして勝てる相手ではないのだよ」
「だよな。監督も言ってたし」
黒子と火神、青峰を相手に緑間抜きでは勝てない。向こうも全員スタメンで来るだろう。お互い温存なんてしている余裕もなくぶつかり合うことは軽く想像出来る。
ちなみに準決勝が桐皇、決勝が誠凛だ。まずは桐皇の青峰を突破して、それから誠凛との決勝リーグ進出を掛けての試合になる。ウチも桐皇も準決勝だからと出し惜しみは出来ない。けれど、どちらが準決勝を進んだとしても休憩を挟んだ次の試合にあの誠凛コンビとやることになるのだから厳しい戦いになるのではないだろうか。
「四回戦と五回戦の二試合連続は苦戦もしなかったけど、これは正直ヤバくねぇ?」
「それでもやるしかないだろう。勝つ為にはな」
相手が誰だろうと勝つ気で挑む。緑間は何本だってスリーを撃つだろうし、他のチームメイトも全力でボールを追う。ウィンターカップでは一度もあのドリブルを破れなかったけど今度は絶対に突破する。とはいえ、向こうだって練習を積んでいる筈だから去年のままではないだろうが、それはこちらとて同じ。負ける気はない。最初から全力でぶつかる。
秀徳でオレ達が挑戦できる残り四回の内の一回。もし準決勝で負けたのなら自動的にウィンターカップ出場権がなくなりその数は一気に半分になる。準決勝は何としてでも勝たないといけない。
「今日って蟹座三位だろ? 他のヤツとの相性はどうだったの?」
「オレは特別悪いヤツは居ないが、蠍座は乙女座と相性が悪いのだよ」
「乙女座? 確か火神は獅子座だとか去年言ってたよな。となると、青峰か黒子か」
「青峰だ。黒子は水瓶座なのだよ」
そこまでは聞いてないけど、じゃあ青峰は夏か秋生まれなんだな。獅子座の火神は夏だろうし、緑間も夏生まれの蟹座だな。なんか夏生まれが集まってるな。季節なんて四つしかないんだからそれで分けたらそれなりの数にもなるだろうけれど。水瓶座の黒子は冬か。
相性が悪いって言われてもオレは緑間のように占いを信じてはいないからな。占いを信じる緑間のことは信じているけど。緑間にとって占いがどれほどのものかは身を持って知ってるしな。占いなんてどうせ当たらないと思っているけど、緑間に関しては別だ。
「なぁ、去年はお前が火神と相性悪かったよな?」
「今年は問題ない。だがお前は気を付けておけ」
「いやオレ占い信じてねーし」
去年の決勝で誠凛とやった時は緑間と火神の相性が悪かった。オレがそのことを知ったのは試合が終わった後の話だけど。どういう偶然だよ全く。青峰とマッチアップなんてオレはまずないだろうけど、占いなんて気にしていたってしょうがない。やれるだけのことをやってまずはここを突破するだけだ。
そうこう話している間にも時間が近付く。他の部員は先に体育館だ。爪を整え一通りの験担ぎを終えたエースに声を掛ける。
「んじゃ、まずは準決勝といきますか」
控え室を二人で出てそのまま体育館へ。コートには桐皇の選手達が揃っている。その中には勿論、青峰の姿もある。
負ける気がないのは向こうも同じ。それでも今回はウチが勝たせて貰う。ここで勝てるか負けるかにウィンターカップの挑戦権まで掛かっているのだ。何としてでもここは勝ちたい。
両校の選手がアップを終えて整列。
インターハイ東京都予選Cブロック準決勝、開始。
ボールを持って走りパスを出して仲間に繋ぐ。桐皇のスタメンの内の三人は去年と同じだ。こっちは逆に三人が入れ替わっている。けれど、このメンバーでこれまで練習してきたんだ。個人プレー中心の桐皇と緑間を中心としたチームプレーをする秀徳。違ったタイプの二校がぶつかる。
第一クォーター、第二、第三……。そして第四、最終クォーター。
最後まで走り続けてボールは高く宙を舞う。スパンとボールが落ちたと同時にブザービーターが鳴り響いた。
準決勝の勝者は、桐皇学園。
「やっぱ強いな、桐皇」
試合を終えて控え室に。これで夏だけではなく、冬もなくなった。今年の全国大会への挑戦はここで終わってしまったのだ。三年生は涙を流した。他のレギュラーも。その光景は去年の夏を思い出す。今年は冬の挑戦もなくなってしまったから余計に辛いものがある。
その控え室をそっと後にして適当に歩いていると、気が付けば裏口までやって来ていた。そして見慣れた姿を見つけて声を掛ける。
「弱かったら苦労はしない」
「そりゃそうだな。桐皇とは初めてやったけど、青峰って本当にどこからでも撃ってくるよな」
型のないバスケスタイルを持つ桐皇のエース、青峰大輝。
試合は何度か見たことがあるけれどコートの中、しかも目の前でそれを見ると本当にそんな体勢で撃つのかよと思うけれどこれが入る。キセキの世代というのはどいつもこいつも凄い技を持っているよな、本当。ウチのエースも含めて。
準決勝でオレ達を倒した桐皇はこの後、誠凛と戦う。黒子のミスディレクションは効かない。けれど火神も居るし、誠凛のメンバーは去年と変わらない。
最上級生が二年生だったから他の学校と違ってメンバーの入れ替えがないんだ。しかも順当に勝ち進んだ誠凛は前の試合で黒子と火神を温存していた。一筋縄ではいかないだろう。
まぁ、オレ達にはもう関係ないけれど。
「これで、今年はもう全国に行けないんだよな……」
ウィンターカップ予選に出る権利すらないのだ。オレ達が次に挑戦できるのは来年の夏。三年生が卒業し、オレ達が最高学年になった時だ。今年の挑戦は終わってしまった。四回あったうちの二回が駄目になってしまったのだから、残る挑戦回数は二回。
「悔やんでばかりいても何も変わらない。悔しいのなら強くなるしかないのだよ」
「分かってる。それでも、悔しいモンは悔しいだろ」
あまりにも早い夏だった。何もせずに一回分の挑戦権がなくなってしまったのは悔しいけれど、このようなトーナメントが出来上がった時点で東京にいるキセキの世代の一人は誰かしらこうなっていたのだ。その中でオレ達が勝てなかっただけ、力が足りなかった結果だ。悔しいのなら次の夏にぶつけるしかない。
それは分かっているけれど、負けるのはいつだって悔しい。でも、緑間の言う通りでもある。もうここで三年生との挑戦が終わるなんてとは思えど、オレの力不足も負けた一因だ。悔しがってばかりでもいられない。全力でやって駄目だった。それなら今よりももっと強くなるしかないんだ。
「もう来年に向けての練習か。あと二回しか全国制覇のチャンスは残ってないけど、オレ達が全国制覇をするならやっぱそこだよな」
「来年しか残っていないのだから必然的にそうなるだろう」
「あ、いやそうじゃなくてさ。来年は今年よりオレ達にとっては優勝が狙いやすいのかもなって話」
どういう話だと疑問がこちらに向けられる。確かにこれだけでは意味が分からないだろう。でも、去年からちょっとだけ思っていた。今年の先輩達が弱いという話ではなく、周りの学校の強さの話である。
「今年は誠凛も洛山も去年の二年生がそのまま残ってるだろ」
誠凛は一、二年生のチームだったのだから勿論。洛山も無冠の五将が三人レギュラーに入っていたが、彼等は去年の二年生。つまり今年の三年生だ。どちらの学校も去年の主力であった一年生や二年生がそのまま残って今年の戦力となっている。
要するに去年よりも全体的に更に強くなっている。逆に、ウチはレギュラーの三人が三年生で卒業して今の三年生と入れ替わった。今の三年生も強いけれど、今年からのメンバーと去年からのメンバーでは少なからずチームワークなどに差が出来る。更にウチは去年と比べてインサイドが弱くなっていた。オレ自身の力不足もあるけれど、正直にいってしまえばチームとしての完成度が去年よりも低かったのだ。
「どんな相手だろうとやることは変わらないと思うが」
「そうだけど、来年はその主戦力が抜けて今年のウチ以上に戦力が落ちると思う。その分、優勝も狙いやすくなるんじゃないかと思ってさ」
そういうのは嫌かもしれないけど実際はそういうものだ。強力な選手がいてもその人達が抜けてすぐに同等の選手が入ってくるなんてまず有り得ない。身近なことで例えるなら、今の中学バスケの頂点は変わらずに帝光が守っている。けれど、緑間達が中学生だった頃のスコアに比べれば見られるものになっている。
当時はダブルスコアが当たり前。一桁と三桁なんてこともあった。いくら帝光が強豪であるとはいえ、今はそんなスコアを見ない。まぁ、こんな天才が頻繁に揃われても困るけれど。その人達が卒業して戦力がダウンしてしまうというのは仕方のないことでもある。
ウチが去年よりインサイドが弱くなってしまったのもそうだ。仕方がないだけでは片付けたくないが、東京屈指の大型センターと呼ばれていた大坪さんが抜けて同じだけの強さを持つセンターはウチにも他の学校にも居ない。そういうものなのだ。
「ウチも今の三年生が抜けるけど、一軍には二年や一年も少しだけ居る。ここから来年に向けてチームを作って行くなら、優勝はより一層狙いやすくなるんじゃないか?」
誰が相手でもやることは同じ。それでも、同じ学校を相手にしながらもメンバーが違えばそれは以前と違ったチームの形をしている。基本は同じだとしても全く同じではない。
それに、来年はオレ達も三年生だ。オレ達が一年の頃から緑間を中心としたチームでやってきたけれど、これまでは先輩達がいた。それはとても心強かったし、先輩達には色々と感謝もしている。でも、緑間を中心にチームを作るのなら。
「ウチは来年もお前中心だろ。当然だけど去年より今年、今年より来年の方がオレ達も成長して強くなってる。来年は今とはまた違ったチームにしたい」
三年生になるオレ達だから出来るチーム。それを作っていきたい。
これまでもそうだったけれどそれとは違う、オレ達のチームを。まだ漠然としすぎて上手く言えないけれど、緑間の武器であるスリーを今以上に活かせるようにしてやりたい。それが出来るのは、オレ達が三年になる最後の年だけだ。だから。
「残り二回のチャンスを必ずものにしたい。その為にはお前の力が必要だし、それには――――」
「お前の力も必要だ」
新しくオレ達のチームを作るべきなんじゃないか。そう言おうとしたけれど、緑間に遮られてしまった。更に緑間は続ける。
「お前の言いたいことも分かる。だが、オレだけでは勝てない。お前やチームの力が必要だ」
来年こそ全国制覇を狙う。それは当然だ。でも、その為に必要なのは緑間だけではなくオレやチームの力も全部合わせたものだ。だからそこは間違うなと訂正された。
バスケは一人でやる競技ではない。チームが一つになってこそより高みを目指せる。チームの形は色々あれど、少なくとも今のウチの考えはそれだ。一人では勝てなくても仲間が居れば。それがチームだ。
「元より負けるつもりはないが、お前の考えも悪くない」
尤も、わざわざ言わずともオレ達が勝つにはそうすることになっていたのだろうが。
そう話した緑間も、終わってしまった夏ではなく次に目指す夏を見据えていた。すぐに切り替えろと言われても簡単なことではないだろう。けれど、自分達が目指すものは変わらない。目指すものが同じなら、同じことを考えてもおかしくはない。オレ達が目指すのは高校バスケのトップ、全国制覇。
「この一年でオレ達のチームを作ろう。オレ達にしか出来ないバスケで」
「あぁ」
これからやることは決まった。
高校二年、オレ達の夏は終わった。準決勝で負けたから同時に冬も終わってしまった。けれど、立ち止まってはいられない。オレ達はオレ達のバスケで全国制覇を果たす。残りチャンスを必ずものにして。
今年のインターハイ東京予選を勝ち抜いたのは北の王者正邦。西の王者である泉真館。そして、キセキの世代が揃ったブロックを勝ち抜いた桐皇。以上三校がインターハイの出場権を獲得した。
オレ達が優勝を目指せる大会は残り二回。
← →