長期休みに入り合宿をし、戻ってきたら戻ってきたで毎日体育館を走り回る。そんな八月。
 一年間でそれなりに成長したとはいえ、合宿の厳しさはそんなに変わるものでもなかった。朝から大量のご飯をかきこんで、炎天下の中を走り体育館の中を走り。合宿になるとメニューが一段とキツくなるのも変わらず。それでも去年よりかは些かマシになった。


「おーやってんな」


 体育館の出入り口辺りから声が聞こえて振り返れば、そこには見知った姿。


「宮地さん! それに大坪さんに木村さんも! お久し振りです」

「久し振りだな。元気にやってたか?」


 去年卒業した先輩達の姿に走って駆け寄る。すると他の部員すぐに先輩達の元へとやって来る。去年の卒業生でレギュラーにもなっていた人達だから一年生も誰が来たのか分かったようだ。あっという間に体育館の入口に人が集まった。
 オレ達が夏休みであるように、先輩達も大学が夏休みに入ったらしい。それで久し振りに母校に行くかという話になり、今日こうして部活に顔を出してくれたようだ。先輩達と会うのは、なんだかんだで卒業式以来になる。進学したばかりで先輩達も忙しかったのだろう。


「ちゃんとやってるか? 怠けてねぇだろーな」

「毎日朝から晩までバスケっすよ。怠けたりしてませんって」

「そういえばインターハイは残念だったな。あの組み合わせにはオレ達も驚いたが」

「あれはみんな驚きましたよ。まさかああなるとは思いませんでした」


 今年のインターハイ東京予選のトーナメント表には誰もが驚いただろう。オレ達だけでなく誠凛も桐皇も、他の学校だって驚かされたに違いない。予選ブロックでキセキの世代が潰し合いだもんな。
 同じCブロックだった学校以外のバスケ部員はある意味喜んだのかもしれない。そこで潰し合いをしてくれれば一つでも多く勝てる可能性が増えるから。オレ達の中学時代もそうだった。帝光とは当たりたくない、出来れば違う山に入りたいって話していた。これだけ強い奴等が揃うとそうなってしまうんだろう。


「緑間、先輩が来てやったんだから少しは何かねーのかよ」

「…………お久し振りです」


 いつものようにシュート練習をしていた緑間も先輩の言葉で漸く反応を示した。まぁ、緑間だって先輩が来て嬉しくない訳じゃない。ただそういうのを表に出すのが得意じゃないんだよな。多分先輩達もそれくらいのことは分かっているだろう。一年間一緒にやってきたのだから。


「そうだ。スイカ持ってきてやったから後で食べろよ」

「マジっすか! ありがとうございまっす!」


 手に持っていたスイカを見えやすいように上げた木村さんに他の部員も次々にお礼を述べる。木村さん家のスイカって美味いんだよな。去年も夏休みの練習の時には差し入れに持ってきてくれた。
 どうせならスイカ割でもしようと提案してみたけれど、体育館で出来る訳がないだろうと即却下された。それなら外でやれば良いという話だけど、それもやらないと先に却下されてしまったのだから仕方がない。大体割ったら勿体ないだろうと言われて、確かにと納得した。
 だから最初から普通に食べることにする。夏といえばスイカ。水に入れて冷やしてから食べるスイカはやっぱり美味しい。


「木村さん家のスイカはサイコーっすね」

「そうだろ。今度ウチの店に買いに来いよ」

「オマケしてくれます?」


 調子良いなと言われながらも、少しくらいならオマケをしてくれるとのこと。流石木村さんだ。今の時期はトマトやナスが旬らしい。今度買い物を頼まれた時は木村さんのお店に買いに行こう。
 木村さんが切ってくれた差し入れのスイカを食べながら、練習は一旦休憩。久し振りに会った先輩達と色んな話をする。数ヶ月振りとはいえ以前とは変わらぬやり取りを繰り広げる。冗談を言って怒られたり、大学の話を聞いたり、バスケ部の話をしたり。


「先輩達って今はバスケ続けてないんすか?」

「あんま時間がねーからな。あ、でも大坪はやってるだろ?」

「オレはバスケの推薦で入ったからな」

「宮地とオレは時々ストバスに行くぐらいか」

「だな。本当にたまにだけど」


 やはり大学生にもなると色々と忙しいようだ。こないだもレポートがあったんだけどと先輩が話すのを聞きながら大変そうだなと思う。
 オレ達も来年には進路を決めなければいけないけれど、今はまだあまり考えたこともない。時々進路希望調査はあるけれど、二年生だからそこまで詳しく書くようなものでもない。来年はそうもいかないんだろうが、今は二年生だから目の前のバスケにだけ打ち込む。


「それなら、今日やりましょうよ。せっかく来たんですし」


 最近は全然やっていないと話す先輩達に提案する。そもそも差し入れの為だけに来た訳でもないだろうけれど、何よりオレが先輩達と一緒にバスケをしたい。どうせならミニゲームとかもやりたい。また先輩達と一緒にコートの上を走ってパスを出したいと思うのだ。
 真ちゃんも先輩とミニゲームしたいよな、なんて話をすればすぐに同意を得られて先輩達が少しばかり驚いているようだった。まさか緑間にもそう言われるなんてと言うけれど、オレ達は先輩達が引退する時も本当はもっと一緒にバスケをしていたかったんだ。オレからしてみればむしろ予想通りの反応だ。


「先輩達が卒業して寂しかったもんな」

「それはお前だろう」

「真ちゃんだって人のこと言えないっしょ」


 そう話しているオレ達の横で、お前等どっちも卒業式の日に居なくなってただろと突っ込んだのは一年以外の部員と先輩達。声に出して言ったのは宮地さん。
 あの時は先輩達に会ったら絶対泣くと思ったからな。実際に会って泣いた。今となっては「だって先輩達ともっとバスケしたかったんですよ」なんて笑って言える。引退した時は寂しかったけど、いつまでもそうは言っていられないからな。今はこの新しいメンバーで頑張っている。


「今年はちゃんと隠れたりすんなよ」

「隠れてたんじゃなくて、部室に用事があったって言ったんすけどね」


 あんな分かり易い嘘を吐いてバレないと思ったのか。そう言われて正直に答えるのなら、バレないなんて思っていなかった。だけど隠れていたなんて一言も言っていない。先輩達に会わない為に隠れていたけれど。
 もうその話は良いじゃないっすかと終わらせる頃には、大量にあったスイカもなくなっていた。それよりもバスケをしましょうよと近くにあるボールを手に取る。


「バスケから離れてて鈍ったりしてます?」

「時々はやってるっつったろ、轢くぞ」

「はい、宮地サンの轢くぞ頂きましたー!」

「ウッセーぞ高尾! 木村ァ、確かパイナップルあったよな?」

「あるぜ。使うか?」

「ぶはっ、なんであるんすか!」


 どこから出したのか木村さんは宮地さんにパイナップルを手渡す。こういうことを想定してわざわざ持ってきたのか?そこまでしてパイナップルを投げる必要があるのだろうか。とりあえず逃げるけど。
 オレが逃げれば当然先輩は追い掛ける。休憩中だから体育館の中は広々としていて、オレ達の全力で追いかけっこが始まった。宮地さんは全然速さも落ちていないけれど、それでも速さならオレもそれなりに自信がある。時間が経てば経つだけ不利になるけど。オレは短距離派だから。


「卒業しても変わらないな」

「高尾も相変わらずです」

「真ちゃん! 見てないで助けてよ!」

「自業自得だ」


 大坪さん達と話をしている緑間に助けを求めてみるがすぐに断られた。相棒なのにと言えば、今は関係ないだろうと一刀両断されてしまう。
 最終的に宮地さんに捕まってシバかれたけど、パイナップルは投げないでくれた。あれに当たったら絶対タダじゃ済まないもんな……。勿体ないだろって、それならパイナップルを持って追い掛けないでください。怖いですから。


「宮地もその辺にしてやれ。練習が再開出来ないだろう」

「しゃーねーな。ほら、さっさと練習すんぞ」


 先輩、切り替えが早いです。
 早くしなければまたいつもの怒号が体育館に響くのだろう。みんな休憩を終わりにして練習を再開する。ミニゲームはこの後でやることになり、まずは全体練習の続きを始める。先輩達はそのままオレ達後輩の指導をしてくれた。去年と変わらず怒鳴り声が響いたり厳しい指導をされるのがなんだか懐かしい。

 久し振りにやった先輩達とのバスケはやっぱり楽しくて、この人達とするバスケが好きだなと思ったのだ。