夏が終わり秋が来る。長かった休みも終わりを迎え、始業式が行われた九月。
夏休みは終わったもののまだ暑さは残っている。衣替えもまだで扇風機などの冷房器具もまだ使われている。学校が始まっても季節はすぐに切り替わるものではない。気温が落ち着いてくるのは十月に入ってからではないだろうか。
「真ちゃん! 今日は寄り道して帰ろうぜ」
部活が終わっていざ帰ろうとしたところで提案してみる。予想通り、緑間には「断る」と即答された。せめて話を聞いてくれてからでも良くないだろうか。いつものことといえばそうだけど、だからオレもどう切り返せば良いかくらい知っている。伊達に一年も付き合ってない。
「今日はジャンケンなしでオレが漕ぐから」
「いつも漕ぐのはお前だろう」
それはそうだけど、一応ジャンケンをした結果だろう。何もオレが好きで毎回漕ぐ側に回っている訳じゃない。百九十五もある男を乗せて自転車を漕ぐのは結構大変なんだ。それを毎日続けているお蔭で体力も少しは付いたけど。
リアカーはオレが漕ぐし、寄り道といっても今から数時間も掛けてどこかに行こうという話でもない。ちょっと数十分くらい付き合って欲しいだけだ。いくら普段から部活で遅くなるとはいえ、あまり遅くになると親も心配する上に高校生が出歩いて良い時間でもなくなるからな。
「な? ちょっとだけだから、付き合ってよ」
明日お汁粉奢るからと付け加えてみると、溜め息を吐きながらも「分かったからさっさとしろ」とリアカーに乗ってくれた。どうやら交渉は成立したらしい。オレも自転車に乗ってペダルを漕ぎ始める。
空には多くの星が輝いている中、オレが向かったのはコンビニやスーパーではない。まず店に行くつもりではないのだ。
それならどこに行くのかって?
それは着いてからのお楽しみってことで。
「流石にこの時間は誰も居ねーな」
自転車から降りながら辺りを見回してみるけれど人の姿はゼロ。こんな場所に夜になってまで来る人なんてあまり居ないよな。あって散歩だったりジョギングだったりだろうか。日中なら子供も居そうなものだが、あとどれくらいかで九時になるような時間だ。オレ達のような高校生はともかく、小学生ぐらいの子供は居なくて当たり前だ。
「河川敷まで来て何をするつもりだ」
「やっぱさ、夏には夏らしいことの一つくらいしときたいじゃん?」
そう、オレ達は今。河川敷までやって来ていた。
河川敷に来たところであるのは土手と川ぐらいだ。いくらオレでも今から川で遊ぼうなんて言わない。川で遊ぶならせめて昼だ。夜にわざわざ来る必要性がない。
それなら今は夜に来る必要性があるのかというと、正にその通り。むしろ夜でなければ意味がない。答えは単純。
「花火やろうぜ」
緑間からすれば夏らしいことなんてしなくても良いし、もう新学期も始まって夏は終わったという話らしい。それに今年は夏祭りにも行くことになり、例年行われる合宿もあって夏らしいことなら十分していると。まだ夏の気分でいるのならさっさと切り替えろとのことだ。
けど、気温が高かったりと夏らしさはまだ残っている。新学期が始まったことがイコールで季節の変化ではない。これから秋らしくはなるのだろうけれど、今は夏らしさが残っている時期だ。夏にやれなかったことをやるなら今しかない。
「確かに夏は終わりかもしれないけどさ、お蔭で安売りしてたし。ギリギリ最後の夏ってことでさ」
「随分と無理矢理だな」
「最近花火なんてやってなかったから安いならやりてーなと思って。でも一人でやるのは寂しいし」
花火を最後にやったのはいつだったか。小学生、中学生になってからも一回ぐらいはやったかもしれない。でもここ数年はやった覚えがない。昔は夏になると花火をやろうとはしゃいでいたけれど、いつの間にかやらなくなったんだよな。部活もあったし。
オレが花火を見つけたのはたまたまだ。夏になればどこでも売っているのは見掛けているけれど、もうそんな時期かと思いながら通り過ぎるだけ。でも、昨日コンビニに寄った時はその花火が夏も終わりだからと値下げされていることに気付いた。それでそのまま買ってしまって今に至る。
買ったからにはやらないと勿体ないし、久し振りにやりたいなと思ったから買った訳だ。かといって、この花火をたった一人でやるなんて寂しすぎるだろう。そこで部活を終えた後で付き合ってくれないかなと友人に頼んだ。寄り道をしようとしか言っていないけれど、これも寄り道だから問題ないということで。
「それなら誰か別の奴でも誘えば良かっただろう」
「残って練習してからだと真ちゃんしか居ねーじゃん。やっぱ練習はしたいし、どうせなら真ちゃんと一緒にやりたかったから」
どっちが本音だって、どっちも本音だぜ。居残り練習をした後で誘えるのは緑間くらいで、誰か友達を誘ってやるとしてもオレは緑間を選んだっていう話だ。
クラスメイトやチームメイトでそれなりに親しい奴なら居る。だけど、その中で誰と一番親しいかといえば緑間だろう。親しいというかなんというかだけど。クラスも部活も同じ、教室でも体育館でも常にニコイチ扱いされるぐらいに一緒に居る訳だしさ。
「とにかく、せっかく花火があるんだから今年最後の夏の思い出を作っとこうぜ」
袋を開けて手持ち花火の一つを渡せば、勝手な奴だと言いながらも受け取ってくれた。ここまで来たら付き合ってくれると思ってた。絶対に嫌なら寄り道すら了承して貰えないから。
一見近付きがたいと思われる奴だけど、ある程度の距離まで近付くとそれなりに付き合いも良い。意外と面倒見が良いってことを知っているのもこの学校では極一部だろう。オレに勉強を教えてくれたり、っていうのは半ば強引に誘ったことから始まったことだけど。シュートを教えてくれたりとかな。
「高尾、花火は人に向けるなよ」
「分かってるよ。オレだってガキじゃねーんだから」
マッチでロウソクに火を点け、そこから花火の先に火を点ける。カラフルな火花がシューと流れる。
コロコロと色が変わっていくもの、バチバチと激しく燃えるもの。あまりに激しく火花が散る様子は持っていて少し怖い時もある。吹き出し花火を人には向けずにくるくる回していたら、それはそれで危ないだろうと注意された。
これくらい大丈夫だってと答えたけれど緑間は眉間に皺を寄せてこちらを見た。でも小さい子とかはもっと激しく花火を持つと思うぜ。それこそ人に向けさえしないだけで振り回したりもする。何を根拠に言っているかといえば、体験談とたまに見る近所の子供。体験談というのは勿論昔の話だ。
「最後に線香花火をやるとさ、もう終わりだなって気がするよな」
沢山ある花火の中から線香花火を除いて適当な順番で火を点けていった。どうして線香花火だけは抜かしたのかというと、これは最後にやるものというイメージがあるからだ。全部やり終わって最後の最後。この小さく儚い花火で締めるというのがお決まりになっている。
「小さい頃はさ、落ちないように必死になって逆に落としたりしてたんだよな」
「激しく燃えた時に揺らして落としたりもしたのだよ」
「あー分かる。なんか当たりそうなんだよな。ちょっと揺れたらアウトだからな」
バチッと燃えた瞬間だけ思わずビクッて体を揺らしちゃって、ヤバいと思った時にはアウト。線香花火っていうのは、簡単そうで案外難しい。ちゃんと最後まで燃えるのを見届けられるのはやった内の半分にも満たない数だった。オレが下手だっただけかもしれないけど。
それで成功したら今度は二本に挑戦してみたりしてさ。二本分だから火の玉も大きくなって、余計に少しの振動で落ちるようになって。それに失敗して再挑戦しようとすると線香花火がすぐなくなる。
「久し振りに花火やったけど結構楽しいな」
いつの間にかやらなくなったけど、やらなかったのは損だったかな。何歳になっても楽しめるものだ。
いや、緑間が一緒だからかな。一人でやってたら面白くなかっただろうし。久し振りだから余計にそう感じるんじゃないかっていう緑間の意見にも頷ける。結局、色んな要因が揃って今やっている花火が楽しいんだろう。
「来年は部員みんなで放課後にやってみる?」
「そんな大人数、どこでやるつもりだ」
スタメンやレギュラーだけではなく一軍や二軍も含めればかなりの数になる。それは流石に無理か。花火も凄い数が必要になりそうだな。楽しそうな気もするけど、多すぎても出来ない。
「それじゃあ来年も真ちゃんが付き合ってよ」と言ってみると、案外「時間があればな」なんて返ってくる。練習もあるし受験生だしでそんな時間があるのか分からないけどという話だったけれど、その返事が緑間も楽しかったのだという風に聞こえて思わず笑みが零れる。
「昔みたいに妹ちゃんとやるのも楽しいかな」
「お兄ちゃんとなんか嫌だと言われなければ良いな」
「ウチは兄妹仲良いから大丈夫」
「どうだかな」
何でそういう言い方するかな。つーか、その可能性があるのはお前も同じだろ。緑間が花火をしようなんて言い出すとは思わないけど、可能性の問題だ。オレの妹はそんなことないって分からないぜ。年頃の女の子っていうのは色々と複雑だから。
オレは妹ちゃんと昔からずっと仲良いから心配ないけど。なんて言えばシスコンだなんて言われたけど、お前も十分シスコンだろ。お前と一緒にするなって酷いよな。
そんな話をしながら最後の線香花火が消えるのを見届け、遊び終わった花火の片付けと火の始末をしっかりしてリアカーまで戻る。そういえば打ち上げ花火は見てないよなと独り言っぽく零すと、花火大会は流石にないと言われた。それはそうだ。もう九月なのだから。
なら来年は打ち上げ花火を見て、お祭りも花火も三年間で全部制覇といきますか。一番は部活だけど、受験勉強の息抜きがてらってことにでもして来年の夏に声を掛けてみよう。
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