七月。インターハイ予選リーグも無事に勝ち抜き、けれど今度は期末テストが近くなって部活停止。
 それでも許可を貰って体育館を使わせては貰っているが、本来部活に充てている時間の半分は勉強に使われている。高校三年生のこの時期に悪い成績を取ったら後で苦労するのは自分達だ。これまでに良い成績を出しているからこそテスト期間でも体育が使えるとはいえ、そこはしっかりとしなければいけない。


「七月といえば七夕じゃん? 七夕といえば願い事だろ!」


 昼食をとりながら話をするが緑間は興味がなさそうに白飯を口に運んだ。実際に興味はないのだろう。一応聞いているかと尋ねれば頷かれたが、どうでも良いくらいのことは思ってそうだ。
 七夕。織姫と彦星が年に一度だけ会える日。一年に一回しか会えないなんてと思うかもしれないが、人間の一生と星の一生は違うから案外二人は会っていることになるらしい。それはさておき、その七夕には織姫や彦星が一つだけ願い事を叶えてくれるという。その願いを短冊に書いて笹に飾る、というのは有名な話だ。


「だから、短冊に願い事書こうぜ」


 はい、と机の中から短冊を取り出して緑間の目の前に置く。いつの間に用意したんだという目を向けられたが、これくらいの準備はちゃんとしてある。この為に折り紙を買って昨夜何枚かを短冊の形に切ったんだ。残った折り紙は捨てるのも勿体ないから家に置いてあるけれど、今の所使い道は全くない。メモにでも使えば良いだろうか。


「どうしてそんなことをしなければならないのだよ」

「それは七夕だからだろ。真ちゃんだって昔はやらなかった?」

「昔の話だ。別に今はやりたいとも思わん」

「そう固いこと言うなよ」


 願い事なんて何でも良いんだ。小さい子供ならサッカーボールが欲しいだとか、くまのぬいぐるみが欲しいといった願いだろうか。テストで百点取れますようにとか、家族が健康でいられますようにとかも無難なところだろう。
 短冊の願いなんて誰でも書けるから、それこそぶっ飛んだ内容の物が一つや二つあってもおかしくない。商店街に置いてある短冊なんかはそうだろう。結局は思いついたことを自由に書けば良いだけである。


「書きたいのならお前が書けば良いだろ」

「オレの願いはもう叶ったから良いの」

「……何を願ったのだよ」


 叶ったというか叶っているというか。どちらにしても今は叶っているのだから特別短冊に書くようなことはない。気になるかと聞いてみるが別にと素っ気なく返された。少しは興味を持ってくれたかと思ったんだけれど、まだ願いを書く気にはなってくれないらしい。
 例えばインターハイ優勝なんてのも願いの一つだ。そういうのはどうかと聞けば、短冊に願うことではないとばっさり。でもそれは同意見だ。それは叶えて貰うことではなく自分達で叶えること。短冊に頼って叶ったのでは意味がない。


「じゃあ、視力が良くなりますようにとか?」

「今更頼むようなことか」


 まぁ、それはそうか。あと他には何があるだろう。成績が良くなりますようになんて願う必要がない。運動面についても同じく。彼女が欲しいなんて言う訳がないし、進路のことも違う気がする。純粋に欲しい物で考えるなら、お汁粉あたりだろうか。七夕の願い事にするようなものとは思えないが。
 あとは有効活用出来る物で参考書とか、普段から使う物で新しいバッシュだとか。どのみち頼むほどの物なのか分からないが、それを言い出したらキリがないことに気が付いた。


「あーもうほら、何でも良いんだからさ。適当に書けって」


 このペン使って良いからと机の上に出したままになっていた筆箱からボールペンを取り出して置く。これで紙とペンが揃ったのだからすぐにでも書けるだろう。後は緑間が願い事を書けば完成。
 ……なのだが、緑間はペンを持つ気にすらなってくれないらしい。今も黙々と弁当を食べている。どうしてまた七夕なのかは説明するまでもなく、もうすぐ七夕だからだ。なぜ今年になって急にというのは、去年や一昨年は短冊を用意していなかったから。要するに思い付きだ。それこそ今更気にすることでもない。


「書くことがないのに何を書けと言うのだよ」

「だから何でも! もうノートとかタオルとかでも良いからさ……」

「一つ気になったのだが」

「何? やっと書く気になった?」

「そうではない。お前の例が途中から物ばかりになっている気がしただけだ」


 そうだっけ?そんなことないと思うけど、ぱっと思い付くものを口にしているだけであって詮索するような理由は何もない。
 そう誤魔化したかったのだが、それなら何も書かなくて良いだろうと言い出されて大人しく認めざるを得なくなった。バレているのなら隠す必要もないから良いと開き直ることにする。


「だってさ、どうせなら欲しいモン貰った方が嬉しくね?」

「そういう問題ではないと思うのだが」

「色々悩んでもいらんとか言われたらオレでも傷ついちゃうしー」

「お前は人を何だと思っているのだよ」


 人からプレゼントされた物を突っ返すような奴だとでも思っているのか。そうではないけれど、いらない物を貰っても困るんじゃないかって思った訳で。
 それが二週間ほど前から七夕が緑間の誕生日だよなと考えていたオレの結論だ。何も最初からそんな風に考えていたのではない。初めはちゃんとプレゼントを用意するかと考えていた。それが決まらなかったから、丁度良く願い事をする七夕という行事もあることだし便乗させて貰った。バレてしまったけれども。


「じゃあさ、オレが選んだ物だったらどんな物でも喜んで受け取ってくれる?」

「……どんな物の範囲にもよるが受け取る」

「真ちゃん? お前も人のこといえないようなこと言ってるけど?」


 緑間はどんな物を想像したのか。こんな言い回しをするからには、贈り物の範囲外だと思われるような物を想像したんだろう。そっちの方が酷くないか。どっちもどっちだ、とたまたまオレ達の会話が聞こえていたクラスメイトは突っ込んでいたかもしれない。まぁどっちもどっちなんだろう。
 だが、このやり取りで分かったことが一つ。短冊の願い事は置いておくとして、欲しい物を貰うよりもオレが選んだ物の方が嬉しいらしい。嬉しいとは言っていないけれどそこは気にしてはいけない。要約するとそうなるだろう。それが決まらなかったから七夕に乗じて欲しい物を聞き出そうとしたんだけれど、そういうことなら自分で考えることにするか。


「七夕、楽しみにしてろよ。あと、短冊は七夕までに書けよな」


 誕生日プレゼントは自分で決めるけれど、短冊の願い事は緑間に決めて貰わなければいけない。どうしてまだ短冊を書くことになっているかって、それはもうすぐ七夕だからだ。何の為の短冊だと思っているのか。織姫と彦星にお願い事をする為だ。もしかしたら叶うかもしれないのだから。
 くだらないと緑間は呆れているけれど、叶わないとも決まってないんだから書くくらい良いだろう。やりたいのなら勝手にやれって言うんだろうけど、こういうのは一人でやっても寂しいだけだ。前にも言ったことがあるけど、誰かと一緒だから楽しめる。


「短冊を飾るなら笹も用意しないとな」

「どこまで本格的にやるつもりだ」


 どうせやるなら全力で楽しまないとだろ。言えば、そのやる気はテスト勉強にでも向けろと溜め息を吐かれた。テスト勉強だってしっかりやっている。でも、やるからには思いっきりやった方が楽しいと思う。細々と笹飾りを作ってなんてことまでするつもりはないが、ちょっとくらいは飾りも作って。短冊用に買った折り紙も残っていることだしな。


「七日は星でも見ながら真ちゃんの誕生日会しようぜ」


 どうしてそうなるのかという疑問は声に出なかった。緑間もオレの行動には慣れているのだろう。逆もまた然りだが、もう三年目の付き合いとなればそういうものになっているのだ。駄目かと尋ねれば否定はされない。そういうことだ。

 七夕まであともう少し。それまでにやることはいっぱいだ。
 オレ達が高校生になってから三回目の誕生日。お祝いをするのもこれで三回目。大切な友人の誕生日は盛大に祝ってやらないとな。
 親友兼相棒くらい言ってももう怒られないだろうか。なぁ、エース様?