秀徳バスケ部の夏は終わったけれど、本当の夏はこれから始まる。そんな七月。気温は徐々に高くなり、これが八月になれば蒸し暑い体育館で朝から晩までの練習が待っている。去年はかなりキツかったななんて思いつつ、今年もやっぱりキツイんだろうなと考える。
 練習をしつつテスト勉強もしつつ。でもたまには息抜きも必要だ。通りがけにあったポスターに書かれた『夏祭り』の文字を見て、オレは友人に声を掛けることにした。当たり前のように断られながらも、去年はお祭りとか行く暇なかったから行こうぜとこちらも食い下がらなかった。

 一先ずお祭りのことは保留にして期末テストに臨んだ。テストの時間ってギリギリなのもあれば余りまくるのもあるよな。数学とかは問題数が多い上にちゃんと式を書かなければいけないから前者、今年の理科担当は記号問題が好きらしく全部選択式だからこれは後者。丁度良く終わる教科というのはあまりない。
 前者と後者なら前者の方が良い。時間が余りすぎるとやることもなくて暇だ。寝るくらいしかやることはないからな。緑間は終わってもちゃんと起きてるんだろうけど、オレはそんなに真面目じゃない。落書きしたり寝たり自由に過ごしている。それで良いのかと思うかもしれないが、ぶっちゃけ生徒達はみんな似たり寄ったりだ。


「なんだかんだでお祭りに来ることになったな」


 テストがあるのだからと保留になっていたお祭りの会場にオレ達は来ていた。無事に最終日も終えて説得したのかといえばそうではない。お祭りも本当は部活と被っていたけれど、その時は残らなければ少しくらい見れるだろうというていで話していた。練習も大事だけどたまの息抜きくらい良いじゃないかと。
 緑間はそれに納得していない。オレもテストがあったからあれ以来誘ってはいなかった。今日もう一度、誘ってみるつもりだったけれど結果的にその必要はなくなった。地域のお祭りということで、準備の手伝いをして欲しいと頼まれたらしい。その為、今日の部活はなくなりこのお祭り会場にやって来たという訳だ。


「遊ぶ為ではないだろう」

「でも終わったら遊んで良いんだろ?」


 準備に駆り出されたのはオレ達バスケ部と他にも運動部が幾つか。屋台のテントを組み立てたり店の準備を手伝ったり。祭りの設営を見掛けたことくらいあるけれど、実際にやるとなると結構体力仕事だ。そっちを支えてくれ、あれを持ってきてくれ、そんな声が飛び交ってあっちこっち行ったり来たりである。
 そうして準備を手伝うこと数時間。無事に設営が終わり、今日のお礼にとお祭りで使える無料券を貰った。これはもう遊んで帰るしかないだろう。今から学校に戻って練習するにしても時間はあまり取れない。テストも終わったことだし、パーッと遊ぶのが一番だ。


「せっかくなんだから楽しもうぜ」


 こういうのは楽しまなきゃ損だ。もしかしたらラッキーアイテムになりそうな物とかもあるかもしれないし、っていうのはちょっと無理があるか。とにかく、ここまで来て何もせずに真っ直ぐ帰宅するという選択肢はオレにない。他の部員達は既にお祭りの中へと消えて行った。
 な、と翠の瞳を覗き込めばはぁと溜め息が一つ。部活で来たとしてもどうして祭りに付き合わなければならないんだと思っているのかもしれない。でも、なんだかんだでお前が付き合ってくれることくらい知っている。
 今日だけだと出てきたその言葉に「じゃあ決まりだな!」とオレ達もお祭り会場に入って行く。人は結構多いけれど、流石にこの高身長を見失うことはないだろう。オレでさえ周りより頭一つ分くらいは大きい。そりゃ、バスケでは小さい方でも平均身長は優に超えているからな。


「とりあえず何か食う? それとも何か見たいモンとかある?」

「お前の好きにしろ」


 それじゃあ一緒に回っている意味がないだろう。特に希望はないってことなんだろうけど、一つくらい見たいものとかないのか。……ないと言われても緑間なら納得出来るか。
 それならまずは食べ物の屋台でも探そう。さっきまで準備をしていてお腹も減ったことだし。お好み焼き、焼きそば、カキ氷にリンゴ飴。主食から様々な屋台が並んでいる訳だけど希望はなさそうだ。今はガッツリ食べたいし、となればチョコバナナやクレープの類は後。食べやすさや分けやすさを考えればたこ焼きとかだろうか。別に分ける必要はないんだけど、あまり乗り気じゃないみたいだから放っておいたら何も買わなそうだし。


「はい、真ちゃん」


 結局たこ焼きを買ってその内の一つを緑間に差し出した。意外とあっさり受け取ってくれたことに少しばかり驚く。何だと言われて説明する準備はしていたんだけどな。そこまでは必要なかったか。オレの手からそのまま食べてくれても良かったんだけどと冗談で言ったら頭を叩かれた。
 本当、冗談通じないよな。五月蝿いだの前を見て歩けだの、ちゃんと前くらい見てるっつーの。大体、オレは視野が広いんだからその辺の心配はない。こんなところでまで鷹の目なんて使わないけどな。疲れるだけだし。逸れたら別だけど、緑間相手なら逸れても普通に見つけられそうだ。


「真ちゃんってお祭り来たらいつも何やる? 金魚すくいとか型抜きとか」

「型抜きは時間が掛かるだろう」

「言うほど掛からねーよ? 地味だから他の屋台回る方が楽しいけど」


 オレも何回かやったことはある。簡単なのは楽だけど、細い部分がある奴とかはなかなか難しいんだよな。成功すれば賞金が貰えるけど、ちょっとしたことですぐに割れてしまうのが型抜きだ。
 失敗したこともあるけど成功したこともある。要はコツを掴んでしまえば良い話だ。金魚すくいでも何でもそうだけど、コツを掴めれば案外上手くいくものだ。緑間にやったことがあるのかと尋ねてみると、一度だけあるらしいが成功はしなかったとのこと。まぁ難しいもんな。


「ゆっくり削れば案外いけるぜ。やってみる?」

「他の屋台を見る方が楽しいと言っていたのは誰だ」


 ちょっとくらいなら良いかと思ったんだけどな。久し振りだと楽しかったりするだろ?
 でも、緑間はこれで不器用だから進んでやりたくはないんだろう。あんなに精密なシュートを撃つから一見器用そうに見えるんだけど案外不器用なんだ。手先の器用さならオレの方が断然上だ。
 型抜きは却下。それなら近くにある定番の金魚すくいにでも挑戦してみようか。取った金魚はどうするんだって、その問題があったか。金魚すくいをするだけというのも場所によってはあるが、この店には特にそういう表記がないからやっていないんだろう。金魚を貰っても世話が出来ないのでは金魚が可哀想だからこれも却下。


「じゃあスーパーボールすくいとか。世話する必要もないぜ」

「世話をしない以前に取ったスーパーボールはどうするのだよ」


 えっと、遊ぶ?それ以外にスーパーボールを使う用途なんてない気がする。壁に投げてみたり、して遊ぶ年じゃないよな。昔は家に結構あったけどどうしたんだっけ。
 それにスーパーボールすくいは、どれだけ取れるかというだけだろうというのは正しい。金魚すくいのような心配はないからな。それでも小さい頃はスーパーボールが欲しくてやったものだ。


「ならヨーヨーすくい! 取ったらどうするとかそういうのはナシだかんな」

「お前は何々すくいと付くもの以外にやりたいものはないのか」

「そうじゃないけど。思い付いたものを言ってるだけだし」


 一種の連想ゲームみたいなものだ。金魚すくいが駄目で他に何があるかと考えた時に、同じ“すくい”とつく屋台が思い浮かんだ。それだけで特に意味はない。
 そういう屋台が駄目なのか。絶対違うけれど、それ以外の屋台を考えてみることにする。お祭りにある屋台。食べ物を除いて遊べるものだと。


「あ、輪投げとかは? 真ちゃんそういうの得意そう」


 何せ普段はあのバスケットボールを何メートルも離れたゴールに放っているんだもんな。しかもリングにすら触れない程の正確さで。こういうのは得意そうだ。
 しかし、オレの予想とは裏腹に緑間は急に静かになった。あ、これは苦手なパターンか。そう思っていたところで「バスケットボールと投げ輪は違う」という声が届いた。
 それはそうだ、重さも大きさも何から何まで違う。バスケットボールより投げ輪の方が遥かに軽く小さいのだからやりやすそうな気がしたけど、どうやらそういう問題ではないらしい。


「んー……なら、オレが何か取ってやろうか? 輪投げは得意だぜ」


 オレには鷹の目があるから。全部見えていれば後はそこを目掛けて投げるだけ。オレにとってはバスケットボールよりも軽いそれをコントロールするのはそう難しくもない。小さい頃に妹ちゃんと来た時は景品を取ってあげたこともある。
 だから自信はあるけれど、屋台の景品にぱっとするようなものはあまりない。射的だとカードとかあるんだけどな。苦手じゃないけど得意ってほどでもないから射的の方はまあまあ。ここから撃てば当たると思っても当たらないんだよな。


「……何でも取れるのか?」

「お、何か欲しいモンでもあるの?何でも取ってやるぜ」

「それなら、アレを取ってみるのだよ」


 アレ、と指差された方向を視線で辿る。その先にあった物を見て「何アレ?」と思わず零すと「うさぎのぬいぐるみだ」と分かり易い説明をしてくれた。
 うん、それはオレにも分かる。服を着てるくらいならまだ分かるけど、どうして聴診器とか付けてるんだよ。おかしくね?
 そんなオレの疑問に「あれは働くうさぎさんシリーズだ」と補足までしてくれた。うん、ありがとう。だから聴診器と手に持ってるのはカルテか何か?シリーズってことは他にも色んな職業があるのか。どんな格好のうさぎがいるんだろう。


「一応聞くけど、なんでアレ?」

「ラッキーアイテムとして使えるかもしれないだろう」


 やっぱりそれか。予想はしてたけど。というよりそれ以外考えられないよな。
 ここの景品として並んでいるうさぎはお医者さんらしい。このぬいぐるみ一つでうさぎのぬいぐるみ、白衣を着たぬいぐるみ、眼鏡を掛けたぬいぐるみなどの用途で使えるとのこと。勿論ぬいぐるみとしてのアイテムでも使えるが、おは朝がそれだけのラッキーアイテムを指定してくることはないだろう。
 うさぎのぬいぐるみの指定は分かるけど、他のは出て来ることはあるのか。しかしおは朝は有り得ないようなアイテムも指定してくるからなくはない、か。

 まぁラッキーアイテムのことはいいや。とにかく、あのうさぎを取れば良いんだろ?それなら簡単なことだ。
 屋台のおじさんにお金を渡して、代わりに投げ輪を受け取る。チャレンジ出来るのは五回まで。景品の位置を確認して、一つ目の輪っかを投げる。手から離れた輪は少しだけ上に上がってから景品に向かって落ちて行った。


「な? ちゃんと取れただろ」


 景品のぬいぐるみを潜り抜けて輪っかは下についた。久し振りにやるからどうかなと思ったけど、感覚は鈍っていなかったらしい。位置は鷹の目で見えているんだからあとは投げ方というかコツだけなのだ。それさえ分かれば後は楽勝。
 さてと、残り四回。ついでだからラッキーアイテムになる可能性のありそうな物でも集めることにしたオレ達は、こんな物どうするんだと思うような物を適当に四つほど取った。本当にラッキーアイテムになるかも分からないが、ならないともいえないからあるに越したことはないらしいとは緑間談。ラッキーアイテムを探すことの大変さはオレも知っているから、これで一つでもその苦労が減らせるならそれで良い。


「お前の目は色々と応用が効くのだな」

「真ちゃんがそれ言っちゃう? クレーンゲームでいきなり指示させたの誰だよ」

「あの時は助かったのだよ」


 あの時は大変だった。その日のラッキーアイテムが抽象的すぎて会場に行かなくちゃ行けないのに全然行けなかった。家にある物を試して中古屋に行って、ゲームセンターにも行ったけど外れ。
 一体緑間はあの一日でどれだけの金額を使ったのだろうか。中古屋での金額が凄すぎてその後の金額は覚えてないけど、あれだけ景品を取ったクレーンゲームも相当な額になっている気がする。物凄く今更だけど。


「つーかさ、こんだけ屋台があるんだから何かで勝負しねぇ? ただ見て回るだけじゃつまらないっしょ」


 幾つかは既に却下されているけれど、勝負が出来そうな屋台も多いのに普通に見るだけではおもしろくない。なんでお祭りで、とこの男は言わないだろう。勝負事なら負ける気はないだろうから、オレもコイツも。
 ジャンケンでは負けっぱなしだけど、それ以外の勝負でなら五分だ。いや、五分っていうのはちょっと盛ったけど実際そこまで負けている訳じゃない。お互い得意分野も苦手分野もあるからな。


「何で勝負をするつもりだ」

「これまで出て来なかったのは射的? どっちが多く取れるかか、どっちが先に取れるか」

「数を競った方が分かり易そうだな。何を狙うかも作戦だろ?」

「んじゃ、決まりだな」


 勝負のルールも決めたところで近くにある射的屋に挑戦だ。同じ数の弾でどちらが多く景品をゲット出来るか。確かに何を狙うかも作戦の内だ。同時に始めるんだから、取り易い物を狙うにしても早い者勝ち。難しい物一つにどちらが先かを競うより分かり易いルールだ。
 コルクを差し込んで銃を構える。二十センチ近い身長差の為、リーチに差はあるものの目の良さでならこっちが勝っている。あとはいかにして景品を取るか。

 こうして始まった勝負はそれから何件もの屋台まで続けられた。どっちも負けず嫌いだから、それなら次はアレで勝負だってなんだかんだで色んな屋台を回った。
 その間に食べ物も買ったりして、最終的にはお祭りを存分に満喫した。やっぱりお祭りはこうでなくちゃな。またいつか、緑間とお祭りに行った時には勝負の続きをしよう。