多くの声援が会場内を響き渡る。白熱した試合、湧き上がる熱気、どちらも譲らない駆け引き。ただひたすらにボールを追い掛けては両校譲らずに得点を重ねていく。
 第四クォーター、残り一分。
 キセキの世代同士の激突。最後の最後まで諦めずに食らいつく選手達。試合は残り十秒。相手に取られたら取り返す。そうして続けられた攻防の後、最後のブザーが鳴り響くと同時にネットを潜り抜けたボール。

 高校三年生、最後のインターハイ。

 八月の頭に行われたオレ達の最後の夏。全員が一丸となって戦ったこの試合、ブザービーターで試合を決めたのはウチのエース。

 この夏、オレ達秀徳高校は全校制覇を果たした。


「お疲れ」


 決勝戦が終わった後はみんなで喜び合い、学校に戻ってからもその余韻は未だに冷めず。今日はゆっくり休むようにと監督に言われたのは十分程前の出来事だ。
 それから他の部員達も帰り出し、残っている者は殆ど居ないだろう。かくいうオレ達もそう長く学校に残るつもりはないけれど、なんとなく部室へと足を向けた。はい、とペットボトルを差し出せば素直に受け取られる。


「やっと先輩達との約束、果たせたな」

「そうだな」


 全国制覇。絶対に勝てと言われたあの日。
 一年のインターハイを終えて緑間だけに頼るチームプレイを辞めた。一年の冬に先輩達と必ず勝つことを約束した。二年の夏、この年はインターハイ予選の準決勝で桐皇相手に負けたから冬の予選に出ることも出来なかった。早過ぎる先輩の引退。悔しかったけれど、来年こそは勝てよと先輩は背中を押してくれた。
 一軍になってレギュラーになり、それからこのチームで戦ってきた。主将と副主将、エースとその相棒。ニコイチ扱いばかりされていたオレ達は色んな呼ばれ方をしながら今日まで来て、漸く先輩達との約束を果たすことが出来た。


「ありがと、真ちゃん」

「それはこちらの台詞だ」


 そんなことはない。緑間だけに頼るチームプレイではなくなったとはいえ、緑間がエースであることは一年の時からずっと変わらない。そんな緑間にオレ達は頼ってきた。勿論チームプレイの中でという意味ではあるが、緑間が居なければこのキセキの世代が上位で争う高校バスケを勝ち進むことは出来なかっただろう。
 だからありがとう。お前が居てくれたお蔭でオレ達は優勝することが出来た。
 言えばそれは違うと否定される。オレだけじゃなくチームのみんなも同じことを言うだろうけれど、緑間は否定をした。それは自分が居たからではなく、このチームの全員が人事を尽くしただけなのだと。オレ一人の力では成し得なかったことだと話す。それに。


「司令塔が居なければ始まらないだろう。オレよりもむしろお前のお蔭なのだよ」


 なんてことも付け加えた。
 主将として、ポイントガードとして。練習でも試合でもチームを引っ張ってきた。けれどそれはみんなが居てくれたからで、何より緑間が居てくれたから。そこまで考えて、そういうことかと納得した。
 誰か一人の力ではなくチームのお蔭、中でもお前の力があったからだとオレ達はお互いに言い合って。それってつまりはそういうことなんだろうと結論に辿り着いた。自称でもなく認められているんだな。


「でも、オレ達のバスケはこれで終わりじゃないからな」

「当然だ。まだ冬が残っているのだから勝ったからと気を抜かれては困る」

「夏冬二連覇とか出来たらカッコいいよな。次が本当に最後か」


 目指すのは当然優勝。次が本当に最後の戦い。まずは東京予選を勝ち抜いて、それからウィンターカップ本番を戦う。オレ達が作り上げてきたチームで、この仲間達とならきっと狙える。何より緑間というエースがいるから、そのエースと最後まで共に戦う。チームの主将として、司令塔として、エースの相棒として。それがオレの高校バスケ。


「とりあえず先輩に勝ったこと報告しておくか」

「そうだな。先輩方には随分と世話になったのだよ」

「先輩達が居てくれなきゃオレ達もここまで来れてないもんな」


 もしかしたらこの結果はもう知っているかもしれないけれど、ちゃんと自分達からも報告しておこう。オレ達が一年の時にお世話になった先輩達に。あの人達が居なければこうして勝利を掴むことは出来なかった。オレ達がここまで来れたのは先輩達のお蔭でもある。本当、色々と世話になった。
 電話をするべきかメールを送るか。何か用事があったりしたら電話は迷惑になってしまうかもしれないから、とりあえずメールで送ることにする。この夏の大会、オレ達は優勝することが出来ましたと。


「オレ達がバスケ出来るのってあと半年もないのか」

「あとひと月もすれば高校生活も半年を切るのだよ」


 そっか。言われてみればそうだよな。バスケを出来るのも半年を切っているけれど、この高校生活ももうすぐ半年を切ろうとしている。
 半年、六ヶ月。長いのか短いのかは分からない。ひと月が三十日として百八十日、短くはないだろう。でも長くもないんだろう。それこそバスケをしていたらあっという間なんじゃないだろうか。一日一日は早く感じないのにそれが重なるともうこんなに経ったのかと何度驚かされたか。先輩達とするバスケもあっという間だった。もう時間は半年も残されていないのか。


「真ちゃんは半年って早いと思う?」


 自分の中では上手く答えが見つからず、友にその答えを聞いてみる。別に早くはないだろうと言われてそうだよなと納得。早く感じるとしたら、それだけ充実した日々を送っていたということになるんだろう。半年前だろうと一年前だろうとバスケしかしていなかった気がするけれど、好きなんだから当然である。好きでなければここまでやってこれない。


「そういうお前はどうなんだ」

「オレも早くはないと思うけど、なんか気付いたらもうすぐ卒業みたいな話になってそう」


 なっていそうというよりは、おそらくそうなるのだろう。気が付いた時には先輩が卒業して、いつの間にか学年が上がる季節になって。オレ達も二年生だななんて話していたのが最上級生だ。
 これからは冬に向けて練習をしていく。きっと冬なんてすぐにやってくるだろう。それが終われば、それこそもう卒業するんだなという話になる。半年、早くもないけれどきっと知らない内に百八十日を過ごしてしまうに違いない。


「だが、まだ先のことだろう。卒業のことを考えるより」

「まずはウィンターカップ、だな」


 卒業なんてまだ先だ。すぐにやって来ることではない、と思いたいのかもしれない。バスケをするのが半年もなくて、高校生活は半年とちょっとしか残っていないなんてまだあまり実感がない。ついでにそれぞれ進路を決めていくことになるのかと思うと不思議な感じだ。
 来年のこの時期は今と全く違う生活をしている。それだけは間違いない。数ヶ月前はまともに決まっていなかた進路も少しは明確なものへと変わってきている。そういう時期なのだから当たり前だ。そういえば、進路の話はそんなにしたことがないかもしれない。進路希望調査を配られてもう提出したのかと少し話す程度だ。お互い、相手の目指している道は碌に知らない。


「優勝出来るのが一番だけどさ、最後の大会だし後輩に色々残してやりたいな」


 進路のことは結局聞かずに元の話に戻す。オレ達も先輩達には色んなモノを残して貰った。練習中に教わったこともそうだけど、何より試合で見せられた。その大きな背中が言葉なんかでは足りないものを残してくれた。オレ達もそんな風に後輩に何か残してやりたい。


「残そうと思って残すものでもないだろう」

「そういうモンか?」

「お前は今のままで良いのだよ」


 それってどういう意味なんだろう。でも、なんとなくは分かる。何か特別なことをするというよりは、オレ達が出来ることを全力でやれば良いんだろうから。それが後輩達に何かしら届いてくれたら良い。先輩達もそうだったんだろうか。そんなことをわざわざ聞いたりなんて出来ないけれど、部の伝統を引き継ぐというのはそういうものなのかもしれない。


「冬も一緒に頂点まで行こうぜ」

「あぁ」


 そっと拳を差し出すとこつんと拳同士がぶつかった。
 最後まで全力で走り抜ける。オレ達のバスケで、このチームのみんなとバスケをしていたい。この先もずっと、なんて現実的に無理だけれど気持ちはそうだ。冬の大会を終えてからもこの相棒とバスケを続けたい。この時間がいつまでも続けば良いのに、なんて。
 考えながら自分でも馬鹿だなと思う。そう思ったところで時間が待ってくれないことは知っているから、やぱりひたすらバスケをするのだ。残りの高校生活を掛けて。

 まだオレ達のバスケは終わっていない。