夏の暑さがなくなり衣替えが行われる十月。今年の文化祭も無事に終わり、今月の頭にあった体育祭もクラスや部活が一丸となって戦った。
 さて、十月といえば終わりに世間でも知られているお祭りが一つ。


「トリックオアトリート!」


 十月三十一日、ハロウィン。海外では収穫祭や死者のお祭りらしいが、この国でのハロウィンは娯楽として楽しむイベントだ。お決まりの『トリックオアトリート』という言葉でお菓子を貰い、もし渡せる物がなかった場合は悪戯をされるというもの。言葉通りだな。


「甘い物は苦手じゃなかったか」

「食べられない訳じゃねーよ。それに今日はハロウィンだろ」


 だからトリックオアトリート。お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ。
 お決まりの台詞を繰り返したけれど、緑間から出てくるのは溜め息だけ。どうせくだらないとか思っているんだろう。おもしろいイベントがあるならそれに乗る方が楽しいじゃん。人生楽しんだもの勝ちだ。甘い物が好きとか嫌いとかいうことではなく、オレはおもしろいから便乗しているだけである。
 緑間に言わせれば、ハロウィンもバレンタイン等と同じく各企業の商業戦略に乗せられているだけといった感じだろう。商業戦略だと分かっていても世の中の人達はそれを楽しんでいるんだ。どうせなら楽しまないと損だしな。


「お菓子がないと言ったらどうするつもりだ」

「そりゃ、悪戯に決まってるだろ。ちゃんとトリックオアトリートって聞いてるっしょ」

「その悪戯に何をするかと聞いているのだよ」


 ああ、そっちか。そういや特に考えてなかったな。朝起きてカレンダー見て今日ハロウィンだなって思ったから言ってみたけど。
 悪戯か。緑間から眼鏡を奪うっていうのは本当に何も見えなくて大変なことになるよな。別に見えなくはないんだけど、かなり至近距離じゃないと見えないくらいに目が悪いから。シャーペンを分解するとか悪戯というよりただの迷惑だしな。無難なところでくすぐるとか?こっそり鞄に何かを入れておくとか、そういうもんかな。

 とりあえず「秘密」とだけ答えれば、本日二度目の溜め息を吐きながらも鞄を机に乗せて何かを探す。何か、というのがこの状況では一つしか想像出来ないけれど緑間がそれを持っているのかという疑問が生まれる。
 だが、やはりそこから出て来たのはそれだった。


「まさか真ちゃんがお菓子を持ち歩いてるなんてな。いつも入ってんの?」

「そんな訳ないだろう」


 だよな。でも、それならどうして緑間はお菓子なんて物を持っていたんだ。気になるお菓子があってそれを買ったのが鞄に入っていたとか。いや、それはないな。学校鞄に入っているとすれば登下校時か購買で買うということになりそうだけど、登下校から普段も大抵一緒に行動しているオレが知らないことはあまりない気がする。まず自分の為に買ったのならオレに渡す訳がない。
 それらを除いて考えると、家にあったものかそれ以外の時に買った物を持っていたか。まぁその辺のことはどうでも良くて、気になるのはそれを持っている理由である。


「じゃあ何でお菓子なんて持ってんだよ」

「お前も言っていただろう」

「何が?」

「今日はハロウィンじゃなかったか?」


 あー……そういうことね。要するに、今日がハロウィンだって緑間も最初から気付いてたんだ。それでオレがこのイベントに便乗すると読んでお菓子を持っていたと。用意周到なことで。
 せっかく悪戯出来るチャンスだと思ったんだけどな。何も考えてなかったけど、こういう機会じゃないと堂々と出来ないだろ。ほら、ハロウィンはちゃんと宣言してるから。思ったより呆気なく終わっちゃったな。


「高尾、Trick or Treat」

「へ?」


 ハロウィンも終わりかと思っていたら違ったらしい。今度はこちらが言われる立場になっていた。意味は分かっているけど、それにしても発音綺麗だな。オレの適当な英語とは大違いだ。これなら海外に行っても問題なく通じそうである。
 それは置いといて、言われたからにはこちらもお菓子を渡さないと悪戯されてしまう。ある意味、緑間がどんな悪戯を仕掛けて来るかは気になる。けど、自分から悪戯をされにいくことを選んだりもしない。


「じゃあこれで。新発売の抹茶味だってさ」


 はい、と渡したのはこないだ小腹が空いて時にコンビニに行った時に見掛けたお菓子。適当に店内を歩いていた時に大きく新商品って書かれていて、緑間はこういうの好きそうだなと買った物だ。昼休みにでも渡そうかと思ってたけど、どっちみち緑間に渡るんだから今でも良いだろう。


「……つまらんな」

「なんだよ。そんなにオレに悪戯したいことでもあった?」

「別にないのだよ。だが、こうも普通に出されるとな」


 少しは動揺するところでも見たかったということか。でも残念。これがなかったとしてもオレの場合は何かしら鞄に入っている。ハロウィンだからって悪戯するなんて無理な話だぜ。
 というか、それはオレの台詞だ。お菓子を持っていない真ちゃんがどういう反応するかなとか思ってたのにこれだもんな。ちゃんとハロウィンらしいことはしているけれど、イマイチ満足出来ていないというか。面白味も何もなく今度こそ終わりを迎えてしまった。


「やはりくだらないな」

「それは同じことをしたヤツの言う台詞じゃなくね?」


 全く同じ立場なだけにその気持ちは分からなくもないけど。もう一回は反則だよな。それで更にお菓子を出されても困るし。緑間なら有り得ないことじゃないから、やっぱり止めておくべきだろう。これは大人しく貰ったお菓子でも食べるべきなんだろうか。


「真ちゃんってさ、意外とこういうイベントをチェックしたりする?」

「するように見えるか」

「全然。どちらかといえば興味なさそうなんだけどな」


 そんな風に言ったら「誰のせいだと思っている」と返されたんだけど、オレのせいなの?他に誰が居るって、妹さんがそういう話をしていたとかあるんじゃないのか。
 確かに授業中も休み時間も、更には部活に登下校まで一緒なぐらいだから家族よりもオレはお前と一緒だけど。そこまでオレって影響力あるのか。お前が何かある度に騒ぐとか言うけど、そこまで騒いでないだろ。……多分。


「あーもうお菓子食おうぜ。真ちゃんさっきあげたの一個ちょうだい」

「それならお前も寄越せ」

「最初からそのつもりだって。つーかさ、初めからこの方が早かったんじゃね?」

「お前がハロウィンをしたかったんだろう」

「まぁ、そうだけど」

「さっさとしないと昼休みが終わるぞ」


 予想していたハロウィンとは違うけど、これはこれで良いかな?緑間とお菓子交換するとか新鮮だし。本来の持ち主が逆だったりするけど、それは今日がハロウィンだから。普段の日もたまにはこういうこと出来たら良いのにな。
 いや、イベントだからこそ良いのか。そう考えると、今年のハロウィンもそれなりに楽しめているのかもしれない。