一月。三年生にとっては最後となる学期が始まった。
 センター試験もあるし学年末テストもあるし、今月はテストばかりだ。そもそも授業がほぼ今月で終わりなのだ。来月の頭も少しだけあるけれど、その後は自由登校期間になる。授業内容もここがテストに出るからといったものばかり。


「あのさ、これ回してくれる?」


 小声で隣の席に声を掛ければ小さく笑いながら受け取ってそれをまた隣に回してくれた。そのあとも同じく。何人かの手を渡った後に目的の人物まで届けられる。

 何をしているかって、よくあるだろ。授業中に手紙を回したりっていうの。
 小学生の時とかは割とやったりするかな。クラス中に回したり特定の人に向けてだったり。先生が板書をしている間にこっそり隠れて回したりするアレだ。

 それを誰とやっているかって、オレがそんなことをする相手なんてそういない。今回の席替えで席が離れた友人に向けて渡してもらったところ。席が近いことも多いオレ達だけど、席はくじで決めているからこんな風に離れることも当然ある。ちなみにやり取りはまだしていない。さっきのが一回目。


(またくだらないことをとか思ってんだろうな)


 じゃなければ、授業中に何をしているんだとか人を巻き込んでまでやることかとか。オレに対しての文句ばかりが出ているのではないだろうか。この行動に対して言いたいことはあるけれど、それを言うには同じことをしなければいけないから躊躇っているんだと思う。席が近かった時は間に誰も挟まずにやり取りが出来たけれど、離れている今はこうするしかない。
 まずやらなければ良いってアイツはいうんだろうが、今しか出来ないことだからちょっとくらい見逃して欲しい。急ぎの用事なんてのもないけれど、こういうちょっとしたやり取りがしたかった。


『真ちゃん、今日の放課後部活行かない?』


 ノートを破って書いたのはたったそれだけ。それこそ後で言えとでも言われそうだ。それかメールでもしろと。メールしたってお前授業中は見ないだろって言ったら当たり前だと返ってくるんだろう。だからオレもメールじゃなくて手紙にしたんだ。これなら絶対に見てくれるだろうし。断られたりもしないだろうと思いながらまた新しいページを広げてシャーペンを持つ。
 返事は期待していない。もし来たらそれはそれで嬉しいけど、多分授業が終わってから口頭で返ってくるだろう。それでも全然構わない。ぶっちゃけオレがやりたくてやり始めただけだ。


『たまには息抜きも必要っしょ? それにオレも真ちゃんのシュート見たいしさ』


 普通に喋った方が早そうだけど手紙であることに意味があるんだ。ということでまた回してもらう。これを受け取った緑間は纏めて書けとでも思うんだろう。普通はそういう反応をする。だけど後から思い出してこれも書いておけば良かったってこともあるじゃん。そういう感じだ。
 何度も何度もだと渡してくれる人にも悪い。逆からは返ってくる気配もないしと思いつつ、オレはシャーペンを走らせる。何を書こうとか細かいことは考えずに思ったまま書く。たまにはそういう手紙も良いだろ。逆にオレがあれこれ考えた手紙を書いても変な感じだしな。


「悪いけどもう一回良い?」

「良いよ。緑間君も一回くらい返事くれると良いね」

「まぁ真ちゃんだからな。何度もありがと!」


 教師にバレないようにこっそりやり取りをしながら三つ目の手紙を回してもらう。これでこの時間の手紙は終わりだ。最後に書きたいことは全部書いたからもう必要ない。あまり回して貰うのは悪いからな。今回はこれで終わり。


(一回でも返事が貰えれば嬉しいけど、相手は緑間だし)


 隣の子の言ったことと同じことを思ってはいるけれど相手が相手なだけに初めから期待はゼロ。もし返事が来るとしたらなんだろう。いい加減他のクラスメイトに迷惑だから止めろとかかな。緑間からすれば何通渡すつもりだって感じだろうし。
 オレはさっきので最後のつもりだけど緑間にはそれが分からない。だから授業の終わりまで続けるつもりかと思われているかもしれない。今はまだ授業が半分終わったところだ。先はまだまだ長い。


(やべ、全然板書写してねぇ)


 まださっき書いたところから先は消されていないからさっさと書かなければいけない。ここで写しそびれてノートチェックで減点されるなんて御免だ。絶対に点が取れるところは取っておかないとな。ついでに次の問題も解いておこう。どうせノートを取るなら出来るところまでやっておいた方が良い。別に寝る為とかではない。
 それから問題を出席番号で当てられて前に出て解くことにもなった。この教師のことだから当たるだろうなとは思っていた。まぁ問題は解けているからさっさと書いて席まで戻ることにする。
 その途中、オレを呼び止める声が聞こえた。


「高尾」


 聞き慣れた低音に「何」と返す前に小さな紙を渡された。そして何事もなかったかのようにシャーペンを握ってノートを取る。こんな小さなやり取りは、多くのクラスメイトが答えを書いている中では教師も気付かない。戻りながらあっているかと前の席の奴に聞く奴もいるくらいだ。珍しいことでもない。
 だが、そう長話も出来ないし緑間にそのつもりがないのは明らかだ。オレは渡された紙を持ってそのまま自分の席に着いた。それからさっき渡されたばかりの紙を開く。


『分かった』


 たった四文字のそれは部活に顔を出そうといった返事だろう。これもわざわざ紙に書いて返事をくれるとは律儀だな。なんて思ってみるけれど、これはただのついでであることは紙を見た瞬間から分かっている。だって、その後の文章の方が圧倒的に長い。


(先にやったのはオレだけど、これは…………)


 嬉しいような恥ずかしいような。お前良くこんなこと書けるなと言ってやりたい。授業中だから無理だけど。これは授業が終わってからどう話しかけるべきか。
 まさか緑間からこんな返事が来るとは思わなかった。返事がないことを前提にそれならと思いつきでやったことだ。それが返事があった上にそっちの方がメインになっているなんて想定外すぎる。やり始めたのが自分なだけにどうしようもないのがまた。


(やばい。もうホント、何なんだよ)


 綺麗な字が並んでいる。この為に緑間もノートを破ったのか。始まりも終わりも両端が綺麗に揃えられていて、好き放題に書いたオレの手紙とは大違い。

 内容はというと、これはどこの告白だよと思うような文章の羅列。補足しておくが付き合ってくれとかいうラブレターではない。オレが渡したのも違う。
 まずオレが渡した手紙にはバスケのことを書いていた。部活に行こうとかそういう話の後、三枚目もバスケのことばかりを書いた。オレ達はもう引退したから、ずっと思ってたこととかそういうの。緑間の練習熱心なところとか、努力して手に入れたスリーだとか、相棒としてやってきてのこととか。とにかくバスケに関すること。紙に書けるだけ思いつくままに書いた。

 それに対して返ってきた手紙には、やっぱりそういうことが書いてあった。オレが緑間のことを書いたように、緑間はオレのことを。普段は聞かないような言葉が沢山あって驚きもした。というより驚きの連続だ。


(お前がそう思ってたなんて初めて知ったんだけど)


 もしかしたら緑間の方もそうなのかもしれない。普段から口にしているようなこと、そうじゃないことまで書いたから。本人に聞いてみれば分かるんだろうけれど、これはお互いに触れ辛い。
 いっそ思い切って聞いてみるか。とりあえずこれは大切にしまっておこう。

 ――秀徳でお前に出会えて良かった。
 ――お前とバスケが出来て楽しかった。
 ――お前という相棒に出会えて、充実した高校生活になった。

 ――きっとこれから先、お前みたいなシューターには出会えないんだろうな。
 ――おそらくこの先、お前のようなパサーに出会うことはないだろう。

 唯一無二の相棒に出会えたことに感謝している。ありがとう。
 そんな風に綴られた文章は初めて聞くような言葉ばかりだった。同時にとても幸せな気持ちになった。気持ちが通じ合うってこんなに幸せなことだったんだな。
 そんなことを思った午後二時。一度消して書き始められた黒板をそろそろ写さないとまた後で慌てることになりそうだ。