冬に入り、冬が始まる。キセキの世代が五人揃う今大会のトーナメント表を手にして練習に励む十二月。
いよいよ最後の大会が始まり、たった一つの優勝を目指して全員が全力で挑む。かつては無敗を誇ったキセキの世代も、今となっては全員が敗北を経験している。
敗北を知って更に強くなった奴等の戦い。序盤でぶつかった奴等もいれば、最後の最後で優勝を掛けて戦った奴等もいる。そして、この冬は勢いのあった陽線高校が最後まで勝ち進んだのだった。
残る大会はあと二つ。
「今年ももう終わりだな」
誰も居ない部室で窓の外を眺めながら呟く。今日は曇っているけれどこれから天気が崩れるという予報ではなかった。もし予報が外れるとしても、今から帰れば雨や雪に降られることもないだろう。
だけどオレに今すぐ帰るなんていう考えはなく、ただの独り言を更に続ける。
「いよいよここから最後の一年だぜ」
な、真ちゃん。
入って来たばかりの相棒に投げ掛ければ、緑間は何も言わずにオレのすぐ傍まで歩いてきた。同じように窓の外を眺め、こちらに向けられた翠は真っ直ぐにオレを写した。
「お前とのバスケも二年になるのか」
「早いよな。去年もウィンターカップが終わってからもここで話をしたっけ」
その時だけじゃない。遅くまで残って練習しているオレ達が放課後に部室で二人きりになることなんてしょっちゅうだ。普段はくだらない話ばっかりして……といってもしてるのはオレの方だけど。
真面目な話だって時々した。部室で騒いで先輩に怒鳴られたこともあった。お前等ここどこだと思ってるんだって。まぁ、体育館ではそれこそ毎日怒鳴られてたんだけどさ。
「正直なこと言うとさ、オレ、お前とこんな風になれるなんて欠片も思ってなかった」
「奇遇だな。オレもお前とは関わりたくなかったのだよ」
「……それはクラスメイト兼チームメイトとして酷くね?」
「お前も似たようなものだろう」
クラスメイトはともかく、同じチームメイトでなければ関わらなかった。それはその通りだろう。オレ達はバスケというスポーツを通して知り合った。オレ達の間にバスケがなければ、お互いまず関わらなかったに違いない。
正反対の性格。変人だし電波だしおは朝信者だし。ワガママで頑固でくそ真面目でさ、何だかんだコイツの言うことは正論ばかり。ついでに頭も良くて運動も出来て更には美人ときた。性格に難ありでも女子達からは結構モテる。って、何の話をしてるんだ。
でも本当、チームメイトじゃなかったらただの変わり者のクラスメイトで終わってた。緑間だってオレのことは騒がしいクラスメイトという認識で終わったに違いない。
「やっぱり、オレ達ってバスケやってなかったら友達にもならなかったかな」
「そうだろうな。お前の性格では分からないかもしれないが」
「オレそこまで友人関係上手くないよ」
言えば広くはあるだろうと返ってきた。確かに広くはある。つか、何でそんなこと知ってるんだよ。何年一緒に居ると思ってるって、一年半とちょっとだろ。
ああそうか、もうこれまで共に過ごしてきた時間よりも残りは少ないんだ。いつの間にそんなに経ったんだろう。思い出すことなんてバスケのことばかりだから、来年卒業する時も同じような感じなんだろう。
入学して天才に出会って、夏は予選で負けて合宿で辛くて、秋に新技を作って、冬は勝てなかったのが悔しくてたまらなかった。次の春には尊敬していた大好きな先輩が卒業して新入部員が入り、夏はまさかのトーナメントで勝利には今一歩届かず、秋は次に向けての練習を始めて。
間には学園祭や体育祭、お祭りに行ったことや桜を見たこと。色々あるけど、そのどれもにバスケを通じて得たものがあった。
「残りの一年もバスケばっかりなんだろうな、オレ等」
バスケなしでは高校生活を語れない。二年の時点でこれなんだから三年になったって変わりっこない。バスケがあって、そのライバルがいて、先輩に後輩、チームメイト達がいて、相棒がいる。
思い返して感傷に浸るのは来年だろう。今はそんなことをしている暇もない。まだ来年に向けて練習をしていかなければならないんだから。
「こっから一年。約束を果たす為にも気を抜かないでいかないとな」
「当然だろう。大体、厳しいと噂の主将が何を言っている」
「オレはそんなに厳しくねーよ?」
先輩が引退してから主将も新しく引き継がれ、今ではオレが秀徳バスケ部の主将を担っている。予想よりも早い交代だったけれど、オレはオレなりに主将としてみんなの前に立っている。
とはいっても、オレはまだ未熟だ。中学時代にも主将をやっていたけれど中学と高校とでは違う。でも、監督や先輩はオレに任せられると思ってくれたってことなんだからオレもその期待には応えたいと思っている。この数ヶ月で少しは慣れたとはいえまだ主将らしさなんて殆どないだろう。でも、優秀な副主将も付いているから心配はしていない。
「まぁでも、その辺は副主将がフォローしてくれるだろ?」
秀徳バスケ部のエースにして副主将でもある相棒にそう言えば溜め息で返ってくる。人を頼りにするなってちょっとくらい良いだろ。頼ったり頼られたりっていうのが相棒じゃん。それとこれとは別だってさ。
オレが中学では主将をやっていたように、緑間も中学の時は副主将をやっていたらしい。オレ達がそれぞれ主将と副主将になったのは中学でも経験していたからではない。これはただの偶然だ。けれど、中学とは違うにしてもそういったポジションを経験しているだけやり易いというのはあるかもしれない。
「副主将としてもエースとしても期待してるぜ」
「都合の良いことを……」
「本当のことを言ってるだけだっつーの」
エースであり副主将であり、オレの大切な相棒であり。期待もしているし信頼もしている。お前が居れば大丈夫だって本気で思ってる。そりゃあ、これだけの付き合いをしてればな。ま、もっと前からそうなんだけどさ。
それならオレの主将にも期待してるって、それは嬉しいけど一緒に頑張ろうぜ?主将と副主将として。オレ一人では無理なこともあるだろうし、逆に二人でなら出来ることもある。まぁ、そんなことはお互い分かってる。二年も一緒にバスケをやっているんだから。
「残りの一年もよろしくな」
「あぁ」
去年も口にしたそれを今年も口にする。残るオレ達の高校バスケは一年間。二人で一緒に、このチームのみんなと共に進んで行こう。
「それより、いつまで部室に残っているつもりだ」
「もう帰る? オレは真ちゃん待ってただけだし」
「こっちはお前を探しに来たんだが」
「あれ、そうだっけ?」
知らない振りをしたけれどそれが嘘であることは丸分かりだ。でも、オレがここで緑間を待っていたのは本当。ここに居れば来るだろうと思っていた。多分、緑間もオレがここに居ると分かって来たんだろう。解散してから割とすぐにやって来たから。
冬が終わりここからまた新しい一年が始まる。学年としての切り替わりはまだ先だけれど、バスケ部としてはここが一区切り。だから緑間と話をしたかった。話なんて毎日しているし帰りにリアカーを漕ぎながらでも出来るけど、この話はこの場所でしておきたかったんだ。
「よし、帰ろっか。真ちゃん」
とりあえずここでジャンケンでもしておこうか。どこでしたってお前が漕ぐことに変わりないって、否定は出来ないけど可能性は一パーセントくらいあるだろ。言いながらどれだけ低いんだと自分に突っ込みたくなるけれどこれが現実なのだからしょうがない。
ほらいくぜ、と強引にこの場でジャンケンをした結果は言うまでもない。今日もエース様をちゃんと家に送り届けますよっと。
「あと一年ちょいで勝てんのかな、オレ」
「無理だな」
「断言かよ! 良いけどさ」
真ちゃんの家に向かって出発。
新しい秀徳バスケ部がゆっくりと動き出す。
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