順調にインターハイ予選を勝ち進む六月。去年は予選から大変なことになっていたが、今年は逆に何もなさ過ぎて少し拍子抜けした。それだけ去年のインパクトが強かったのだろう。キセキの世代を有する三校が全て別のブロックになったのだから順調に勝ち進むのも当然といえば当然。勝ちが約束されている訳ではないとはいえ、予選で負けてはいられない。本戦でキセキの世代を倒すのだから。
 予選の試合は順調に進めている一方。それとは別に主将としてやらなければいけないこともある。何も部活で号令を掛けたり後輩を指導することだけが主将の仕事ではない。それ以外の仕事だってある訳で。その仕事の為に現在部室で副主将と一緒に電卓を叩いています。


「夏の合宿、なんであんなボロいトコで毎年やんのかと思ってたけどさ。これ見たら納得だわ」


 オレ達が今やっているのは夏の合宿の計画を立てることだ。それと備品の計算なども合わせてやっている。今年度のバスケ部の予算と去年の使い道のプリント、それに電卓とノートとシャーペンと。机の上に全部広げながら地道に計算をしている。
 こうして自分が主将という立場になって予算のプリントを見て分かったけれど、合宿所があそこになる理由も納得だ。今まではボロいとかつい言ってたけど、合宿をするのに掛かる金額と予算を考えれば当然のことだった。バスケには消耗品も多いしウチは部員も多い。それ以外にも金銭が発生する場面は多々あり、必然的に合宿所は格安の場所を探すことになる。それがいつもの宿。


「つーか、これ見てると今までも結構切り詰めてたんだな」

「予算は限られているのだから当然だ。減らせるところを減らさなくてどうする」


 予算内でのやりくりに苦労しているのはウチの部だけではないだろう。体育祭の部活対抗リレーでみんな必死になる訳だ。アレで勝つと勝たないのでは結構違う。それ以外にも実績を出せば予算は増えるけれど、その点ウチのバスケ部は全国大会であまり結果が出せていないからな。
 今の高校バスケ界は十年に一度といわれるような天才のぶつかり合い。その中で勝ち上がるのは大変なことであり、その反面で今までにないような盛り上がりを見せている。バスケというスポーツがこんなに取り上げられるようになったのは、キセキの世代のお蔭だろう。
 それでもこれまでの実績があるからなんとかはなる。先輩達も予算には苦労したんだろうか。しない訳がないか、と思いながら新しい計算式を打ち込む。


「こうやって淡々と打ち込んでると途中で何やってるか分からなくならねぇ?」

「なる訳ないだろう、馬鹿め」

「どこまで打ったかなとか、打ち間違えしたりとかも?」

「順番に計算していけば間違えないだろ」


 それはそうだろうけど、順に追っていても間違うことくらいあるだろう。一つ下を見てしまって途中で気付いたりとか。何度か全消しをして打ち直している。話をしないでやれば良いだろうって、それはそれで暇である。計算をしているんだから暇でもないけれど、ただこればかりやっているのも飽きるというか。
 これも主将の仕事だから真面目にやってはいる。でもそれとこれとでは別問題だ。緑間はオレの話を聞きながら真面目に計算してくれているけど。


「夏の合宿さ、少しくらい海で遊ぶ時間作ったりしちゃ駄目かな」

「またその話か」


 あ、覚えてたんだ。修学旅行で沖縄の海に行った時に話したこと。
 何も練習時間を削ろうとは言っていない。そんなことはまずしない。その後の自由時間の中に海に行っても良い時間を作れば、目の前の海で楽しむことも出来る。とはいっても、自由時間なんて夜だから海に入る時間でもないんだけどさ。泳いだりは出来ないけど足を付けるくらいなら……って、修学旅行と同じだな。結局泳げないか。


「真ちゃん、海行こうぜ。ついでに花火大会」

「どうしてそんな話になるのだよ」

「オレ等が夏休みにやってないことはそれくらいかと思って」


 インターハイに合宿に練習。お祭りには行って、花火は季節外れとも取れるような時期にやった。ああ、バーベキューとかも良いかも。山とかにキャンプってのも夏なら有りかな。こうして考えてみればやってないことは結構出てきそうだ。
 そうやって考えたところでそれまでだということは知っている。オフはあってもそれら全部をやるだけの休みなんてない。しかも今年は受験生。せいぜいその内の一つや二つを実行出来るかぐらいだろう。


「やりたければ一人でやれ」

「一人で海とか寂しいだろ」

「オレの知ったことではない」

「最後の夏休みなんだからパーッとさぁ」


 そんな時間がどこにあるんだって、ご尤もな意見だ。
 とりあえずオレがやっていた分は終わったから一段落。まだ他にもやることはあるけれど、緑間の方と合わせて確認するから休憩。緑間もすぐに終わってお互い確認する。確認なんてしなくても平気だろうと思っていた通り、特に問題はなさそうだ。


「あと今やっておかなきゃいけないことってどれだ?」

「すぐに必要なことはない。今やらなくても後でやらなければならないが」

「だよな……」


 まだ休み時間も残っていることだし、この昼休みが終わるまでは大人しくやることを片付けていくことにするか。こういう作業は好きではないけれど苦手でもない。かといって得意かと聞かれたら否定する。つまり普通だ。こういうのが好きだったら事務作業にでも向いているのだろうか。そんなことを思うくらいには、進路のことも時々は考えている。本当に時々だけれども。


「そういえばさ、今度の試合。ちょっと試したいことあるんだけど」


 さっきまで使っていたプリントは一纏めにしておく。それとは別のプリントを手元に引き寄せると、そこに書いてある文書を読みながらシャーペンを走らせる。
 オレの言葉に緑間が「試したいこと?」と返したのを聞いてオレが頷くと、その内容を話すよりも前に分かったとだけ言われた。まだ何も言っていないのに良いのか。思わず聞けば構わないと答えは変わらず。


「お前のことだ。考えがあってのことだろ」

「それは、まぁ」


 歯切れの悪いオレに「何かあるのか」と心配してくれるけどただ驚いただけだ。何の考えもなしに試合で試したいことがあるけどやっても良いかなんて言い出さない。それで負けでもしたらどう責任を取れば良いのかという話だ。
 でも、こんなにあっさり了承して貰えるとも思っていなかった。駄目だと言われるとも思っていなかったけれど、何をするつもりなのかくらい聞かれると思っていたのに。


「なら、言いたいことでもあるか?」

「言いたいことっていうか、オレ何も言ってないのに本当に良いのかよ」

「構わないと言った筈だ。前から考えていたことを試したいという話じゃないのか」


 簡単にいってしまえばそういうことだ。どうして分かったのかと思ったけど、むしろどうして分からないと思ったのだと聞き返された。四六時中一緒に居れば分かるか。

 オレ達が入学する前。秀徳はインサイドに強い学校だった。それが緑間の加入によってアウトサイドも強化された。
 けれど、先輩が卒業してインサイドは普通レベルになった。この違いは大きい。外は緑間のお蔭で心配はないけれど中は少し不安になった。相手の弱点を狙うのは基本で、緑間にボールが渡れば点が入るからまず緑間のマークが増える。そして攻めは中をメインにされるようになった。それでもウチは強豪で強い選手が揃っているから簡単に点は取られなかったとはいえ、一昨年と去年とでは随分違うゲーム運びとなった。
 具体的には、アウトサイド中心のチームになった。インサイドが普通で緑間のスリーが一番の得点源となった秀徳がアウトサイド中心になるのは必然だった。


「真ちゃんは何でもお見通しだよな」

「お前が話しているだけだろう」

「そんなに話してる? 何かと相談しているとは思うけど」


 それについてはお互い様だが、考えてみれば割と話しているのかもしれない。ここまで来るのにも緑間とは色々な話をしてきた。オレから言い出すこともあったし、緑間から提案することもあって。
 アウトサイド中心のチームスタイルに変わってオレも少なからず苦労した。緑間だけに頼るのではなく、エースを中心としたチーム作り。一応の形は出来てもそう上手く起動しなかったりもした。アウトサイド中心のチームとしてのバランスを取れるようになるまでが難しかった。

 そんな中でオレ達が出した結論は、今のままでは駄目だということだった。

 高弾道の長距離スリーポイント、鷹の目の空間把握能力を使ったパス、その二つを合わせた“とっておき”がオレ達の武器だった。とはいえ、緑間はスリー以外の能力もトップクラスでオレも緑間のお蔭で外からのシュート成功率は上がっていた。
 オレ達は昔からポジションは変わっていないけれど、お互いガードだったからか。オレも緑間も逆のポジションをやったことがない訳じゃなかった。緑間がセンターではなくポイントガードをやったことがあると聞いた時は驚いた。
 今と逆のポジションをやったことがあるといってもどちらも試合本番でやるほどのレベルではない。オレはこの目があって、緑間は赤司に頼まれて。その件の詳細は省くが、チームスタイルを変えるのに試す価値はあった。勿論ポジションは変えないけれど、新しいスタイルのきっかけにはなった。


「やっぱりスリーは真ちゃんに任せたいしな」

「それはこちらも同じだ」


 まさかあの時のシュート練がここまで重要になるとは、あの時のオレは全く想定していなかった。スリーの成功率が少しでも上がれば程度の考えだった筈だったんだけどな。まぁ損はなかったということだ。
 そんな風にして戦っていた去年だけど、今年は中学でも結果を残したセンターが新しく入って来てくれた。アウトサイド中心のスタイルが出来たとはいえ、出来ればインサイドも強化したかったから彼がウチに来てくれたことに感謝した。その彼は一軍でレギュラー入りもしているものの、今は二年生と交代で試合に出ている。オレも初めは三年の先輩と交代だったし、一年の最初なんてそんなものだ。

 その一年センターを加えた新しい形で今は試合をしているけれど、まだあと一歩足りない。どうすれば良いのかを色々考えて試してみたりもしたけど、これが思い描いた通りにはそう簡単にはいかない。
 でも、その答えが漸く見つかったから実践で試してみたいと思ったんだ。インターハイ本戦までにその答えが出せれば、確実に攻撃力が今より上がる。


「また練習の時に話すけど、これが上手くいけば大分変わると思う」

「それがお前の出した答えなのだろう。思ったようにやってみれば良いのだよ」


 なんていうか、信頼されてるんだな。そうじゃなければあの“とっておき”も成功しないけど、それが直に分かるというのは嬉しいものだ。これで連携が上手く繋がれば良いんだけど、なんて考えていてもしょうがない。やることやって駄目だったらまた考える。それだけだ。
 去年と一昨年と、それぞれ違ったプレイをしながらオレ達のバスケを探してきた。その答えがやっと掴めそうな気がする。


「頼りにしてるぜ、エース様」


 元々の武器を磨いて、新しい技やスタイルを身に付けて。最後にオレ達のバスケを見つけることが出来たなら、あとは何をすれば良いかなんて決まっている。
 オレ達のバスケで全国制覇を目指すんだ。