高校バスケ最大であり最後の大会、ウィンターカップ。十二月に開幕したそれも終わりを迎えた。
 決勝戦。最後の試合を戦い抜いた結果は準優勝。この冬は最後の一歩が届かずに終わった。優勝したのは一年の冬もやりあった海常高校。


「洛山、誠凛、桐皇、陽泉、秀徳、海常……これって逆に凄い気がするんだけど」

「偶然だろう」

「運も実力のうちだろ。どこと当たるかなんて分からねーんだから」


 一体何を並べたのかって?ぱっと見で分かるのはその六校に黒子を含むキセキの世代が進学したということだろう。
 それともう一つ、これはオレ達の高校三年間で全国制覇を果たした学校の順番に並んでいる。一年のインターハイは洛山、ウィンターカップは誠凛。二年生になった夏の大会では桐皇が、冬は勢いのあった陽泉が優勝した。それで三年である今年の夏はオレ達秀徳高校。高校最後の大会でもあるこの冬の大会を制覇したのは海常高校だった。

 確か去年の冬が始まる前だったか。その時はこの半分までの優勝校しか出揃っていなかったけれど、キセキの世代と呼ばれた彼等一人一人の強さが分かるような優勝校が並んでいるなと話したのは。
 全員が同等の力を持った天才。もしかしたらこういう結果になるのかもしれないと予想はしたけれど、まさか現実になるとは思わなかった。いや、その可能性も十分にあった。でも本当にそうなるなんてな。


「今日でオレ達も引退か。長かったような短かったような?」

「少なくとも充実はしていた」


 その通りだな。長かったような気もするし短かったような気もするけど、どちらにしても充実した毎日を過ごしていたことは確かだ。一つのボールを追いかけては走って、合宿はキツすぎて吐いたりもした。三年になったら大分なんとかなるようになったけどな。二年だった頃はまだ少し辛かった。

 何百回、何千回とパスを出して。緑間もそれくらいシュートを撃って。チームの司令塔、エース、主将、副主将、相棒、それから親友。
 アウトサイドに弱かった秀徳が緑間の加入でむしろアウトサイドが脅威になった。それは三年間変わらず、逆に大坪さんが抜けてからのインサイドをどうするべきか考えて色々試したりもした。
 一回だけ練習で完全にポジションを入れ替えてみたりなんかもしたけれど、あれはあれで新鮮だった。お互い本職じゃないからその一度きりだったけれど、楽しかったし作戦を考えるのにも役立った。公式戦では絶対に無理だけど練習中にならまたやってもおもしろいかもしれない。まぁ、オレ達は今日で引退なんだけどさ。


「明日から受験勉強しかやることなくなるんだぜ。勉強よりバスケしてたいな」

「それで落ちたらどうするのだよ」

「慰めてくれる?」

「自業自得で落ちた奴のことなど知らん」


 じゃあ勉強頑張っても落ちた時は慰めてよ。言えば縁起の悪いことを言うなと怒られる。
 それもそうだな。受験生には落ちるとか滑るとか禁句っていうし。オレも緑間も気にせず使っているけど、本人達が気にしていないんだから良いか。緑間なら心配しなくても落ちないだろうな。オレもまぁ解答欄をずらしたりとかいうミスをしなければ大丈夫だとは思う。


「まだ卒業する訳じゃないのにみんな泣いちゃってさ。でも、オレ等もそうだったよな」


 卒業する時も泣いたけど、先輩が引退する時にも泣いた覚えがある。去年も一昨年も。自分の力不足で勝つことの出来なかった試合。そんな風に言うと相棒に注意されるけど嘘でもない。けど、今年は後輩達を全国まで連れて行って優勝することも出来たから、先輩として後輩にしてやれることは全部やれたかな。先輩達との約束も果たしてオレ達なりの人事は尽くした。
 あとはそれを受験へと向けるだけ。時折休憩がてら部活に顔を出すくらいは良いだろう。その時は緑間も誘って後輩の様子を見に行こう。新しい主将が引っ張る新しい秀徳バスケ部を見に。


「引退する側になっても泣きそうか?」

「んー……案外そうでもない。引退って時に先輩達が泣いてなかったのも今なら分かるかも」


 試合に負けて悔し涙を流すものはいた。けれども、この体育館でいざ引退となった時に泣いていた同級生の姿はなかった。後輩達はみんなして泣いてくれたけど、これからはお前等で秀徳バスケ部を作っていくんだぜってエールを送った。先輩達が後輩であるオレ達にしてくれたように。来年も再来年も、そうやって秀徳バスケ部は続いていくのだろう。


「でも卒業式は泣くかな?」

「お前なら笑って別れたいと言って泣かなくても納得出来る」

「そう? まぁ、最後くらい笑って終わりにしたいよな」


 泣いて終わるよりそっちの方が良いに決まっている。クラスメイトやチームメイトの前では涙を見せることなくお別れをすることが出来るだろうか。出来ないことはないと思う。小学校の卒業式も中学校の卒業式でも泣かなかったから。悲しくない訳じゃなかったけど、さっき緑間が言ったように最後は笑ってさよならしたいじゃん?そう思ってたから泣いた記憶がない。
 でも、今回はどうだろう。クラスメイトやチームメイトは平気だと思うんだけど、不安になる相手が一人だけいる。この三年間、ずっとクラスメイト兼チームメイトでありこの高校生活で一番多くの時間を共有した相手。お前の前でも笑って別れられるかなと頭の片隅で考えるのだった。


「オレより真ちゃんのが卒業式で泣かなそうなんだけど」

「確かにこれまで泣いた覚えはないな」

「緑間先輩が卒業式で泣いたら後輩達も驚くかもな」

「人のことを言える立場ではないだろう」


 否定は出来ないか。オレだって人前でそうそう泣いたりはしない。先輩達が卒業する時とか試合に負けた時はつい涙が零れたけれど、別にしょっちゅう泣くようなタイプではない。むしろ普段は泣かない方だし、それは緑間とて同じ。
 逆に泣いたら後輩を驚かせられるかも。なーんて、やらないけどな。やっぱり最後は笑顔で別れるのが一番だからさ。


「……やっぱ、今日でオレ達のバスケが終わりとかまだ信じられねーな」


 ついこの間まで体育館でバスケをしていたんだ。それがもう終わりで、オレから緑間にパスをすることもなくなるだなんてまだ信じ難い。これが現実なんだけれど今だってボールを投げれば緑間はあのスリーを撃ってくれるに違いない。
 三年かけて築いてきたオレ達の関係だ。そう簡単には変わらない。そう、簡単に変わる訳がない。


「年明けて部活が始まる日になったらお前のこと迎えに行きそう」

「そのまま後輩の指導にでも行くのか」

「監督に勉強しろって怒られそうだな」


 部活に顔を出すこと自体は悪いことではないにしても、それが多ければ勉強はどうしたのかとぐらい言われそうなものだ。時々ぐらいなら行っても良いだろうが、受験が終わるまでは勉強にもそれなりに力を入れなければならない。そういう時期だ。
 そうしてあっという間に卒業。残された時間はたった三ヶ月。二月は自由登校になるだろうから、オレ達が一緒に学校に来るのはもう三ヶ月にも満たない。二ヶ月、いや一ヶ月とちょっと。もうそれしかないんだ。


「あそこでパスが通ってればな」

「終わったことだ。後悔しても仕方がないだろう」

「分かってるよ。だけどもう次がないと思うとさ。もっと良いプレーしたかったなって」

「十分だ。全力を出して負けたのだから悔いはないのだよ」


 その結果が二位。優勝できなかったことを悔しくは思えど悔いることはない。オレ達は出せるものを全て出してぶつかったのだから。そう話す緑間にそうだなと同意をしながら最後の試合を振り返る。緑間やチームメイトと一緒にコートを走って本気の相手とやれる。そんな試合が最後に出来たのは幸せなことだ。欲を言えば勝ちたかった。でも、これが今回のオレ達の結果だ。

 変わった?変わったのかもしれない。この秀徳バスケ部で、オレも緑間も。
 ここで出会えた沢山の人達。なんてことのない日常だってすぐに思い出せるくらい充実した毎日だった。当たり前に続いていくと信じたものは明日から一つなくなる。数ヶ月後にはもっと多くのものが。それはやっぱり寂しいけれど、こればかりはどうしようもない。オレ達は高校三年生になったのだから。


「お前と一緒にやれて楽しかったぜ」

「それはオレの台詞だ。三年間ありがとう」

「オレもありがと。でも、まだあと数ヶ月残ってるぜ? 残りもよろしくな」


 バスケでではなく、友達として。残りもお前の隣で過ごしていく。
 終わりの時間は刻一刻と近付いてくる。卒業までのカウントダウンが始まった。